第6話 堤防にて
……彼から大した情報も得られなかったことは残念だが、今後顔を合わせることはまずないだろう。だってもう鮫人には乗らないんだから。
*
夕刻、指定された堤防の上で待っていると、美岬がやってきた。
「人形に乗らないって、本気なの?
朝桐くんから聞いたけど」
「言葉通りだよ。乗る理由がないからねぇ。
朝桐くんってなると、データで見してくれた五番目のリンカーくんだっけ」
「――」
「おいおい、確かに誘ったきみらには複雑だろうけれど、このほうがいいでしょう」
「どういう」
「鮫人、八号機だっけ?
僕がダメにしちゃったあれは、すでに規格外の存在だと言ったのはきみらだろう。僕が乗り続けて、そのたび更なるイレギュラーが進行するのは泉客のグループ様的にも困っちゃうでしょう」
「いやまぁ、配慮してくれるのはありがたいんだけどね。
それでは根本的な解消にならない」
「?」
「あなたがこの街へ来るのは、仕組まれていたことなの」
なんでも、父は泉客グループの系列子会社に務めており、枸櫞のリンカー適性が見出されたタイミングで、この街へ転勤するように計らわれたという。
「まぁ五十歩譲って、それはいいよ。
あの時点では断ることだってできただろう」
「――」
「なんで黙っておられるんです?
いやできましたよねぇ?」
「どのみち、あなたは鮫人に択ばれたでしょうよ」
「と言いますと」
「ネーレイスの現れたあの特殊な空間、我々のほうではテルクの幻界ないし、海原と呼んでいるの」
「テルクの、海原……」
「ネーレイスの出現と同時に、その付近にいるリンカーと鮫人が喚び出されてしまう。
鮫人のほうが、リンカーを欲するの――リンカー側にはほぼ選択権がない」
「だから前もって、適格者を集めて訓練でもつけようっての?
訓練なんて、意味あるの、あんな」
「ネーレイス戦でリンカーが死ぬことは少ない。
ネーレイスの主たる攻撃は」
「唄による幻惑、鮫人は存在自体が天敵ってことか」
美岬は頷いた。
「昨日はその覚悟を説く前に、ネーレイスが海上へ現れてしまった」
「あれはなんのための空間なの?
展開されると、鮫人以外の外部からは干渉しにくいんだろう」
「えぇ、あれは――ネーレイスという《《神格》》が、自らの存在を保つための空間だから」
神格――あっさり神というフレーズが出てきてしまったが、もう枸櫞には驚けない。
「あー……そっかぁ、神様かぁ。
仮にテルクの幻界が、ネーレイスを倒せないまま破けることって起こり得るの?」
「ないとは言えないけれど、脅威は周辺の近海や沿岸に向かうわね。ネーレイスの唄を防げるものがなくなるということだから、一帯の住人は正気を喪うでしょう。鮫人にも乗れない私たちは、そうなっては狂い死ぬしかなくなる。
で、これは相談なのだけど、枸櫞くん」
「拒否権は?」
「いまさら野暮でしょう。
そのうえで、調査に協力してほしいのよ」
「調査」
「八号機はネーレイス本体を取り込んだことで、テルクの幻界を発生する機能を獲得した可能性がある、下手すると人為的に」
「ほかのリンカーを使ってはだめなのかい、それこそ朝桐くんとか」
「鮫人に個性はないと言ったけれど、リンカーの乗り換えは基本的にできないの。あれはもう、あなたにしか動かせない」
「――、きみからの誘い、断らせないモノばかりだな」
彼女の言葉にここまで嘘がなかったとしても、そればかりが枸櫞には不愉快だった。
「でさ。なにをしたら僕は、世界に復讐したことになるわけ?」