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王子の影武者と婚約した令嬢、“フラれた女”として王都で噂されているけど気にしません!

作者: 大井町 鶴

短編29作目になります。いつも応援してくださる皆さま、はじめましての方もありがとうございます!

今回は、お話です。どうぞ最後までお付き合いくださいませ(o´∀`o)

青い海と白い砂浜。透き通るような空の下、今日も別荘で王子レオポルトは穏やかな風を受けながらキャンバスに向かっていた。


「ああ、今日も最高だなあ」


ラピスラズリを練り込んだ絵具を手に取り、パレットに絞る。水で伸ばして薄く塗っていけば海のベースができる。青銅鉱入りの絵具も足すと、海に深みが出た。


筆先を軽やかに動かしながらレオポルトはリゾートの光景を描いていく。


「殿下、報告書が届いております」

「ん?せっかく興が乗っているというのに。どれ」


細長い箱から紙を取り出すと、しばし真剣な面持ちで目を通す。


「ふむ……このまま進めるように伝えておいて」


ビーチに目をやると、白いサマードレスの令嬢が目に入った。


「あの令嬢に挨拶でもしてこようかな♪」


手紙をしまうと空へと放る。慌てて側近がキャッチした。


柔らかな笑みを浮かべたレオポルトは、令嬢の方へと歩みを向けたのだった。


――その頃、王都の中心にある執務室では、緊張感が漂い空気が重苦しい。


もう1人の“レオポルト王子”が執務と格闘中だった。


背筋を伸ばして机に向かう彼は、影武者エルンストである。


彼は諜報や策略を担当する家系出身で、王子とよく似た容姿を持つことから影武者として極秘に訓練されてきた。


そんな彼の正体を知る者はヘンケル宰相と、ごく一部の王家の人間だけ。皆、彼を本物のレオポルト王子だと思っている。


エルンストは手元の文書にサラリと目を通すと、的確に印を押していく。次の案件に手を伸ばしたところで、従者に声を掛けられた。


「殿下、宰相ヘンケル侯爵令嬢のシャルロッテ様がお見えです」


宰相の娘が自分に何の用事だろうか、と思いながら答えた。


「通せ」


扉が開くと、薄桃色のドレスに身を包んだ令嬢が静かに一礼して入ってきた。柔らかくまとめられた金髪が光を受けてきらめいている。


「ごきげんよう、レオポルト殿下。お忙しいところ、お時間をいただきありがとうございます」


ニコリとして言った声には浮ついた様子はなく、礼儀正しい。


「どうしたのかな?」

「先日の舞踏会で、お助けいただいたお礼に参りました」

「……ああ、あれか」


忘れかけていたが、酒に酔った貴族に絡まれていたのを助けたのだったな、と思い出した。


(それにしても舞踏会での印象と少し違う)


『もう、しつこい人ってイヤなの!離してよ、ばかぁ!』


そう、彼女は叫んでいた。しつこくされて地の性格が出たのだろうが、今の品のある様子とはずいぶんと差がある。別人のようだ。


(別人はオレだがな)


内心笑う。


「お礼のためにわざわざお越しいただき感謝する。お怪我などは?」

「おかげさまでございませんわ。殿下がご対応くださらなかったら、どうなっていたかと思うと……」


恥ずかしそうにこちらを見つめて言うシャルロッテの頬は赤い。


「困っている人がいれば助けるのは当たり前です。気になさらず」

「こう申し上げるのは失礼かもしれませんが、以前の殿下とは違う魅力にドキリとしてしまいました」

「以前とは違う?」


聞き捨てならない言葉にエルンストの指先がわずかに止まった。


警戒するようにシャルロッテを見るが、彼女は変わらずニコニコとして含む意味はなさそうに感じる。


「今日は、殿下に先日のお礼とお願いがありましてこうしてお訪ねしたのです。……今度の舞踏会で私をぜひ、エスコートのお相手に選んでいただけませんでしょうか?」

「……それには宰相の意見も聞いてみないとな。叱られたら大変だ」

「お父様を説得しておきますわ」

「そうか。考えておこう」


シャルロッテは可愛らしく礼をすると退出して行った。


エルンストは、扉の閉まる音を聞きながら眉をひそめる。


(シャルロッテ嬢か。妙に鋭いところがある。どうするべきか殿下に伺わないとな)


