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隣の芝生は、

 久しぶりに再会した五人での会話はとても有意義で、気づけば太陽は頭上を越え、地平線に傾きかけていた。もうじき夜が顔を出す。夜の海は非常に危険なため急いで帰宅せねばならない。アルが大慌てで準備を始めると、心配そうな声色でホタルがアルの名前を呼んだ。


「アル。もうじき暗くなるぞ。今から船を出したら危なくねえか?」


 ホタルの顔はいつも通りの仏頂面だが、アルの身を案じてくれているのが伝わる。ムラサキは眉尻を下げながら陸に泊まったらどうかと提案した。


「いや、大丈夫だ。船は海洋生物に襲われないように対策してあるし、寒ささえ凌げればちゃんと帰れるからさ」

「うーん、そうですか…?」

「ああ、心配してくれてありがとな」


 快活に笑うアルに、それでも尚ムラサキは心配そうな顔を向ける。

 夜の海。その怖さを島人なら誰もが知っている。特に、比較的海辺に近い場所に村があるヒスイとサンゴは何度も巨大な海洋生物を見てきた。アルへの心配は一入だ。


「そうは言うけど、夜の海に出るなんてオースおじいさんも心配するんじゃないかい?今日はオレたちの家に泊まったら?」

「そうだよ、アルお兄ちゃん!危ないよ!」


 サンゴは不安げに瞳を揺らすと、アルの腰に勢いよくしがみつく。そのまま二、三歩足を進めると、サンゴがずるずると付いてきた。

 心配してくれるのはありがたいが、アルとて家に残してきたオースが心配だ。海上の家は寒い。家に残っていた油は残り少ないはずだし、それだけで寒さを凌ぐのは無理からぬことだ。本日の交換品の中には厚手の布もあるし、少量だが油もある。一刻も早くオースの元へ帰って安心させてやりたい。

 しかし、ヒスイたちの心配もわかる。どうにか全員を納得させられる言葉を考えねば、と頭を捻った時、今まで黙っていたホタルがゆっくりと口を開いた。


「…寒さ対策なら、必要なのは油だな」

「ん?ああ、まあ、そうだな?」


 ホタルの言葉に、アルは先ほどの会話を思い出しながら頷く。ホタルは変わらずの仏頂面で自分の荷車から木の筒を取り出した。そして、それを無言でアルに差し出す。言葉はないが、差し出している物を受け取れ、という意味だろう。アルが戸惑いがちに木の筒を掴むと、微かに木の隙間から油の匂いがした。


「これって…」

「やる。それで船の上の寒さ対策は何とかなんだろ。それに、オースじいさんの分も足りるはずだ」


 アルは何も言葉にはしていない。それでも、ホタルはアルの言いたいことが何となく理解できた。お互い、祖父と二人暮らしだからだろうか。アルがオースのことを心配しているのがホタルは何となく分かったのだ。

