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《聖剣》

 セノラに腕を引かれ連れていかれたのは前回と同じ部屋だった。

 海愛が扉を開き、その後をセノラとアルが続く。部屋の中には見知った顔と見知らぬ顔がずらりと並んでいた。アルがごくりと唾を飲み込むと、顔を上げたべには実に愉快そうに微笑んだ。


「おお、目が覚めたか、人間。鯨の口で深海まで移動したのは初めてだったが、面白い体験だったな!」


 大きな声で楽しそうに笑うべにとは相反して、アルは複雑そうに眉根を寄せた。ポニーの口の中での出来事を詳しく覚えているわけではないが、楽しかったかと聞かれると首を横に振る。しかし、否定の言葉を述べれば、現在アルに鋭い視線を向けている蒼滴に何をされるか分かったものではなかった。

 先程出会った女性——蒼滴。彼女はべにの右斜め後ろに立っており、彼女の一挙一動に、蕩けるような笑みを浮かべていた。

 そして、そんな蒼滴の後方には、ソファひとつをまるまる占有し、寝転ぶように横たわっている幼児が一人。外見年齢はべにとそう変わらないが、その態度は大物のそれだった。幼児の前髪がさらりと流れる。その額には大きな剣のエンボスが堂々と存在を主張していた。

 幼児の側には髪を高い位置で一纏めにした仮面の少年が立っている。仮面は純白で、幾つか飾りがぶら下がっていた。

 アルは改めて、部屋の中をぐるりと見回す。

 前回知り合ったカノンは、大きな窓に身体を預けるようにもたれかかっていた。アルと視線が絡むと、大きく舌打ちして目を逸らす。羽空とキララはまだ部屋にはいないようだ。


「海愛」

「あ、アリア」


 幼児の側に控えていた仮面の少年は、海愛を視界に入れると彼女の名を呼びながらこちらにやってきた。仮面で顔は見えないが、声色がとても優しく柔和だ。そして、名を呼ばれた海愛も仮面の少年の名を呼び返しながら、やんわりと微笑んだ。


「部屋にいなかったから、てっきり羽空とキララと一緒にいるのかと思っていた」

「ううん、様子を見に行ったけど二人だけでなんとかなりそうだったから」

「なるほど。まあ、それもそうか。…それで、あなたが例の——…。べに様から話は聞いている。うちのリーダーが迷惑をかけたようで申し訳ない」


 そう言って深々と頭を下げる仮面の少年に、アルはギョッと目を見開く。慌てて身振り手振りで謝罪は必要ないと伝えると、彼は困ったように微笑んで顔を上げた。仮面で表情は分からないが、雰囲気で何となく彼の心理が読み取れる。

 仮面の少年が顔を上げたことにほっとしたアルは、背後からやってきた人物に「だーれだ?」と目を塞がれて再度身を固くした。隣に立っていたセノラが「ちょっと」と咎めるような声を上げる。海愛もアリアも抗議の目を向けたが、該当の人物は気にする素振りもなくすぐにアルから手を離した。


「なーんて。初対面なのに分かるわけないよねー」


 アルが背後を振り返ると、恐ろしく髪の長い青年がにこやかに立っていた。可愛らしい顔立ちだが、それなりに高身長だ。蒼滴もかなりの高身長だったが、彼女と変わらないくらいだろう。青年はアルの顔をまじまじと見つめると「本当に人間なんだね」としみじみと呟いた。

 長髪青年はそう言うなり、アルをすり抜けてべにの元へと駆けていく。外見と相反して、中身は無邪気な子供のようだった。


「アルくん、好きなソファに座って待ってて。羽空もキララももうすぐ来ると思うから」

「《聖剣》の聖人は一癖も二癖もあるけど、むやみに襲い掛かってきたりはしないから安心してほしい。…べに様に無理やり連れてこられた前例があるから、あまり信用はできないかもしれないが…」


 アリアの言葉に海愛は困ったような笑みを浮かべる。二人は目を合わせて一言二言話をすると、静かに部屋を出て行った。

 部屋に残っているのはこれで七人。カノンは相変わらず黙って窓に背を預けているし、幼児は目を閉じて寝ている。蒼滴はべにに向けて恍惚の笑みを浮かべ、べにと長髪青年はボードゲームで遊んでいるようだった。

 座って待っていろと言われたが、一体どこに座ればいい…?

