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《絶唱》

 キララに招かれて、アルは幻想的な建物の中へ足を踏み入れた。

 ポニーの涎でべとつく身体を綺麗にするため、最初に通されたのは浴室だった。純白で大きな浴槽、湯の出る不思議な装置、植物で作られたテーブルとイス、壁面には花のような形をした明かりが幾つも設置されていた。

 恐々としながら身体を洗浄し、キララが用意してくれた衣服に袖を通す。絹のような柔らかい手触りにアルは益々委縮した。

 浴室から出ると、出迎えてくれたキララが建物の中を案内してくれた。その後ろをセノラが黙って着いてくる。

 建物の中は外と同様豪華絢爛だった。紺色と金色の絨毯は建物の床一面に敷き詰められ、天井にぶら下げられたランプは宝石のようにキラキラと輝いている。窓の半透明な絵は中から見るとより美しく、品種は分からないが綺麗な花が至るところに飾られていた。

 キララの説明を聞きながら歩いていると、階段を上がった先の、一際大きな扉の前にたどり着く。純白の扉が淡いマリンブルーに縁どられていた。

 キララはその扉のノブに手をかけると、声かけもノックもせずに扉を開く。

 中には人がいた。

 黒髪に赤い瞳。切れ長のその目は美しく、顔立ちは非常にハンサム。アルは隣に立つキララと、部屋のソファに腰掛けるその人物を見比べた。…似ている。違うのは髪の長さと服装だけだ。キララの髪は、襟足が肩よりも長く、段差のある狼の鬣のような形をしている。それに対して部屋の中の人物は腰まであるストレートヘアだ。服装も系統は似ているが所々が違っている。キララは小ぶりな装飾品をつけているが、部屋の中の人物はゴツゴツとした大きな装飾品をつけていた。


「あー?誰だよ、そいつ」


 ジロジロと見過ぎていたからだろうか。視線に気づいたその人物はアルをギロリと睨んだ。顔立ちはそっくりだが、いつも笑顔のキララとは全く違う。アルが言葉に詰まるとキララは笑ってその背を叩いた。


「それは後から説明する。それよりカノン、海愛しらねえ?どこにもいねえんだよな」

「…アリアに会いに行った」

「ああ、なるほど。んじゃ、海は?」

「知らないけど、海がずっと屋敷にいるほうが珍しいでしょ」


 キララの質問にカノンは気怠げに答える。気怠げ…というよりは、ほんの少し哀愁を感じる言い方だった。二つ目の質問にはセノラが答え、彼はそのままキララとアルをすり抜けて部屋へと入った。


「海愛と海がいねえのか。まあ、とりあえず羽空呼んでくるからここで待っててくれ」

「え⁉ちょ、キララ様⁉」


 アルの背を叩いたキララは片手をひらりと振って部屋を後にする。咄嗟に手を伸ばすも扉は小さな音をたてて閉じた。

 …気まずい。物凄く、気まずい。

 アルの首筋を冷や汗が流れる。なるべく気配を消そうと、ゆっくり、ゆっくりと壁伝いに部屋を移動する。しかし、そのアルの行動が気味悪かったのか、キララにそっくりな人物——カノンは顎で空いているソファを指し示した。


「座れ」

「ぅす…」


 威圧的なその言葉を受けて、アルは大人しく一人掛けのソファに腰を沈めた。

 ソファは羽毛のように柔らかく、蕩けるような肌触りだった。四つの目がアルを射抜いてさえいなれば純粋に感動できたかもしれないが、今この現象では無理な話だった。

 

「おい、セノラ」

「なに」


 縮こまるアルをそのままに、カノンはセノラに言葉を投げた。


「さっきすげえ音がしたけど何かあったのか?」

「この人間が入ってきた」

「はあ?どうやって?」

「鯨の口の中から出てきたよ。だから侵入者だと思って排除しようとしたんだけどキララに止められた」

「鯨の口ぃ?けど、ドームは壊れてねえよな?」

「うん。あの鯨…ドームをすり抜けたんだ」

「…!」


 カノンは目を見開く。この洋館の周囲を覆うドームは、聖人のみを迎え入れる結界の役目を果たしているのだ。対象は《絶唱》と《聖剣》に所属する聖人のみ。それ以外の聖人や海洋生物は結界に弾かれてしまう。

 カノンは眉間に皺を寄せると、軽く舌打ちをした。


「…その鯨ナニモンだ」

「詳細不明。でも、羽空が調べに行ってると思う」


 セノラは脳裏に羽空の姿を思い浮かべた。誰よりも《絶唱》のメンバーを愛してくれている彼のことだ。そんな彼が動かないはずがないだろう、と。



「お前ら、待たせたな」


 キララの声にアルは勢いよく顔を上げた。あれからどれほどの時間が経ったのだろう。左程時間は経過していないかも知れないが、委縮し縮こまっていたアルにとっては数時間ぶりの再会だった。

 キララの両手には盆がのっている。その盆には美しいカップと甘い匂いの——おそらく菓子類——がのっていた。大陸では見たことがない煌びやかな菓子で、純白の泡の上に赤い色の宝石がのっている。

 目が逸らせない。アルは瞳を輝かせながらそう思った。しかし、そんなアルの視線は呆気なく奪われる。キララの背後からやってきた美の化身によって。


「…ほんとにいる。一体何しに来たのか知らないけど、深海までゴクロウサマ」


 相変わらずの、美。

 雪のような銀髪に透き通った夜明けの空のような瞳。ゾッとするほどの美しさを持ったその少年はアルを見て嘲笑した。


「羽空様!」

「うるさい」

「すみません!」


 天使のような美少年だが、相変わらずどこか皮肉めいた口調。けれども、羽喰に会えてアルは嬉しかった。

 あの惨劇からアルはずっと羽空とキララを探していた。そして、会って礼を言いたかった。

 自分は彼らを知らなすぎる。それはこの世界全ての人間に言えることかもしれない。知らなくてもいいことなのかもしれない。それでもアルは彼らを知りたいと思った。聖人という存在を、知って理解したいと、そう思ったのだ。


