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第8話 忌引

 その日、父が首を吊っていた。


「結局逃げちゃったのね、この人は。……あーあ、もうちょっと《《遊べる》》かと思ってたんだけど」


 暗がりの部屋を見上げる枸櫞には、おもちゃをひとつ失った、程度の薄い感慨しか湧いてこなかった。


 *


「先生、天樒くんはどうしたんですか?

 今日ずっといないですけど」「あぁ美岬さん、さっき連絡が入りましてね、忌引だそうですよ」

「それって」「ここだけの話にしといてくださいね」


 廊下で周囲にほかの生徒がいないのを確認し、最近編入してきたばかりの少年と懇意にしている理事長の娘へ、情報を融通する耳打ち。


「彼のお父様です」「!」


 *


 報せを聞いた美岬なら、あるいは訪ねてくるんだろうと想っていた。

 喪服の枸櫞は、葬儀場の外で休息している。彼女が見えると手を振った。


「ごめんなさい、急に来て」


 ドレスコードとしての喪服は弁えているが、系列子会社の従業員という以外、大した接点もない彼女は、やはり枸櫞の様子を見るのが優先だった。


「天樒くん、大丈夫?」

「なにが」「その、お父さんのこと……お姉さんたちから、まだそんなに日が経ってないじゃない」

「うーん。三週間ともたないとはねぇ、流石にびっくりしたけど、まぁ人間そんなものかもしれない」


 枸櫞はいつになく柔らかな顔をしている。その場に不釣合いなほど――単にヘラヘラしてるのともまた違う、美岬にはそんな彼の態度が不快を通り越して、不気味だった。


「ともかく、なにかあったら、私の方でも力になるから。

 お金とか、住むとことか」

「そいつは本当に助かるよ、実際現在進行形で途方に暮れてたところだから。

 毎朝マスコミに嗅ぎ回られて、なんとかこっちへ越してくる目処が経ったのに、姉さんたち死んじゃって、こんなに人生って怒涛なことあるんだね。

 社宅に移ったなら心機一転すればいいものを、会社の人たちにも散々に迷惑掛けてさぁ、人魚の唄に惹かれたんでもなかろうに……云うて俺、この三週間は楽しかったんだよ」

「え、と」

「これまで十六年?生きてきたなかで、きっと一番《《面白かった》》」

「――」


(なんで《《この三週間》》?)


 姉と両親の死を経たばかりの少年の、おおよそ言っていいことではあるまい。

 彼は鮫人との戦闘でさえ、他のリンカーとは異なる――それまで彼女が見たこともない、獣の如き、容赦なさを見せつけて。

 美岬は今ので確信した、天樒枸櫞は普通じゃない、狂っている。

 契約したとはいえ……このまま彼に、八号機を委ね続けていいのか?


(簡単に揺らいでいい決心じゃない。私だって)


「やるよ。人形には乗る、泉客さんにはこれから僕の私生活も預かってもらうことになりそうだし――大丈夫だよ、契約は守るから」

「そう……」


 人類がテルクの海原へ踏み入るには、いまの八号機は欠かせない。

 美岬だって、立ち止まるには遅すぎる。

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