 視線をさ迷わせながらバラバラに指を動かすアルを見て、セノラは訝し気な表情でアルの手を引いた。


「…こっちに座ったら」

「…!あ、ありがとうございます、セノラ様…!」

「別に。キララからあなたの世話を頼まれたから」


 そう言って、セノラはべにたちから離れたソファへと誘導する。しかし、目ざといべにはボードゲームを両手で鷲掴みすると、これ見よがしにアルの隣へと腰掛けた。そうすると、必然的に蒼滴と長髪青年もアルの側へと移動する。セノラは嫌そうな表情を隠しもせずに、大きく溜息をついた。


「どうした、セノラ。ああ、お前もボードゲームがしたいのだな。そうか、そうか。気づいてやれずすまない」

「したくない。しない。巻き込まないで」

「はあ、お前は相変わらず冷たいな。私はとても悲しい」

「セノラ。べに様を悲しませるとは、何様のつもりだ。さあ、駒を持て。今すぐボードゲームをしろ」

「相変わらずなのは蒼滴もじゃない?べにに対する行き過ぎ忠誠心、(こわ)あ…」


 カラカラと笑うべにに、けらけらと笑う長髪青年。蒼滴は眉間に皺を寄せると、ボードゲームの駒をセノラの前に勢いよく叩きつけた。それに対しますます嫌そうな顔をしたセノラが口角を下げる。

 アルは身を固くしたまま、ふと彼らの服装を注視した。

 眼前にいるべに、長髪少年、蒼滴、それから奥のソファで寝転んでいる幼児、四人とも皆似たような服装をしている。アルが今まで見たことがないようなデザインで、服装の系統は羽空たちとはまるで違う。けれど、アリアの服装は、羽空たち《絶唱》の聖人たちと似通っているように思う。

 思考を飛ばしていたからか、どこか不機嫌そうなべにがアルの顔を覗き込んだ。そのあまりの距離の近さに飛び跳ねると、彼女は満足げに微笑む。


「セノラが嫌だというならば、お前がゲームに参加するか?」

「え、」


 べにからの誘いに、アルは戸惑ったような声を漏らす。助けを求めるようにセノラを見ると「…ルール知らないんじゃない」とぶっきらぼうにそう言った。


「知らないというならば、教えればいいだろう。メイク」

「はいはーい」


 不適な笑みを浮かべたべには、隣に座る長髪青年の名を呼ぶ。名を呼ばれた青年は明るい返事をすると、ボードゲームを指さした。


「このボードゲームの名前は『人生ゲーム』だよ。簡潔に説明すると、この駒を自分に見立てて、結婚とか就職とか、人生のイベントを擬似体験させるゲームだね」


 言って、メイクは駒を指で弾くと、ルーレットを回す。ルーレットは『5』で止まり、メイクは駒を五マス進めた。駒が進んだマスには『結婚。子供は三人』と書かれており、メイクは三つ駒を増やす。


「最終的に、一番お金持ちになったプレイヤーの勝ち!どう?分かりやすいでしょ?」


 メイクは玩具の紙幣を両手で掴み、花びらのように辺りに散らす。アルは自分の太ももに落ちてきた紙幣を手に取ると、感嘆の声を漏らした。


「これが噂の金っすか…。八十年前はこの紙で食い物や服を買ってたんすよね」

「あ、今の大陸には通貨ってないんだっけ?そうそう。『世の中金』って言葉もあったし、これで色んなものが購入できたんだよ。…ま、これが争いの原因になることも少なくなかったけど」


 どこか冷めた目をしたメイクは玩具の紙幣を指先で弾く。それはとても軽い動作だったが、紙で作られた紙幣は真っ二つに裂けた。


「あーあ、やる気削がれたー。べにー、何か他に面白いことなーい?」


 眉を八の字に曲げたメイクは、項垂れるようにソファに沈む。そんな彼をセノラと蒼滴は冷たい瞳で見つめていたが、べには軽快に笑うと「お前はなかなかに気分屋だな」とメイクの頭を撫でた。


「まあ、メイクの気分屋も海には敵わんだろうがね。そういえば、海は今日もいないのか?奴がいれば、暇つぶしに戦闘でもしようと思っていたが」


 残念そうに呟くべにに、セノラは小さく頷く。

 視界の端に、べにに撫でられるメイクを恨めしそうに睨む蒼滴が映った。

 海——という名は、以前聞いたことがある。《絶唱》の聖人の一人で、あまり屋敷にとどまらない自由人。どうやら今日も屋敷にはいないようだ。

 海の話題が出たためか、カノンが顔を上げる。

 カノンはメイクをちらりと見つめると「海は気分屋っつーか、我が強えだけだろ」と思案するように呟いた。

 べには朗らかに笑むと、カノンに賛成するように軽く首を縦に振る。

 そして、笑顔はそのままに出入り口の扉にちらりと視線を向けた。


「海がいないのは非常に残念だが、役者は揃ったようだな」


 べにのその言葉を合図に、メイクは身体を起こし、幼児は目を開ける。

 部屋中の全員が扉に視線を向けると、扉はゆっくりと開き、海愛とアリア、そして羽空とキララが部屋の中に入ってきた。

 べにと視線が交わった羽空はうっすらと微笑む。それは優し気なものではなく、ひどく挑発的なものだった。


「遠路はるばるようこそ《聖剣》の諸君。それで《皇帝》がA4大陸を襲ったっていう話は事実なの?」

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