時空を越えて 2.6 花嫁のきまぐれ
旦那に嫁入りしたくしてもらえないなんて。全部親戚のおじさんの財布って、なんだか花嫁としてはさみしーと思うんだけど、権力者は気にしないのでこーなるんですよね。はい。また甘々です。ましですが。ずずいっとどうぞ。
「未沙。ウェディングドレスのパンフレットだ」
どさっと未沙の目の前の机にクリストファーが置く。
「これ、全部?」
未沙は目を丸くしている。その表情が可愛くてクリストファーは抱きしめそうになる。
色ボケし過ぎているな。私も。
「自由に選ぶと良い。金はマイクロフト持ちらしいから。私は邪魔にならないよう、シャーロックとジョンとビリヤードでも行くよ」
色ボケをしている自分を抑えてクリストファーは出て行こうとする。
「待って」
出て行きかけたクリストファーの袖をむんず、と未沙はつかむ。
「未沙?」
「これ、全部、私だけが見るの?」
未沙の目がまっすぐクリストファーを見る。懇願するような目というよりは、据わっている目だ。不満なのだ。手伝え、と言うことだ。
「私が見ても変わりはないと思うけどね」
そう言って隣のソファに座る。
「こんな量から選ぶなんて難しすぎるわ。あら、これ誰かから回してもらったの?」
ところどころページが折られている。全部、露出度が高いドレスだ。
「マイクロフトが持ってきた。おそらくベスが選んだんだろうね。マイクロフトが散々困らされた、とぼやいてた」
「ベスならやりかねないわね」
ふーん、とドレスを見て行く。
「君はこれはダメだよ!」
ページがおられたドレスを見ている未沙からパンフレットを取り上げる。
「わかってるわよ。ベスみたいにスタイル抜群じゃないもの」
「それ、アミィの前で言わない方がいい。落ち込むから」
どうして、と言いかけて自分を見る。自分はアミィのクローンだ。性格は違えど。体型は一緒と思っていても不思議はない。アミィがどこどこ穴を掘っていじけるのが目に見える。
「そうね。言わない方がいいわ。アミィはドレス着てないんですって?」
どこからか聞いた話を未沙は言う。
「らしいね。白いワンピースだったと本人は嬉しそうに言っていたよ」
「嬉しそうって……。アミィは本当に繊細なのね。私みたいに図太くなれば良いのに」
美沙が言うとクリストファーはうなる。
「あれでも随分変わったらしいよ。昔はもっとデリケートな性格だったらしい。ジュニアを産んで図太くなった、とシャーロックがぼやいていた」
「あれ、で?」
「あれ、で」
クリストファーが断言する。
「アミィはもっと強欲になって良い程よ。大人しすぎるわ」
「まぁ、家の外と中で違うんだろう。そういえば、君が誘拐されたときもシャーロックにビシッと指を立てて主張してたな。おいていくのはどういうことよ、と。私の妹よ、ってね。シャーロックがあの可愛いアミィがいない、と嘆いているよ」
まぁ、と未沙が言う。
「そうなの。でも、シャーロックもようやく、ノロケるようになったのね。厳しすぎてアミィが参るかも、って心配してたのよ」
「それが、家の中では形勢逆転のようだ。私達もそうなるのかね」
「かね、って年寄りじみた言い方しないで。今度の新郎よ。マイクロフトより二重も三重も若いんだから」
未沙、とクリストファーは名を呼ぶ。
「それを本人の前で言わなように。隠れて気にしてるようだから」
「って」
二人は一斉にパンフレットの山を崩す。がさごそ、とひっくり返す。
「盗聴器でもあるかと思ったわ」
「私もだ」
「気が合うわね」
「だから結婚するんだろう?」
「それもそうね。じゃ、続き手伝って」
「いいとも」
二人はウェディングドレス選びに夢中になった。
「遅いな。クリス」
「未沙に捕まったんだろう。あんな量のパンフレット見れば未沙だって引き留めるさ」
クリストファーと従兄弟のジョン・ワトソンとシャーロックが言い合う。
「じゃ、マイクロフトを呼び出すか」
兄を兄とも思っていないシャーロックがデバイスを取り出す。
『シャーロック! ビリヤードしている場合ではない! これを見たまえ』
マイクロフトが画面越しに露出度の高いウェディングドレスを掲げる。
