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聖なる祭り

 それは、あくる日の夕刻。

 真っ赤な空を背景に、何者かが空中に座しているのをオレは見た。

 長い白髪の髪を一つに束ね、毛先はくるりとハートの形になっている。根本のほうは白色だが、毛先につれて段々と赤くなる、美しいグラデーションの髪色をしていた。

 片足を立て、その膝に頭を預けている姿から、睡眠中であることが窺える。

 目を引いたのはその頭と腰。頭には大きなウサギの耳が生え、同じく腰にはウサギの丸い尻尾が生えていた。

 頭から足の先に至るまで、服装は全て白色でコーデされている。

 彼は、人間が普段着る服装とは違い、聖人様が着ている服装に近かった。

 長い間凝視していたからだろうか。

 空中に座す彼が、おもむろに目を開けた。

 炎のような真っ赤な瞳。その瞳と目が合った瞬間、オレは寒気を感じた。

 彼は何も言わない。

 そうして暫く見つめあっていると、彼は再び目を閉じ、瞬きの間にその場から消えていた。



「——ってことが、昨日の夕方あったんすよ」


 船を漕ぎながら、アルは視線を真横に向けた。

 その視線の先には、海面を歩くキララの姿がある。そのキララの更に奥には、アルの船と並行して泳ぐポニーの姿があった。

 キララはアルの話を聞きながら、指で顎を軽く撫でた。


「多分それは〝次元のウサギ〟だな」

「〝次元のウサギ〟?」


 聞きなれない単語にアルは首を傾げる。

 キララはそれに頷くと「次元のウサギも聖人の一人だよ」と軽い口調で告げた。


「とはいっても、オレたちとは事情が少しばかり違ってな。聖人の一人ではあるんだが、どこのチームにも所属はしてない。あいつは〝星の代弁者〟で星そのものの維持や管理を担当してるんだ」

「星そのものの維持や管理、っすか…?」


 キララの言葉にアルは眉尻を下げる。

 星——というのは言わずもがな、この地球のことだろう。つまり、次元のウサギという存在は、この地球を守る役割をしているということだろうか。

 アルの推測にキララは大きく頷いた。


「その通りだ。あいつは常に場所を転々として星の全てを見ている。だから、見かけるのは結構レアケースなんだぜ?」

「そうなんすか…。まあでも、怖い聖人様じゃないって分かって一安心っす!目が合った時、すっげえ寒気がしたんで…」

「ああ。気だるげに見えてすげえ強いけど、人間を襲うなんて真似はしない。そこは安心していいぜ」


 屈託のないキララの笑顔に、アルも自然と口角が上がる。

 大陸に到着するまで数十分。アルは残り時間もキララとの他愛ない話を楽しむことにした。

 キララと友人になってからというもの、彼は頻繁にアルの元を訪ねてくれるようになった。

 こうして大陸と家を行き来する際に話をしたり、オースの不在時に製塩や漁を手伝ってくれたり、時には共に料理をしたり、キララとアルの友情は少しずつ、けれど着実に育まれている。

 アルが大陸に船を停泊させたのを見届けて、キララは数メートル先から大きく手を振った。これから大陸で仕事をするアルへの激励だろう。それに応えるようにアルも大きく手を振り返す。すると、キララは柔らかに笑んで海へと身体を沈めた。

 聖人が海へと帰る姿を見るのは初めてではない。けれど、一瞬で海に呑み込まれていく姿は、何度見ても慣れるものではない。

 キララと友人になり、以前よりもずっと彼のことを知ることができた。けれども、聖人という生物にはまだまだ謎が多い。

 アルは「うし!」と自分を奮い立たせるように言葉を放つ。そのアルの声に反応するように、離れた場所で待機するポニーが身体を揺らした。


「何が、うし!なんだい?」

「うおわああっ!」


 突如背後から聞こえた声にアルは大袈裟に身体を揺らす。振り返ると、訝し気な顔をしたヒスイがアルを見つめていた。彼の傍らには荷車が一台。どうやらアルの来訪を察して、海岸まで荷車を持ってきてくれたようだ。


