第2話 ネーレイス
人ならざる歌声が、頭を揺さぶってくる。
そういえばさっき通路で倒れた時も、こんな感じのが聞こえてきたような……どうやら本当に美岬のせいではないらしいが。
「人魚、敵、惑わす、歌――?」
『鮫人はあなたの殻となり、《《ネーレイス》》たちの歌声からあなたを護ってくれるわ、天樒枸櫞くん』
「いい加減あなたこそ、誰なんです」
『おっと、終わってからにしましょう。
ここからはあなた自身が戦わなければいけない』
「ネーレイスって」
『勝てたら教えてあげる。
資格があるってことでしょうから』
やるしかないということか。あいつがどこまで意図していたかは知らないが、Aにすっかり騙された気分になる。
「そうか、この声……姉さんに、似てるんだ」
姉さんは歌って踊れる人じゃあったけれど、いずれかというとダウナーというか軽くハスキー寄りにして低音域の歌唱が得意なひとで、アイドル商売で売り込みたい事務所の方針とは、音楽活動面でやや擦りあわないことを生前は悩んでいた。
この唄は未知の言語で唄われているようでいて、そのくせ奇妙な懐かしさを喚起してくるとおもえば、そうか、声質が姉のモノを想わせるからか。原因がわかれば、得体のしれない恐怖のひとつは遠のいた気がする。
「――、あれが」
岩礁の上に、人魚がいた。それも――全長30メートル大はある。
ネーレイスというのは、あれのことだとして、するとあれが、
「敵?
唄ってただけじゃないか」
まだなにか、仕掛けてこられたわけではない。
コウジンと呼ばれたこの人形も、大体敵と同じくらいのスケールらしく、枸櫞のいる位置的には、胸のところにコクピットが収まっているらしい。
手足から爪先にかけて見下ろすが、真っ白だ。
(武器――)
「首輪?
こんなものでどうしろと」
鮫人が握っていたのは、首輪と鎖だった。
ネーレイスからは、敵意を感じない――感じられるわけがなかった。
『なぜもっとまともなのを《《顕現》》させないのよ!?
あるでしょう、剣とか!』
「あの、当たり前のように言わないでくれますか?
ネーレイスでしたっけ、あれを殺ればいいんですか、敵意もなさそうなのに」
『当たり前でしょう!
本当の災厄は、敵意なんてなくとも擦り寄ってくる!』
「ふぅん……」
あっちの都合なんだろうけど、こっちはその総てを汲むことはできない。
まだ鮫人と呼ばれるこの機体の勝手など、欠片もわかっていないのに。
(確かにこれでは手早く殺せないな――《《顕現》》と言ったよな、あのひと)
※注釈 カクヨムからの移植掲載のため、一部の強調記法《《》》は時間の都合で直しておりません。今後もスケジュール都合で一切直す予定はありませんので、誤字報告の際はご了承願います。