 そのホタルの行動に、アルは瞳を潤ませる。そして、両手を広げて大袈裟にホタルを抱き締めた。


「ホタル~!いいやつ!」

「ひっつくな!うっとおしい!」


 しかし、アルの感謝のハグはホタルの足で一蹴される。アルは突き飛ばされるようにホタルから離れると、そのまま自分の荷車に腰を打ちつけた。

 ホタルの行動にムラサキはひとつ頷くと納得したように息を吐く。ヒスイとサンゴも顔を見合わせて眉尻を下げた。


「なるほど。確かに、海のお家は寒いですものね。それなら、私は暖かい布を差し上げます。ぜひアルくんとオースおじいさまでお使いください」

「ボクはねー、うーんと、ボクも油あげる!えへへ、これしかなくて…あっ、でも油っていくらあっても困らないよね⁉」


 アルの荷車に、ムラサキの布とサンゴの油が積まれる。その心遣いにアルは満面の笑みを浮かべた。

瞬間、アルの頬に勢いよく突き刺さる枯れ木。アルが驚愕で目を見開くと、どこかむすりとしたヒスイがアルの頬に枯れ木を押しつけているのが見えた。


「アル。はい、オレからは枯れ木のプレゼント。必要だろう」

「え、ああ、暖炉には必要なものだけど…なんで怒ってんの、お前…」

「べつに」


 ふい、とアルから顔を背けたヒスイは黙ったまま荷車の整理を始める。そんなヒスイに困惑していると、ムラサキは子供を見るかのような目で小さく笑った。


「さあ、それではアルくんをお見送りしましょう」

「へ?んなことしなくていいって。お前らの積荷だって大量だし、オレが船を停めてる場所はここから一時間近くかかんだよ。ホタルもムラサキも反対方向だろ?」

「ですが…」

「オレとサンゴが送っていくよ。オレたちの家はアルが船を停泊させた場所から一番近い村だからね。帰り道だしちょうどいいさ」

「うん、まかせてよ!ムラサキお姉ちゃん、ホタルお兄ちゃん」


 ヒスイとサンゴのその言葉に、ムラサキとホタルは顔を見合わせる。二人は暫し悩んでいたが、空が本格的に暗くなり始めるとやがて小さく頷いた。

 五人は互いに手を振って市場を後にする。アルはムラサキとホタルの背中を見つめながら、子供の頃の自分たちの姿を思い出した。

幼い頃、五人でかけっこをして、かくれんぼをして、日が暮れるまで泥だらけになって遊んだ。どうしてか今、あの頃をひどく懐かしいと思った。

 荷車を押しながら、空に顔を出した月を見上げる。荷車の上には多くの品物に囲まれたサンゴが、うとうとしながら芋を抱きしめていた。隣を歩くヒスイは黙々と足を動かしている。

 ふと、アルはこれから自分はどうなるのだろうと思った。オースは無理に結婚する必要はないと言うだろうが、やはりまずは結婚するのが一般常識なのだろうか。嫁を娶って子供を作って、家族のために生きて——、そこまで考えて、アルは隣のヒスイに話を投げた。


「なあ、ヒスイ」

「なに?空ばかり見てないで足を進めて」

「進めてるっての。何でさっきから怒ってんだよ」

「怒ってないよ。で、なに?」


 怒っていないとは言うが、ヒスイの眉間には深く皺が刻まれている。

人当たりの良いヒスイがこうも感情をさらけ出すのはアルたちの前だけだ。心を許してくれているのだと思うと、こういった態度も可愛く思えてくる。

 アルはヒスイの怒っていない発言には言及せずに、自分の中に浮かんだ疑問を投げることにした。


「オレたち、もうすぐ二十歳じゃん?オレはあと二年だけど、ヒスイはあと一年」

「まあ、そうだね」

「最近さあ、オレもそろそろ結婚しねえとって思うんだけど、恋人の一人も出来たことねえんだよ。知ってるだろうけど」

「うん。知っているよ」

「この野郎…。まあ、オレはこの通りモテねえから仕方ねえけど、ヒスイは違えじゃん?女の子たちに大人気でモテモテでさ、でも、お前に恋人の影とかねえし、結婚しねえのかなってずっと疑問なんだけど」


 アルの言葉にヒスイはピタリと足を止める。それに習ってアルも足を止めると、ヒスイはゆっくりとアルを振り返った。その顔はまさに般若。アルは蛇に睨まれた蛙のように、情けない悲鳴を漏らした。


「な、なん、え?ごめん!そんな怒ると思わなかったんだよ!悪かったって!」


 ヒスイの目を見た瞬間、アルは瞬時に謝罪を述べた。そうしなければまずい、と本能で悟ってしまったのだ。青ざめるアルに、ヒスイは冷たい視線を向ける。


「謝るくらいなら、言わないでもらってもいいかい?」

「…はい、ごもっともです」


 この手の話はヒスイには地雷らしい。アルは心の中で、恋愛関連の話にそっとバツ印をつけた。

 それから、お互い何を言うでもなく無言で帰路を歩いた。聞こえてくるのはサンゴの寝息と荷車の滑車音だけだ。暫くそうして歩いていると、気づけばヒスイとサンゴが暮らす村のすぐ手前までやってきていた。アルはここから更に船を漕いで帰宅するが、その前に本日交換した品物を船に移さなくてはならない。アルは荷車を一瞥して眉間に皺を寄せる。

この大量の品物を小舟に積むのは少し骨が折れそうだ。


「あれ…?」


 品物を見つめながら頭を捻るアルの隣でヒスイは訝しげな声を発した。何事かとそちらを見やると、ヒスイの視線の先に一人の少女が立っていた。


「あの子…」


 アルもヒスイ同様訝しげな顔で首を傾げる。ヒスイとサンゴの住むこの村には何度も訪れたことがあるが、あのような少女は見たことがない。ヒスイはそんなアルの思考が読めたのか「彼女は村長の娘だよ。病弱でめったに家から出てこないんだ。一体どうしたんだろう…」と眉間に皺を寄せた。

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