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 漆黒の闇に囲まれた城があった。

 古びたその城の壁はところどころ欠けている。開け放たれた窓からは視認できないドロリとした闇が零れているようだった。城の外壁もさながら、内部もボロボロだ。絨毯は引き裂かれ、絵画の額縁は一枚残らず割れている。花瓶の花は枯れ、照明は天から地に落ちていた。まさに廃墟と言わんばかりのその城だが、唯一暖炉だけは美しく保たれていた。欠けているところも、汚れさえもない。その暖炉の前に男がひとり立っている。その男はゆらゆらと揺らめく炎を眺めながらその整った顔を歪めた。


「殺せなかったのか」


 男の声は冷たく氷のようだ。もはや問ではないその問に、問われた男はシニカルに笑う。そして、軽く両手を広げながら溜息をついた。


「それはオレにされても困る質問ってやつだぜ?オレは確かに嬢ちゃんを傀儡にしたんだからよ。糾弾されるのはむしろお前じゃねえ?マリア」


 次に問われたのはツインテールの男だ。その男は左手を口元に添えて挑発するかのように微笑んだ。


「まあ、心外ですわ。わたくし、仕事はきっちりこなしましてよ?失敗したのは、そこの根暗なのでは?」


 マリアが視線を移したのは不気味な仮面をつけた男だ。男は仮面越しにマリアを睨むと、暖炉の前に佇む男の傍へ寄った。男は何も言わない。ただ、炎を眺めるだけだ。


「ヘルファイア」


 暖炉の前に立つ男が視線だけを仮面の男に向ける。その瞳には憎悪だけが宿っている。けれども、それは自分に向けられた憎悪ではないと、仮面の男は知っていた。


「オレの呪いは確実に対象を殺した。だが、死んでいない」

「まあ。言い訳ですの?死んでいないのに殺しただなんて」

「ディープ・シーの旦那、夢でも見たのかあ?」


 ツインテールの男と軽薄そうな男が笑う。しかし、ヘルファイアは一笑もせずに、ただ仮面の男を見た。それは数秒にも満たなかったが、ヘルファイアはそれだけでディープ・シーの言葉が真実か否か見抜いたようだ。


「お前たち、どこの大陸の人間を殺した?」

「A1大陸だぜ、旦那」

「あの大陸を管理している聖人は《絶唱》だったな。あのチームには美鏡羽空がいる」

「それって、聖人の中で最も強いって言われているあの男?」


 ヘルファイアの声に返事をしたのは、ダイヤ型のモノクルをつけた少年だった。ボロボロの置時計に座っているその少年は、自分の肩に乗る巨大な蜘蛛を撫でている。


「そうだ」

「美鏡羽空…、星の寵愛を受けている聖人であり、あの『次元のうさぎ』と対等に戦えると聞いたことがありますわ。けれど、彼は確かわたくしたち同様人間嫌いだったのではなくて?」

「オレも聞いたことがあるぜ。そんな奴が人間を助けるとは思えねえなあ」

「でも、死んだ人間を蘇生するなんて美鏡羽空じゃないと出来ないんじゃない?」

「どうする、ヘルファイア」


 問われた男は目を閉じる。しかし、問に思案している様子はない。ヘルファイアは暫くそうして目を閉じていたが、やがて大きく目を開くと炎の中へ自らの手を入れた。炎はやがてヘルファイアの手に移ったが、男はなんでもないように手を暖炉から戻す。そして、そっとその炎に頬擦りした。

 一見すると訳の分からない行動だが、この場にいる全員はその意味を分かっていた。

「カラビナ、次もお前に任せる」


「OK、旦那。とりあえずはA1大陸の人間を殺すのは後回しってことでいいかい?」

「ああ」


 ヘルファイアの端的な返事にカラビナは満足そうに笑う。そして、気がついた。この場において、一度も言葉を発していない人物がいることに。

 カラビナは相も変わらず軽薄そうに笑いながら、暖炉から一番離れた場所に佇む少女に視線を向ける。その少女は小さく微笑んでいた。けれども、それは上辺だけのものだと誰もが知っている。なぜなら少女はいかなる状況、いかなる場合においても貼りつけた笑顔を絶やすことがないのだから。


「ミーミルちゃん、何か言いたいことは?」

「なにも」


 その言葉には少しの熱も持たない。しかし、やはりその顔には笑顔が貼りついていた。


「じゃあ、ミーミルちゃん。次はどこの大陸の人間を殺すのがいいと思う?」

「僕に聞くのかい?それは君が考えるべきことだと思うけれど」

「勿論そうするさ。でも、仲間の意見を聞くのも大切だろ?」

「仲間、ね」


 ミーミルは笑顔を絶やさない。けれど、その声色は少しだけぴりついたものへと変わった。この場にいる誰もが、彼女の返答を待つ。その熱のない言の葉は一体何を紡ぐのだろう、と。期待から皆の目がミーミルを捉えたが、ただひとりヘルファイアだけは違った。


「カラビナ」


 言葉に滲む僅かな怒り。名前を呼ばれたカラビナは肩をすくめた。


「ミーミルに汚らわしい人間のことなど考えさせるな」

「…はいよ。悪かったな、ミーミルちゃん」


 ヘルファイアに叱咤されたカラビナは、上辺だけの謝罪をミーミルへ告げる。しかし、ミーミルはそれに返事はせず、ただヘルファイアの後ろ姿を見つめた。


「ディープ・シー、マリア、ジョーカー、お前たちもだ。ミーミルに穢れたものを見せるな、近づけるな、触れさせるな。これは絶対事項だ」

「ええ、我らがヘルファイア。それは当然のことですわ。カラビナのような性格が腐った男と一緒にしないでくださいな」

「ミーミルは守られるべき存在だ」

「全くその通りだね。カラビナは軽率過ぎていけない」

「お前ら、よく言うぜ」


 ヘルファイアに賛同する三人を見て、カラビナは呆れたような溜息をつく。先程、ミーミルがどんな返事をするのか気になっていたくせに、とカラビナは思った。


「さあ、お前たち。今日もまた誓いを捧げよう」


 ヘルファイアは腕に炎を纏わせながら、ゆっくりと暖炉に背を向けた。それを合図にこの場にいる全員が立ち上がり、心臓の位置に手を添える。ただし、ミーミルだけは何もせず、その光景を他人事のように眺めていた。


「我らの心は聖女のために。我らの身は聖女のために。我らの全ては聖女のために。最上の愛と最大の正義をもって、悪しき人間共に断罪を」


 その言葉に追従するように《皇帝》の聖人たちは「断罪を」と繰り返す。暖炉の炎はそれを祝福するように勢いよく燃えあがった。

 その光景を、やはり他人事のようにミーミルは見る。彼女だけが今この場において異質で異常だった。


「ミーミル。いつもの部屋で休んでいろ」

「わかったよ」

「そして、忘れるな。何があろうともお前が《皇帝》の一員であるということを」

「…忘れていないさ、お父様」


 ヘルファイアの言葉は熱だ。その言葉の節々からあらゆる感情が滲み出ている。愛も恋も憎しみも悲しみも恨みも何もかも。それら全てが熱のないミーミルにはひどく重かった。

 ミーミルは笑顔のまま部屋を後にする。背中にいくつもの視線を感じたが別段気には障らない。それよりも、自らの左目の下にある《皇帝》のエンボスのほうが何倍も気に入らない、とミーミルは思った。

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