エルンストは普段からレオポルトの言動を忠実に再現しているつもりだ。だが、こうして本物との違いを感じ取って近づいてくるならば用心しなければならない。


ふう、とタメ息をついたのだった。


――本日も南にある別荘はのどかだ。


「殿下、エルンストより相談の文が。宰相の娘シャルロッテと仲良くするべきかと聞いています。舞踏会の時に酔っ払いから助けたところ、好意を持たれ今度の舞踏会でエスコートを望まれたようです」

「ふうん。その子、可愛いの?」

「はい。可憐な見た目に加えて宰相の娘ということで、求婚する者も多いと聞きます」

「可愛いのはいいな。宰相の娘と仲良くしておいて損はない。婚約者にも最適だ。うまくやっておけ、と伝えろ」

「かしこまりました」


それから1日後、執務室に届けられたレオポルトのメッセージにエルンストは面倒なことになったと感じていた。


「うまくやれ、か……」


今までは、どこの令嬢とも距離をとれと言われていた。なのに、今回に限って“うまくやれ”と言われるとは思わなかった。


仕方なく、ヘンケル宰相を呼び出す。人払いをした。


「どうした?」


エルンストの正体を知っている宰相は、スンとした顔で尋ねてくる。


「舞踏会で酔った男からシャルロッテ嬢を助けた時に、彼女から好意を持たれたようです。舞踏会のエスコートを望まれました。殿下からは“うまくやれ”と言われています。ですが、私が接触を続けるのは危険かと」

「そうだな。シャルロッテのことはこちらに任せておけ」


宰相が部屋を出て行く。


(影武者と仲良くさせたい親などいない)


分かっていることだが、胸がチクリとした。


エルンストだって、年頃の男である。日々、自分を偽り続けて楽しみがないのは窮屈ではあった。


(だが、このお役目はオレだからできること)


その後、執務を続けていると、夕暮れ時になっていた。窓から見える空が夕焼け色に染まっていて美しい。


外に出てみると、人気もない。安心して歩いた。


「……殿下、お仕事は終わられたのですか?」


人の視線を感じた気がして振り返ると、シャルロッテが走ってきた。


「まだ王宮にいたのか?」

「図書室におりましたの。ここはたくさんの本がそろっていますから。あ、父には先ほど会ったので、殿下のエスコートの相手に選ばれたいと話しておりましたのよ。父は選ばれるとよいな、と言っておりましたわ」


(宰相は、説得を失敗したのか)


「……もうこんな時間だ。戻らないと心配されるだろう。馬車まで送ります」


話をそらすように手を差し伸べた。


すると、シャルロッテは思い切ったように口を開いた。


「私、殿下ともっと親しくなりたいのです!……すみません、はしたないと思われたでしょうけれども、正直な気持ちなのです」


ほぼ告白の言葉を口にした彼女は、“ついに言っちゃったわ!”と両手で顔を包んでいた。


「分かった。ならば、そうしよう」


レオポルトからも“うまくやれ”と言われているのだ。こうなったら、楽しんでやろうか、と開き直った。


夕日に照らされたシャルロッテの顔は幸せそうな表情をしていた。



――それから数日後、舞踏会の日がやってきた。


赤い絨毯の上をシャルロッテの手をとり、エスコートする。


貴族たちの注目が集まり、ヒソヒソとウワサされるのを感じた。


(殿下が望まれたことだ。忠実に遂行するまでさ)


それでも、シャルロッテとダンスをしたり、酒を飲んで話していると、楽しい気持ちになった。


シャルロッテはまだ帰りたくなさそうな顔をしながら帰って行った。


――執務室で書類を見ていたエルンストは舞踏会の晩を思い出していた。


(澄んだ緑色の瞳がキレイだったな)