『ちょっと。マイクロフト! 私のドレスよ!』
エリザベスが割り入る。
「やらかしたな」
「な」
デバイスを切って顔を見合わす。
「アミィは白いワンピースだったな」
ワトソンが思い出す。
「ドレスを作ってもう一度挙げないのか?」
「本人あれで十分だと言い張るんだ。最近、精神が不安定でね。もしかして、とは思ってるんだが」
可能性を示唆したシャーロックにワトソンがたたみかける様に言う。
「なおさら、家にいないと行けないじゃないか!」
「アミィが今日は、滅多にない夫君の集まりだから絶対行けと、追い出したんだ」
「追い出す……。あの、アミィが……。強くなったもんだ」
「これで事件に首を突っ込むようになれば私の心臓は凍るよ」
「ともかく、クリスもマイクロフトも来られない。夫君の集まりではないから、君は帰った方がいい。精神が不安定ならなおさら……」
親友のワトソンにお墨付きをもらってやっとシャーロックが苦笑いする。
「次は私がおごるよ。察しの良い親友は貴重だ」
「はいはい。シャーロックは家で家族団らんだよ」
ワトソンに背中を押されてシャーロックは息子と愛妻と息子の元に帰って行く。
「私もメアリーの所を帰って労をねぎらおう」
いつも、半歩も一歩も後ろで待っていてくれる妻へ思いをはせ、ワトソンも帰っていった。
一方、クリストファーと未沙である。夕方になってもパンフレットの半分も見られていなかった。
「半分、アミィにあげようかしら。白いワンピースだけって可哀想よ」
「そうだねぇ。女性の憧れのドレスというのは変わらないからね。今から急襲しようか」
「今から?」
「そう。今から」
「夕食時よ」
「ジュニアの幼児食を手伝えるチャンスじゃないか」
「って、結局目的、そこなのね」
う。
クリストファーは固まる。流石、イギリスの一、二を争う小児科医だ。
「いいわよ。私もアミィの料理手伝って日本食を覚えたいから」
「じゃぁ、行こう!」
クリストファーが未沙の手を持って立ち上がる。
「パンフレット忘れてるわよ。はい」
どさっと渡される。
「半分でもかなり重いな。アミィは大丈夫だろうか」
「持つわけじゃないんだから大丈夫よ」
「そうか。それじゃぁ、行こう」
「ええ。ちょっと待って。ノートを持って行くわ。私達、三人のおそろいのノートなの。この前、アミィがプレゼントしてくれたのよ」
「日本人らしいね」
「私もよ」
少し頬を膨らませる未沙の頬にクリストファーはキスをする。
「そこ?」
「アミィの家に行けなくなる」
言外に含んだ意味に気づいて未沙が真っ赤になる。
「帰れば存分にさせてあげるよ」
さらに未沙の顔は耳まで真っ赤にすると、分厚いパンフレットを一冊持ってクリストファーの頭に振り落とそうとうとした。上手くクリストファーは避ける。
「知らない!」
殴りかけたパンフレットをクリストファーの手に思いっきり投げるようにして置くと、未沙は玄関を目指して走る。
「み、未沙~」
情けない声をあげて、クリストファーは重いパンフレットを抱えて後を追いかける。
未沙は外へ出ると追いかけてくる新夫を待つ。
「ま、待て。運転手置いてくなー」
「待ってるわよ」
待ち受けていた未沙は出てきたクリストファーにキスをしかける。両手が塞がったクリストファーは新妻の気まぐれに付き合わされるだけだ。どうやら、奥様は欲求不満らしい。挙式の前に娘か息子ができそうだ。
どこの家庭もアミィを長女とする橘気の妻は気が強い。
アミィの強さはエリザベスも未沙もまだ見ていないが、シャーロックの言動からすると相当の猫かぶりのよう。いつか、シャーロックが言い負かされているところを見てみたいものだ。
夫は三者三様、おろおろするばかり。ワトソンを加えれば四者だ。
一大イベントに振り回される夫君達であった。
はい、未来ってパンフレットあるんでしょうか。未来なのに現代目線で書いてしまう。空飛ぶ車が出来る今なのに車は道路を走っている。未来のビジョンがなさすぎる。でも、未来ものです。
次でミサは終わりかな?ここまで読んでくださってありがとうございました。