「なんだー、ヒスイか。驚かせんなよ」

「荷車を引く音がしていただろう?気づいていたと思っていたけれど」

「全く気付かなかったわ!」


 けらけらと笑うアルに、ヒスイは眉を吊り上げる。


「全く。海を渡ってここまでくるんだから、常に警戒していないとダメじゃないか」

「おうおう、大丈夫だって。ちゃんと分かってるからさ」


 ヒスイの言葉に頷きながら、アルは海に視線を向ける。

 ヒスイがやってきた瞬間に海へ潜ったのかポニーの姿はなかった。


「ところで、アル」

「うん?」

「さっき、誰かと一緒にいなかった?」


 確信をついたようなヒスイの言葉に、アルは動揺から大きく咳き込んだ。そんなアルの背中をヒスイはやんわりと撫でる。


「な、なに言ってんだよ、ヒスイ!」

「さっき、アルが船を漕いでいるのが見えたんだけど、隣を誰かが歩いているような気がしてね」

「海の上を?そんなわけないだろー!」


 眉尻を下げながらアルは大げさに笑う。そのままヒスイの背中をバシバシと叩くと、彼は怪しむように眉間に皺を寄せた。


「…アルがそう言うなら、別に詮索はしないけれどね」

「おう!さあ、ヒスイ!今日も物々交換頑張ろうぜ!」

「物々交換も必要なことだけれど、アル、まさか忘れたわけじゃないよね?」

「んあ?何を?」

「聖人様を祀る会さ」


 そう言ったヒスイに、アルは目を見開く。

 そして、空を見上げた。

 そういえば、もうそのような時期か、と。



 聖人様を祀る会。

 それは一年に一度行われる、聖人への感謝を込めた行事である。

 六つの大陸全土で、同じ日付、同じ時間に執り行われ、救世主である聖人への感謝と祈りを捧げる儀式である。

 大陸で一際目立つ場所に祭壇を設け、各々が聖人への供物を捧げる。供物の品は果物や花が多いが、宝石や絹の布、一年かけて制作した芸術作品などを捧げる者も少なくない。

 その後は、聖人へと歌を贈る。歌を贈る、というのはA1大陸のみで行われるプログラムであり、このプログラムは各大陸で異なっている。例えば、A4大陸では武芸大会が、A5大陸では火のついたランプを大陸中に飾り付け、一晩中大陸を火で灯すようだ。

 聖人様を祀る会は一か月後。

 一か月前になると、市場では祭壇の準備と屋台の準備が行われる。

 アルが市場に到着すると、市場はいつも以上に賑わっていた。


「あら、アルくん。ヒスイくん。おはようございます」


 声を掛けられ振り返ると、友人のムラサキが子供たちと花冠を編んでいた。話を聞くと、ムラサキと子供たちは巨大な花冠で市場を飾り付けるらしい。

 市場を見渡せば、物々交換はそこそこに、皆何かしらの飾りを作ったり、玩具を作っているようだ。


「聖人様を祀る会…ここ最近色々あってすっかり忘れてたぜ」

「そんなに色々あったのですか?」


 ムラサキの言葉に、アルは苦笑する。

 聖人に出会い、ヒスイとサンゴが殺され、しかし次の日には生き返っていて、巨大な鯨と出会い、聖人のホームに行き、キララと友人になる。

 瞼を閉じると、直近で起こった出来事が鮮明に脳裏を過る。

 アルの表情を見て何かを察したのか、ムラサキとヒスイは無言で顔を見合わせた。


「まあ、なにがあったのかは聞きませんけれど、アルくんは最近波乱万象だったようですね」

「はは、そうだな!」

「では、供物に関してもまだ用意していないのですか?」


 供物——、各々が聖人に捧げる物。

 アルは眉間に皺を寄せると、首を傾げながら唸った。

 これまでの聖人様を祀る会では、アルは美しい貝殻や、真珠を捧げていた。その理由は単純に綺麗だったから。しかし、実際に聖人と出会った今は、適当な理由で供物を選ぶことは憚られる。

 アルが頭を捻らせていると、ヒスイが思い出したように眉尻を下げた。


「供物と言えば、去年は大変だったよね。珍しいものを捧げたいと家を飛び出したタカラが、自宅の犬を20匹も連れて空を飛んで…挙句の果てに、高く飛び過ぎて失神した彼はホタルの家の田んぼに落ちて大怪我…命が無事だったからよかったものの、あんな事件二度とごめんだよ」


 ヒスイの呟きに、ムラサキは苦虫を嚙み潰したような顔をした。

 タカラは明るく元気で活発な青年だ。しかし、A1大陸では結構な変わり者である。

 アルはタカラ事件を思い出し、ムラサキと同様苦い表情を浮かべた。


「ヒスイは何を捧げるのか決めたのか?」

「うん。サンゴと共同で、一年かけてブルーデイジーを育てたんだ。その花を供物として捧げるつもりだよ」

「素敵ですね。花言葉的にも供物に相応しいお花だと思います」


 両手を合わせてムラサキは微笑む。

 花——確かに、供物として花を捧げる者は多いし、手ずから育てた花を贈るというのはヒスイとサンゴらしい。


「ムラサキは何を捧げるんだい?」

「私は刺繍絵です。海を刺繍した絵画を贈ります」

「へえ、素敵だね。ムラサキは手先が器用だから、きっと美しい仕上がりだろう。早く見てみたいよ」

「うふふ、ありがとうございます」


 照れたようにムラサキがはにかむ。

 アルはムラサキの言葉を聞いて、更に頭を捻らせた。

 皆が皆、心を込めて自分らしいものを用意している。

 聖人様を祀る会。聖人に感謝を伝えるために捧げるもの。アルらしく、アルの気持ちが込もったもの。

 考えれば考えるほど、アルは分からなくなってしまった。

 そんなアルを見つめて、ヒスイとムラサキは再度顔を見合わせる。そして、二人は同時にアルの肩を優しく叩いた。


「大丈夫だよ、アル。まだ一か月あるんだから」

「そうですよ。私とヒスイくん、それにサンゴくんとホタルくんも一緒に考えますからね」


 二人の言葉にアルは目を見開く。そして「おお、よろしく頼むぜ」と困ったように微笑んだ。

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