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登場

 薄暗い一本道を、羽空と蒼滴は歩いていた。

 互いに会話はなく黙々と歩を進める。暫くそうして歩いていたが、苦痛に耐えられなくなった蒼滴は頭を抱えながら唸った。


「ぐああああああ!なぜ!隣にいるのがべに様ではないんだ!」

「うるさい。オレだって隣にいるのが海愛じゃないことに絶望を感じてるよ」


 羽空はわざとらしく大きく溜息をつく。蒼滴は本気で羽空を叩き斬ろうかと思ったが、寸でのところで思いとどまった。

 目覚めてからというものの、二人は景色の変わらない一本道をひたすら歩いている。結構な距離を進んだはずだが、未だにどこにも辿り着けていなかった。耳をすませば、そこかしこから戦闘の音が聞こえる。仲間たちは戦っているのに自分たちは何の進展もないのかと、蒼滴は奥歯を噛み締めた。


「おそらく、敵はオレをどこかに誘導したいんだろうね」

「思い上がりも甚だしいな。私だ。敵は私を警戒しているに違いない」

「…可哀想に。自分が警戒されてると思ってるなんて、いっそ哀れだよ」

「殺すぞ」

「やれるもんならやれば?」


 羽空は天使のような笑みで蒼滴を見つめる。しかし、その笑顔は柔和なものではなく嘲笑だった。蒼滴の表情から色が消える。

 仲間内で一等相性の悪い二人。それは互いに理解している。しかし、ここは敵地。幾ら相性が悪くとも、気に入らなくとも、叩き斬りたいと思っていても、連携を取らねばならない。二人は同時に溜息をつくと、先程よりも足早に歩を進めた。

 改めて、羽空は薄暗い通路を注視する。

 壁や床は凸凹としており、時折抉られたような痕跡がある。それはまるで、獰猛な生き物がこの先にいることを示唆しているようだった。しかし、問題はそこではない。

 敵が攻撃を仕掛けてこない。

 それはつまり、攻撃をしても意味がないと分かっているからだ。なぜなら、相手は美鏡羽空だから。全ての聖人の中で最も星に愛され、圧倒的な強さを持つ彼を知らない者はいない。故に、敵が攻撃を仕掛けてこないのは理解できる。だがそれは同時に、美鏡羽空の居場所を知られているということに他ならなかった。

 敵が仲間を分断したのは事実。しかし、予め各聖人たちの能力を把握し、弱点を突くように采配することは不可能だろう。であれば、羽空以外の聖人たちは適当に割り振られた可能性が高い。

 羽空は小さく息を吐く。

 《絶唱》の仲間たちのことも《聖剣》の友人たちのことも、羽空は信じている。しかしそれでも、相性の良し悪しは存在する。戦闘は避けられないが、せめて無用な怪我を負っていなければいいと思った。


「あの人間…アル、だったか?生きているといいがな」


 不意に蒼滴がアルの名前を出す。

 先程まで険悪な雰囲気だったはずだがそれを忘れたかのように口を開く蒼滴を見て、こいつは鳥頭か?と羽空は本気で心配になった。


「急に口を開いたかと思えば、あの人間の話?短時間で随分絆されたね」

「当然だ。あの人間とは〝べに様親衛隊〟を組めるかもしれないからな」

「…鳥頭なの?」


 羽空は顔を歪めて蒼滴を見つめる。先程向けた嘲笑ではなく、可哀想なものを見るような瞳だった。


「キララは良くも悪くも気持ちのいい性格だからな。人間と友好的な関係を築けるのも頷けるが、お前には縁遠いものだと思っていた」

「…今も別に、友好的ではないけど」


 蒼滴の言葉に、羽空は歯切れ悪く返答する。

 同時に、アルと初めて会った時のことを思い出した。

 穏やかだった波が急激に荒れ狂うような、太陽輝く快晴が急速に嵐になるような、そんな激情を抱いたのを覚えている。彼を見た瞬間心が乱れ、普段なら吐かないような言葉を幾つも吐いた。今まで幾度となく人間を見てきたがそのような気持ちになったのは初めてで、羽空自身も未だに原因が分かっていない。