彼女に見つめられて踊る時、気分が高揚した。


普段、王子として多くの者にかしずかれていても、自分は本物の王子ではないと思うと、孤独を感じていた。


自分に好意を寄せるシャルロッテにときめいているのかもしれない、と思ってしまった。


(いかん、いかん。オレは影武者だ)


気を取り直そうと、夕暮れ時の庭に出て歩く。


「……殿下、またお会いしましたね」


シャルロッテだった。胸に本を抱えている。


「また、図書室にいたのか?」

「ええ。図書室からこちらのお庭が見えるのです。殿下の姿が見えたから急いで来たのです」

「……」


真っすぐな想いに胸が激しく高鳴るのを感じた。


「なぜ、なにもおっしゃっていただけないのですか?不愉快でしたか?」

「いや、疲れていて反応が遅れただけだ」


頭を振りながら横を向く。


「殿下、こちらにお座りください。しばらく休めば少しはよくなりますわ」


シャルロッテに言われて、側にあったベンチに座る。彼女も横に腰を降ろすと、こんなことを言い出した。


「こちらに頭をお乗せ下さい。私、疲れがとれるツボを知っておりますのよ」


なんと、頭を膝に乗せろという。


「それは結構だ。そんなことをしたら、君はあらぬウワサをされるぞ」

「構いませんわ。私の気持ちはすでにお伝えしているではありませんか。ですから、私のためにもどうか。それに、父からは婚約者に内定したと聞きましたわ」

「婚約者に内定?」

「ええ、先ほど。殿下が知らないわけございませんでしょう?」


有無を言わさぬ勢いで言われてエルンストは動揺しながら、やわらかな膝に頭をおそるおそる乗せた。


(……やわらかい)


頭を乗せると、目を閉じた。今聞いたばかりの言葉が頭を激しく駆け巡る。


シャルロッテはそんなエルンストの気持ちなど知らぬかのように、彼の額にかかった髪をかき上げ、頭のツボを押していく。


「……殿下、額に傷がありますのね。以前は無かったと思いましたが」


ハッとして目を開けた。


「爪の形も違うようです」

「何を言いたい?」


エルンストは起き上がると、彼女を警戒の目で見る。


(油断した。この令嬢はオレを試していたのか?)


