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 静寂な森に幼女が佇む。

 足首まで伸びる紅色の髪、繊細な刺繍が施された美しい着物、月明りに照らされた、幼子特有の丸みを帯びた頬。

 しかし、その右手には体躯にふさわしくない大きな太刀が握られていた。

 幼女が一歩踏み出せば、夜の空に星が駆ける。もう一歩踏み出せば、更に星が駆けた。


「べに様」


 月が雲に隠れた一瞬、幼女の真横に女が現れる。

 女は甲斐甲斐しく頭を垂れると、騎士の敬礼のように膝を折った。

 名を呼ばれた幼女は視線だけを女に向ける。女は更に深く頭を下げ、手にしていた刀を脇に置いた。


「守備はどうだ、蒼滴(あおしずく)


 女は顔を上げる。幼女に名を呼ばれて嬉しいのか、女は恍惚の表情を浮かべていた。


「べに様の予想通り、全滅です。しかし、殺されてはいない様子。念のため、もす様の指示で全ての人間を回収している途中です」

「ああ、一か所に集めていたほうが何かと便利だろうさ」


 幼女——べには、蒼滴から視線を外し背後を盗み見た。

 薄暗い森の奥から僅かに殺気が漏れ出ている。

 べには自らの頭に手を伸ばすと、結った髪の束に差していた短刀を鞘から抜いた。

 右手には太刀、左手には短刀。それらをしっかりと握り、べには大きく飛躍する。

 その瞬間、森の奥から黒く大きな昆虫が飛び出してきた。数メートルほどの蠍、蟻、蜂、蜘蛛、様々な昆虫が一斉にべにを襲う。しかし、彼女は空中で身体を回転させると、大きく刀を振りかぶってそれらを一閃した。

 切り捨てられた巨大な昆虫は宙を舞うように霧散する。

 べにはそれを見ると「また幻覚か」と呆れたように呟いた。


「蒼滴、敵についての情報は手に入ったか?」

「はい。メイクが担当地区に到着した際《愛猫》の聖人を見た、と」

「他には?」

「もす様とアリアも同様です。しかし《愛猫》が突然A4大陸の人間を襲うとは俄かには信じられません」

「私も同意だ」


 べには浅く頷く。

 すると再び、森の奥から何かが飛び出してきた。栗色の髪に、同色の瞳。可愛らしい顔立ちの少女だ。少女は瞳に涙を浮かべながら「助けて…!」とべにたちの前に姿を現した。


「お姉さんたち…!助けて!お父さんとお母さんが変な姿になっちゃったの…!怖いよ…!」


 大粒の涙を流しながら、少女はべにの元へ駆ける。

 べには少女に向けて悲痛そうな表情を浮かべると、大袈裟に両手を広げた。


「おお、可哀想に。私の胸の中においで」

「うぅ…お姉さん…!私、怖かっ——」


 言い終わる前に、べには短刀で少女の胸を突き刺した。少女の大きな瞳がべにを捉える。その瞳の中は、激しい憎悪が宿っていた。


「な、ぜ…」

「なぜ?この私をお姉さんだと言ったのはお前じゃないか。見目の話をするならば、私よりもお前のほうがお姉さんだろうに」


 皮肉気にべにが笑う。少女は鋭い眼差しでべにを睨むと、断末魔をあげながら霧散した。


「まあ、それ以前に人間とそうでないものの区別くらいつくがね。…うん?蒼滴、何を殺気立っている?」

「べに様に騙し討ちをしようとするなど万死に値します。千度殺しても殺したりません」

「おお、落ち着け。そうだ、頭を撫でてやろう。お前はよくやってくれているからな」

「あたま、を…?」


 蒼滴は目を見開いて訥々と復唱する。しかし、べにの言葉をしっかりと理解すると同時に、光の速さで彼女の前に跪いた。

 その頭をべにはゆっくりと撫でてやる。蒼滴はあまりの幸福に涙と涎を垂らした。


「え、うわ、何事?」


 若干引きつった声で、第三者が現れる。

 べには現れた第三者たちに視線を投げると「揃ったか」と笑みを浮かべた。


「メイク、アリア、もす。人間たちの回収は終わったか?」

「終わったよー。それよりも、この状況何なの?まーた、蒼滴の暴走?」


 問われた青年はひらりと片手を振る。蒼滴は鋭い瞳を青年に向けると「私がいつ暴走した?」と低い声を漏らした。


「メイク。一言余計だ。お前と蒼滴は放っておくとすぐにケンカになる。言い加減学べ」


 べにとほとんど背丈の変わらない幼児が仲裁に入る。名を呼ばれたメイクは唇を尖らせ、蒼滴は「申し訳ありません。もす様」と頭を下げた。


「話は明確に、そして簡潔に、だ。アリア」

「はい」


 続いて、名を呼ばれた少年が返事をする。目を覆った仮面が月明りで鈍く光った。


「突如このA4大陸を襲ったのは《愛猫》の聖人。これは間違いありません。しかし、動機が不明。更に《愛猫》の聖人だけでオレたちに敵対することは非常に浅ましい考え。おそらく《愛猫》の背後に別の聖人がいると考えられます」

「そうだな、同意だ」

「はい。そして、先日海愛から聞いた話によると《絶唱》の監視するA1大陸を《皇帝》の聖人が襲ったとか。これらを加味するに——」

「《愛猫》の背後には《皇帝》がいるー?」


 茶化すようにメイクが結論を口にする。アリアはそれに頷くと、べにからの言葉を待つように口を閉じた。

 べには静かに瞑目する。そして、暫くすると大きく頷いた。


「《愛猫》だけならば十分太刀打ちできるだろうが、背後に《皇帝》の連中がいるとなると、少しばかり厄介だ。ならばこちらも、同盟相手に助けを求めようではないか」


 幼女は不適に微笑む。

 女も青年も少年も幼児も、その場にいる全員が膝を折り、幼女同様不適に微笑んだ。


「べに様の仰せのままに」


 各々が幼女に頭を垂れる。

 月明りに照らされた彼らの身体には、剣の形をしたエンボスが光っていた。

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