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とける

 粉々になった積み木の残骸を見つめながら、アルはセノラの手を借りて立ち上がる。視界の端に真っ二つにされたネコのぬいぐるみが映り、たまらず身体を震わせた。先程までアルとセノラを殺そうとしていた相手だ。恐怖で身体は震えるのは当然だった。

 …しかし、それでも。

 自分たちに殺意や敵意を向けていた相手であっても、ぴくりとも動かず地に伏した状態で倒れていれば心配にもなる。…偽善かもしれない。彼があのような状態になったのは、アルがセノラに助言をしたからだ。セノラなら彼より速く動ける、と。セノラなら彼を倒せる、と。

 心が痛い。それは悲しみでも絶望でもない、初めて感じる痛みだった。


 動かないネコのぬいぐるみに瞳を揺らすアルの姿を、セノラは背後から黙って見つめていた。あのぬいぐるみを切断したのはセノラで、この現状を招いたのもセノラだ。セノラは全て、自分の責だと思っている。後悔はないし、何度巻き戻っても同じ選択をするだろう。同じ聖人同士分かり合えない事実は悲しいが、セノラにとって大切なのは《絶唱》の仲間たちの命。優先順位は初めから決まっている。


(…だから、全部ボクのせいにすればいいのに)


 そのほうが楽であるはずなのにアルはそうしない。きっと、出来ないのだ。今の人間たちは、なんと脆く、儚く、心優しいのだろう。

 セノラはアルに手を伸ばす。せめて彼の視界に、ネコのぬいぐるみが映らないようにしたかった。


「ああ…♪なんて優しい人間…♪死んでほしいほど嫌いにゃんだけどね」


 刹那。セノラの耳元で聞こえた楽し気な声。

 まるで冷水を頭からぶちまけられたように、身体の温度が急激に冷える。

 セノラが振り返るのと、声の主が攻撃するのはほぼ同時だった。積み木の槍がセノラの胴体に突き刺さる。はじめは一本。二本目は上から、そして三本目は下からセノラの身体を貫いた。ぼたぼたと、彼の身体から漆黒の液体が溢れ出る。

 一拍遅れて、アルは背後を振り返る。目の前の現状をすぐに理解できなかったアルは大きく目を見開いた。セノラの足元に黒い水たまりが出来ている。そして、怪しく笑う猫耳の男が彼の背後から手を振った。


「ぁ、あ…、セノラ、さま…」

「ふふふ♪そんなに心配しなくてもすぐに殺したりしないさ。でも、そうだにゃあ…お前たちはぼくの大切な依り代を壊した。だから、怖~いゲームで遊んでもらおうかにゃ」


 そう言って、不気味に笑う猫耳の男はアルに手を伸ばす。

 ——逃げなければ。

 咄嗟にそう思ったものの身体が動かない。恐怖だ。目の前の男への恐怖で指一本でさえ動かせない。

 …いいや、いいや…っ!動かせない?ふざけるな!無理やりにでも動かせ!セノラ様を助けて、他の聖人様たちと合流するんだ!

 アルはぐっと歯を食いしばり、眉を吊り上げる。その反応が予想外だったのか、猫耳の男は目を丸くした。

 一瞬だけ、空気が和らぐ。

 それを見逃さなかったセノラは強く鎌を握ると、勢いよく敵を薙ぎ散らす。油断していた猫耳の男は攻撃を食らい、数メートル先の壁まで叩きつけられた。


「セノラ様!」

「…大丈夫…こんなんじゃ、死なない」


 …そうは言うものの、セノラの身体からはとどまることなく漆黒の液体が流れている。身体を支えようと手を伸ばすアルを制止して、セノラは欠伸をする猫耳の男を見つめた。彼はセノラの視線に気づくと、口角をあげながら壁を這う。その動作は猫というより虫のようだった。


「さあて、にゃらゲームを始めよう。ああ、その前に自己紹介をしておかなくちゃ。ぼくはネコ。本名はあるけど教えな~い。《愛猫》のリーダーにして、唯一の〝ポラ〟…この意味が分かるかにゃ?どう足掻いても——、


 お前らじゃ、ぼくには勝てない」


 その言葉と同時に、空間が激しく揺れる。セノラはアルを抱えて回避しようとしたが、床から飛び出てきた人形に身体を拘束され、身動きが取れなくなった。

 空間がどんどんと作り替えられていく。何かがぶつかる音、割れる音、崩れる音。アルは忙しなく首を動かすが、早すぎて何が起こっているのか全く理解できなかった。

 一体どれほどの時間が経ったのか分からない。一分だったかもしれないし、一時間だったかもしれない。ふと周辺の音が止まると、そこは先程とは全く別の空間になっていた。

 カラフルでポップな建物、歪な絵が描かれた旗、天井には真っ青な空と真っ白な雲、そして、ペンキを乱雑に塗りたくったかのような床。その床はコマで割り振られ、そのコマひとつひとつに文字が書かれていた。アルの足元の床は白く、黒文字で〝START〟と書かれている。

 アルは既視感を感じた。

 この空間、見たことがあるような…。


「始まりましたー!やっちゃいましたー!ドキドキ♪人生ゲーム!」


 楽し気な男の声がポップな空間に響く。


「説明しよう!人間、お前はプレイヤーだ。そして、お前の駒はここにいる金髪の聖人!お前はルーレットを回し、駒はルーレットに従って歩を進める。ルールは実に簡単だにゃ?ただし——…」


 猫耳の男は床に視線を移す。アルも同様に視線を床に移すと、そこに書かれた文字に顔を歪めた。


「〝両腕さよなら〟〝ぐりぐりおめめ〟〝生足シュレッダー〟〝首ちょんぱ〟面白くなるように、たま~に空白のコマも用意したけど、どう?どう?面白いゲームになりそうだにゃー♪」


 にゃにゃにゃ♪と猫耳の男は笑う。その笑顔はとても楽し気で、セノラは瞳を鋭く尖らせた。

 誰かを傷つけることを、これほど愉快に行う。こんな性根の腐った生き物が自分の同族だと思うと吐き気が止まらない。けれど、感情任せに暴言を吐くつもりはなかった。どれほどの拷問をされようとも、自分であれば耐えられる。けれど、人間であるアルは命を落としてしまうだろう。おそらく、この猫男もそれでは面白くないとセノラを駒に選んだのだろうが、自分が駒に選ばれたことは行幸だと、そう思った。

 故に、暴言など吐いて彼の機嫌を損ねることはない。大人しく、従順に、言うことを聞いているフリをする。セノラは自分自身の力量を恥じたが、それ以上にアルを守らねばと強く思った。

 セノラが拘束されている位置から、アルの顔は見えない。彼が恐怖に顔を歪め震えていないことを願った。


「さあ!さあさあ!始めよう!早く!早く!人間!ルーレットを回すんだにゃー!」

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