シャルロッテは視線を逸らさず、ただ静かに言った。


「もしかしたら、殿下が、殿下ではないのではと……そんな気がしたのです」


風が、ベンチの横を吹き抜ける。

庭の木々が揺れ、淡い西日がシャルロッテの頬を照らした。


「馬鹿げたことを申しているかもしれません。でも、私の直感が……。私の心を掴んだ方が何者なのか、知りたいだけなのです」


エルンストは言葉に詰まり、口を閉ざした。


困った――と思った。


自分の正体を口にしてはならないと、何度も言われてきた。


それでも、目の前の彼女の瞳は、まるで全てを見通しているようだった。


「……それを知って、君はどうしたい?」


すぐさま否定するべきだったのに、つい問いかけてしまった。


シャルロッテは一瞬だけ黙り、けれどすぐに答えた。


「何も致しませんわ。ただ……私は、本当の姿のあなた様の側にいたいだけです」


それはつまり、オレの側にいたいということか、とエルンストは緊張する。


エルンストは、彼女の視線から逃げず、まっすぐに見つめ返した。


「私はいつだってここにいる。どこにも行きようもない。それが使命だからだ」


その言葉を聞いたシャルロッテは微笑んだ。


「今は。そのお言葉だけで充分です。幸せですわ」


エルンストの手を取ると、自分の頬に持って行き当てていた。


「君は大胆なんだな」


――今日も南の別荘前にあるビーチには穏やかな波が打ち寄せている。


「へえ、あいつ、シャルロッテ嬢といい付き合いしてるのか」

「はい。このままだとシャルロッテ嬢と婚約する流れになるかと」

「父上と母上はなんと言っている?」


机に向かって書類をチェックしていたレオポルトは肘をつきながら側近に尋ねた。


「今のように享楽的に過ごすのであれば、秘密を知る宰相の娘と結婚させた方がマシだと」

「ふうん。うまく懐柔するってことだな。そうだなあ。オレもそろそろ本物として、王都に戻ろうかな。絵を描くのも少しばかり飽きてきた」


レオポルトは立ち上がると王都に向かう準備を始めた。


――王宮の執務室ではまたもや、エルンストがレオポルトの伝言に驚いていた。


(王宮から退いて南の別荘で待機せよ、だと?)


ついに、自分の役目は終わったのかと重く暗い気持ちになった。


馬車に揺られること数日、エルンストは南の別荘に着いた。


王宮とは異なり、リゾートらしさのあるこの地に来ると、不思議な気持ちになった。


(あれほど、王宮から出て自由に過ごしたいと思っていたのに、実際にこうして来ると不安になるなんてな)


突然、放り投げられた存在な気がして気が滅入る。


(もう、シャルロッテとも会えないのか)


別荘の広間に来ると、思わず足を止めた。


「……なぜ、君がここに?」


広間の椅子に腰かけていたのは、シャルロッテだった。

普段着のドレスに編み上げの髪。華やかさよりも、柔らかな雰囲気が似合っている。


「お迎えいたしますわ、殿下……いえ、エルンスト様」


イタズラめいた表情をする彼女が、エルンストの心を激しく揺さぶった。


「……殿下の指示でここに来たのか?」

「はい。父から全て話を聞きました。殿下にはあなたの側にいるようにと」


エルンストは大股でシャルロッテに近づくと、彼女を抱きしめた。


レオポルトはてっきり、自分とシャルロッテを遠ざけるものだと思っていた。だけど、側にいることを許してくれた。


「殿下からのご褒美、だそうですわ」

「まったく……気まぐれなお方だ」


小さくため息をつきながらも、エルンストの胸の奥には確かに温かいものが広がっていく。


――王都からは、レオポルトの華やかな交遊録が聞こえてきている。


本物のレオポルト王子は、公務に本格復帰してから数々の社交の場で人々の注目を浴びていた。


舞踏会では令嬢と笑い合う姿や、別の家門の娘と手を取り合っている場面が続々と報じられている。


「殿下がレオノーラ嬢と……あら、今度はミレーユ嬢?まあまあ」


噂好きの貴族たちは、シャルロッテの名前など、すっかり忘れかけていた。


「少し前まで婚約者内定だなんて言われていたのにね……」

「きっと、フラれたのよ。シャルロッテ嬢も静養中ってことで、領地に行かれてしまったでしょう?あれって、ショックだったのよ」


好き勝手に囁かれていた。


だがその“静養中”の令嬢は、今、南の別荘でハープを弾いて優雅に過ごしている。エルンストの側で。


「今日も、美しいな」

「ハープの音が?私が?」


ニンマリとして問うシャルロッテが今日も愛しい。


「どちらもだ」


この別荘には、余計な噂も、詮索もない。


時折、王都から書類が送られてくるが、それ以外は穏やかな時間が流れている。


この生活を選ぶと決まった日にシャルロッテとは、2人だけの式を挙げたのだった。


証人は、レオポルトと、シャルロッテの父――ヘンケル宰相。


「式といっても、誰にも知らせることはできいし、記録も残せないけどね」


レオポルトからは以下を条件に2人がここで過ごすことを許したのだった。


一、影武者として南の別荘に待機し、いざという時は役立つこと。

一、シャルロッテ嬢と仲良くすること。


「殿下はずいぶんとお優しい」


お互いの指には指輪が輝いている。


今日も、海は穏やかだ。風が窓辺のカーテンを揺らしていた。


これは、影武者である男とその正体を知ってしまった令嬢の淡いお話。

最後までお読みいただき、ありがとうございました(♥︎︎ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾⁾

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