 しかし、これだけは言える。


「あの人間、妙な感じがするんだよね」

「妙?」

「人間であるのは間違いない。けど明らかに、普通の人間とは違う」

「羽空、それは——…恋か?」

「殺すぞ」



 驚き。

 なんてものではない。拘束された状態でセノラは終始目を見開いていた。それはこのゲームを作り出した猫耳の男も例外ではなく、彼もまたセノラ同様驚きと困惑の表情をしていた。

 彼らの視線の先には、ルーレットを回すアルの姿。

 彼に動揺は一切見られない。震えることなくルーレットに指を添え、それを回す。幾度かくるくると回転したルーレットは〝3〟の文字で止まった。

 それとほぼ同時に、拘束されたセノラがマスを三つ移動する。セノラが止まったマスは一面真っ白で何の文字も書かれていない。猫耳の男がゲームを面白くするために用意した、数少ない当たりのマスだった。

 猫耳の男がわなわなと震える。

 こんなはずではなかった!こんな予定ではなかった!こんなことになるとは思わなかった!

 口からそんな言葉は出ていないが、彼の身体の震えからその言葉は容易に汲み取れた。

 〝セノラを駒とした人生ゲーム〟

 それが開始してから数分。セノラは一度も拷問のようなマスに止まっていない。アルがルーレットを回し、セノラが進んだマスは全て一面真っ白の当たりのマスだ。初めこそただの偶然だと思っていたが、数少ない当たりのマスをこうも簡単に引き当てられるわけがない。

 ならば、アルが何かを…?

 セノラはそう考えて首を横に振った。ただの人間であるアルにそのような力はない。しかし、このような偶然が起こるはずもない。

 セノラは再度アルに視線を映す。

 彼はやはり、緊張も動揺もなく、ただルーレットを回した。

 止まった文字は〝6〟。

 ぐん、と引っ張られる感覚と共にセノラの身体が動く。マスを五つ移動したところで〝GOAL〟にたどり着き、そこでセノラは解放された。あまりにも急な出来事にセノラの身体はよろける。アルはそれに気づくと「セノラ様!」と眉を八の字に下げながら彼に駆け寄った。


「大丈夫…ボクはそんなにやわじゃない」

「でも…!」


 不安気に揺れるアルの瞳を、セノラは黙って見つめた。

 …やはり、彼が何かをしたとは思えない。

 けれど、先程ルーレットを回していた時の様子を鑑みるに、セノラが一度も拷問を受けなかったことと全くの無関係だとも思えない。

 セノラが疑問を口にしようとしたその時、ふるふると震えていた猫耳の男が大きく片手を天に掲げた。

 途端、崩れ落ちる〝人生ゲーム〟

 セノラは咄嗟にアルを抱え上げ、高く飛び上がった。


「…なんなんだ!なんなんだっ、お前…!」


 まるで本物の猫のように、猫耳の男はその瞳を鋭く尖らせる。

 その瞳から、口調から、身体から、彼の怒りが滲み出ているようでアルは恐怖に身を縮めた。心が圧縮されるような憤怒の感情。なぜ彼はここまで怒りを露にしているのだろうか。裏技のようなやり方でゲームを終わらせたこと、それだけが原因ではないような気がする。


「もういい!もういい!もういい!お前らは、死ねっ!」


 男が強く拳を握る。燃えるような怒りを宿した瞳がセノラとアルを捉え、彼らの身体はぴくりと跳ねた。

 この猫耳の男は、自分のことを〝ポラ〟だと言っていた。それが真実かは分からない。しかし、彼が強者であることは明白で、セノラは怪我を負っている。その上、非戦闘員であるアルを守らなくてはならない。

 状況は誰が見ても不利。

 男の怒りに呼応するように部屋全体が唸る。先程ぬいぐるみの姿だった時とは打って変わって、セノラが目に追えぬほどのスピードで部屋全体がセノラに攻撃を仕掛けた。

 セノラの腕と足が切り裂かれ、漆黒の液体が飛び散る。

 苦痛に歪むセノラの顔と、絶望を浮かべるアルの顔。それらを見てほくそ笑む猫耳の男。

 そんな空気を切り裂くように、突如快活で明るい声が響いた。


「呼ばれて!ないけど!じゃじゃじゃじゃーん☆」

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