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第3話 俺が上、お前が下

「取り敢えずはやってみるか」


 向こうに敵意がなくとも、敵だと言われたなら、まぁそうなんだろう。泉客たちがなんらか虚言を騙っている可能性もないではないが、この首輪だけはこの場で彼女らの意図しない存在だ、つまり、《《僕の手にした唯一自由》》。

 ネーレイス、岩礁へ佇む人魚の首に、輪っかを放る。

 距離は150メートルほど先だが、気づいた人魚は輪をあしで弾いて、背中側の海中へするりと抜けていく。


(流石に素直に引っかかってはくれないが、さて次はどう出る?)


 直上へ弾かれた輪を、鎖を引いて一度回収する。鎖の長さは、一見そんなに変わって見えないが、自分の手元にあった長さに、ある程度自動で調整されるようだ。鮫人の手には、これがよく馴染む。海中が淡く光ると、また唄が聴こえた。


「もうどうでもいいな」


 鮫人が唄からくる何らかの効果――たぶん精神を混濁するたぐいの――を防いでくれているのは、どうやらそうらしい。最初は姉に似ていると聴き入っていたが、姉さんの歌声には人間らしい温かみがあった。この唄はそも、《《人間に捧げられたものではないのだろう》》。人魚の唄が人を惑わすのは、きっと人がそれを受容できる器でないからだ。

 ひと昔前、空軍基地の騒音で耐えられなくて、発狂する人間がいたりしたとして、それを呪いだと感じたやつはいるまい。つまりそういうものなのだ。

 枸櫞は首輪を、今度は泡立つ波間へと投擲した。


「たく、釣竿じゃねぇんだぞ!」


 やるのは結局、手繰り寄せるという一点において、同じことなのだが――鮫人が感覚を拡張するのだろうか、ネーレイスの位置が手に取るようにわかり、首輪の先に手応えがあった。

 枸櫞はほくそ笑んだ。この首輪が、人ならざるものをいまこの瞬間に支配している満足、優越、愉悦――全能?

 想わず夢精きそうになるも、ぎりぎりで我に返る――首輪の先の《《魚》》が抵抗しているのだ。右腕で鎖を振り上げ、砂浜に踏ん張る。夜のソラに晒された、人魚の裸身――これはいいサカナだ、喰らいがいのある。


 鮫人は飛び上がり、人魚の高さまで追いつく。

 見下ろす枸櫞は宣告する。


「《《俺》》が上、《《お前が下》》、……こういうの、はっきりさせなくてはいけないよなぁ?」


 さっきまで、自分がいた砂浜へと蹴落とした。



 異常なまでの喉の乾きを感じる。砂浜でのたうち、砂塵に穢される女神の裸身を前にして、ある種の支配欲と食人衝動的なナニカがもたげてくる。これに首輪という枷をくれたのは自分なのだ。それをいくら踏み躙ろうが犯そうが、構わない。これは俺の侵されざる権利であり、資格なのだから。資格――美岬の言った通りになったのだろうか?

 自分のために供された裸の女を前に、人形《鮫人》は覆いかぶさり、その首筋にかぶりつく。動きの完全に止まるまで、じっくりと押さえ込むのだ。それから――その血肉の総て、貪り尽くそう。

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