第1話 泉客の地下
日本海側に面する某T県では、人魚に関する伝承があるという。
人魚の血肉を喰らえば不老になるなんて伝承、かの八百比丘尼なんてのが有名だったりするらしい。……というのを、僕はすっかり他人事として今日まで生きてきたわけだが。
「世界にはさまざまな人魚の伝承があるけれど、その多くが悲恋であったり、歌で人を惑わし、船を難破させたり――ただし一部は事実であるの」
「オカルトは勘弁してくれないか、ヘンな勧誘は聞き飽きてるし」
この女も思わせぶりなことを言いながらその実、姉の事件を境に現れた不幸の壺商売がお得意なカルト宗教の関係者なんて線が捨てきれない。というか、ここまでの発言からすれば、ますますほかに考えられないというか。
「帰っていい?」
「あぁ、視るだけなら、なんら特別なものは必要ないから」
「――」
こちらの言い分など、お構いなし。
泉客美岬、学園理事長の娘。黒髪のトップテールを揺らす、見た目通りに闊達な子なのだろうか?とはいえ、人間なんてのは見かけに寄ったものじゃないし、下手に先入観を持ち過ぎてもいけないやもしれない。見た目だけなら、元気だった頃のうちの姉とも張り合えそうだが、あのひととはまた違ったおもむきというか……芸能人でもない彼女を、比較に据えるところからして失礼かもな。
「なに、見とれてた?」
だがそれらすべてを、今は胡散臭さのが枸櫞の中で上回っている。
にしても、枸櫞が編入してきた泉客学園、田舎町にあるとは想えないほど施設ばかりは整っている。たとえばここ、地元にある水族館と室内温水プール施設が併設されており、通路にかかった水槽を下から見上げることになる。ここ数日だけで、飼育員や清掃員さんがたのよく行き来するのを枸櫞は何度も見ている。
地下空間が相当余裕をもって造られているようだ、すべての施設を確認できたわけではないが――彼女がこれから自分を連れていこうとしているのは、一般に公開されていない、さらに地下のようだ。
「もうすぐ着くけれど――最初は仕方ないね」
「なにを言って……?」
*
気絶していた枸櫞が目覚めると、全天囲のコクピットのなかにいる。
「ここは――」
『仕方ない、実戦で学んでもらいましょう。
最適格者というのも、困りものね』
知らない大人の女の声がした。続けて美岬の声もする。
『聞こえる、枸櫞くん?』
「いったいなんだよ、こっから出してくれ」
『コウジン八号機、出撃。直立拘束を解いて!
あとは人形側の自律制御に任せる!』
「!?」
さっきの女の声で、号令だった。
直後背中側から押し出される圧迫感に襲われる。
(出せってそっちの出すじゃないんだが!)
「動いてる、なんだこの人形――いま人形って?」
枸櫞は愕然となった。
『大丈夫、死にはしないから。
あなたを呪った異形を屠れれば、ね』
コウジン――鮫人?
美岬がさっき、人魚を語っていたことに関連あるならば、そういうことになるのか。
「泉客さん!?
きみらいったい――僕に何をやらせようって!」
『天樒くん、それは《《あなたが自ら喚んだの》》』
「は?」
『コウジンはリンカーであるあなたに呼応して現れた、あなたの夢の敵を屠るために』
「夢の、敵。
さっき、わざと気絶させたんじゃないだろうな、どうやって」
『――さん、どうしたら誤解解けてくれるでしょう?』
美岬がさっきからの女と示し合わせているらしい。スピーカーが低質なせいか、名前は聞き取れなかった。
『いつも思わせぶりなことしているからよ、諦めなさい』
『ご冗談――マジで言ってます?』
「おい、いい加減に――海岸?」
海沿いの街だが、ここは知らない夜の沿岸だった。
まるで異世界へでも、飛ばされたかのような。
はじめまして、ひーらぎです!
面白いと想われましたら、ブックマーク、感想お待ちしております!