「海愛と海がいないみたいだね。海愛はアリアに会いに行ってくるって言ってたけど、海はどこに行ったの?オレ、何も聞いてないんだけど」

「さあ?けど、海がふらふら出かけるなんていつものことだろ」

「まあ、そうだね」


 言いながら、羽空はアルの向かい側の一人用のソファに腰掛けた。たったそれだけのことなのにとてつもなく絵になる。キララは羽空が着席したことを確認すると、カップと菓子を各々に配り始めた。

 羽空とキララがいる時点でアルはここがどこなのか、なんとなく理解しかけていた。

 見たこともない建物、見たこともない調度品、それになにより、羽空とキララと対等に会話をする人物たち。ここはおそらく——、


「オレたちのホームだよ」

「…!」


 アルの思考が読めたのか羽空は足を組みながらそう言った。


「ここはオレたち《絶唱》の家。住処。アジト。まあ、呼び方はなんでもいいけど、オレたちはここに住んでる」

「…オレ、すげえ場違いっすよね、すんません…」

「そんなことねえって!オレはアルが来てくれて嬉しいぜ」

「キララ様…!」

「ボクは嬉しくない。…だって、その人のこと信用してないから」


 出された菓子を黙って咀嚼していたセノラがアルを睨む。

 アルは羽空との初対面の際、憎悪のこもった冷たい視線を向けられた。セノラもそうなのかもしれない。けれど、彼の瞳に宿る感情はそういったものではないように思う。もしも憎悪ではないのなら、彼が怒っている理由は自分への不義理なのでは、とアルは思った。それならば、とアルはその場にいる人物の顔を見回して頭を下げる。


「あの、オレの名前はアル・デッダーって言います!A1大陸に住んでて…とは言っても海の上に家建てて住んでるんで陸には住んでないんすけど…。家族はじいちゃんがひとりいます!オレは子供の頃じいちゃんに拾われたんで血は繋がってないんすけど、本当の家族みたいに仲良くて毎日楽しいっす!」


 一息で言いきって顔をあげる。名前も知らない人間が大切な家にいるだなんて、その家の住人からすると気分が良くないだろう。それに、オースが挨拶はとても大切なものだと言っていた。それなのに、この場所に来てから驚きの連続で挨拶をまともにしていなかった。


「大切な家に突然お邪魔してすみません!よろしくお願いしまっす!」


 もう一度深く頭を下げる。そんなアルを見て、キララは大きく笑った。


「ははははは!相変わらず、アルは突拍子がなくて先が読めねえな!でも、そうだな。アルはカノンとセノラとは初対面だし、自己紹介でもするか」

「はあ?めんどくせえな」

「まあまあ。そう言うなって」


 苦言を呈したカノンの背中をキララが軽く叩く。

 あの背中を叩く動作はキララなりの励ましや宥めるための行動なのだろうか、とアルは思った。

 カノンは至極面倒くさそうにアルを見る。そして、ぶっきらぼうに名だけを告げた。


「カノン・アーネット」

「カノン様!アーネットって…キララ様と同じ苗字ですよね?やっぱりご兄弟なんすか?それにしては似すぎてるような…」

「オレとカノンは双子なんだよ。カノンはオレの妹なんだ」

「えっ⁉」


 …妹…?

 アルはカノンの顔を見つめながら大きく目を見開いた。女性とは思えないほど、とてもハンサムな顔立ちである。確かに声は少し高音だが、口調もキララより荒く仕草も女性らしくは、ない。今だってソファに片足立てて座ってるし…。


「アル、どうした?」

「いえ、なんでも!」

「そうか?じゃあ、話を戻すけど…カノンはオレの双子の妹。そんでもって、羽空にも双子の妹がいるんだ。今ここにはいねえけど。名前は美鏡(みかがみ)海愛(のあ)


 海愛(のあ)…その名前は聞いたことがある。確かあの惨劇の日も羽空の口からその名前が出ていたような気がする。

 それにしても、羽空の双子の妹。キララとカノンがこれだけそっくりなのだから、海愛もきっと羽空と瓜二つなのだろう。


「あと、食喰(しょっく)(うみ)って聖人もいる。今ここにはいないけどな。あいつは大人しくできねえ質だから、普段からあんまり屋敷にはいねえんだ」

「え、っと…やっぱり、その、ここにいる皆さんって聖人様…なんすね」

「ああ。ここにいる全員と海愛と海。オレたちが《絶唱》の聖人だ」


 キララの言葉に、アルは何とも形容しがたい気持ちになった。

 聖人に会えて嬉しい、けれども恐れ多い、様々な気持ちが入り混じってアルは軽くパニック状態に陥った。


「おい、キララ。さも当然のように話してるけどよ、こいつ聖人について何も知らねえんじゃねえの」


 豪快に菓子を頬張るカノンは、アルの表情を見て顔をしかめる。

 キララはカノンの言葉を受けて「…ああ、そっか。確かに《絶唱》とか急に言われても分かんねえか」と納得したように頷いた。


「よし!んじゃ、まずは聖人の所属するチームについて軽く説明するか。羽空」

「いいんじゃない」


 羽空の同意を得たキララは軽く咳払いする。そして、口を開いた。

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