第三十湯 新たなる旅へ(後編)
そんな中で十一月二十六日、ユーナの誕生日パーティーが開催された。
家族・使用人に加え、招待された地元の名士たちが、領主屋敷に集う。
「ユーナ令嬢の誕生日と聞いて、馳せ参じた」
「招待状はお持ちで?」
受付を手伝っていたライアンが、客に尋ねた。
「ない」
「……ない方は、今日は入れないんっすよ。お祝いの気持ちはお伝えしますんで、どうかお引き取りを――」
「き、貴様! 僕を誰だと思っている!」
受付で中に入れろと大騒ぎしている少年がいると聞いて、ユーナは自ら玄関先に駆けつけた。そこには、ユート王子がいた。
「は? ユート殿下?」
「やあ、ユーニィ」
「その呼び方やめて下さい」
「彼が、中に入れてくれないんだ。君からも叱ってくれ」
ユート王子は、ライアンを指差して駄々をこねる。
「警護の者が、招待状ない人を入れないのは当たり前でしょう。叱るどころか、むしろ表彰ものです」
「狩猟のついでに、祝いに来ただけなんだ」
「ついでなら、別に入れなくていいでしょ。うちは軍人の家。出入りは厳重にしてますから」
「せっかく来たのに……」
「……仕方ないですね。招待状は、今ここで私が書きましょう。護衛の方も、二名まで入っていいですよ。ご臨席をわざわざ賜り、恐れ入ります」
こうして、ユート王子もお忍びで参加することになり、領主屋敷は、より一層、華やかな雰囲気に包まれた。
パーティー会場では、ヴァン・ダイノンとユート王子が妙な対抗意識を燃やしていた。
「ユーナお嬢様、私からの贈り物はこちらです」
ヴァン・ダイノンが差し出したのは、美しい銀の細工が施されたヘアブラシだった。
「まあ、素敵ね。風呂上がりに使わせてもらうわ。ありがとう、ヴァン」
ユーナが微笑むと、その横でユート王子が不敵に笑った。
「フッ、そんな安物では驚かないでほしいな、ユーニィ。僕からの贈り物は、王宮の庭園で育てた最高級のバラの詰め合わせ、バラ風呂セットだ」
「王子殿下、貴婦人への贈り物を値段で競い合うのは品がありませんよ」
「何を言う、これは僕の真心からの誕生日プレゼントだ」
ユート王子とヴァン・ダイノンの間に不穏な空気が流れるが、ユーナはあえて軽く笑い飛ばした。
「まあまあ、どちらも素敵な贈り物ね。ありがとう、二人とも」
余興では、温泉卓球が行われた。
以前、「炎の泉」では、ラケットが無く、剣術用グローブを手にはめて球を打ち合った。
しかし今回は木を削ってちゃんとラケットを作り、テーブルに貼るネットも用意して、本格的な前世の卓球に一歩近づいたものとなった。
そして、お互いに妙な対抗心を燃やしているユート王子と騎士ヴァン・ダイノンの直接対決も、この温泉卓球で実現した。
「ユーナお嬢様は、騎士への憧れを持つお方です。つまり、強い者がお好きでいらっしゃるということ。残念ながら殿下は、ここで私と差がつくことになりますな」
「何をバカな。王都にも、似たようなスポーツはある。王家伝来の必殺技を見せてやろう」
「殿下がおっしゃるのは、庭球でしょう? 同じ技が卓球で通用すると思ったら、大間違いですよ」
こうして、男と男の、名誉をかけた一戦が始まった。
「ふっ、甘いぞ田舎騎士……くらえ、ロイヤルスマッシュ!」
高く浮き上がったチャンスボールを捉えて、ユート王子は渾身の強打を繰り出す。しかし、ボールに手が届かず、空振りであえなく失点した。
「ドラゴンサーブ!」
ヴァン・ダイノンは、ボールを思いきり強くテーブルに叩きつける必殺サーブを披露した。バウンドした球は高く高く跳ね上がり……天井に当たって、ヴァンの失点となった。
「えーっと……まず二人とも、ラリーを長く続けることを、意識してみよっか!」
審判席に座っていたユーナがアドバイスする。ヴァン・ダイノンもユート王子もユーナに言われた途端、慎重に慎重を期して、ラリーを重ねるようになった。
両者、汗だく。ラリーは既に、百往復を超えた。
(どっちもアホだわ……でも、ちょっと楽しい)
ユーナは笑顔で、ラリーの応酬を見つめていた。
「はぁっ、はぁっ……このラリーに、騎士人生を賭ける!」
「ユーニィが見てるのに、僕のミスでラリーを終わらせるものか! たとえ、この腕が折れてもだ!」
「全くもう……じゃあ最後のポイントは、私が取るね!」
ユーナはラケットを持って立ち上がり、二人の間に乱入した。
バシュッ!
ユーナの見事なスマッシュで、ラリーは強制終了となった。
「温泉卓球はね、勝ち負けじゃないの。思いやりが大切よ。次の人が待ってるから、そろそろ順番代わってあげて」
「「はーい……」」
どっちがユーナの注目を引くかで熱い火花を散らしていたユート王子とヴァン・ダイノンの温泉卓球対決は、こうして幕を閉じた。
パーティーが終わりに近づく。ユート王子はしばらく目を伏せて沈黙していたが、帰り際、ユーナの前に来てポツリと言った。
「……僕は、君がこの世界に来た理由を、まだ理解できていない」
ユーナは耳を傾けた。
「君は、この世界に存在してはいけない人間なんだ。その考えは、まだ変わってない」
ユートの声には、強い迷いがにじんでいた。
ユーナは微笑みながら答えた。
「王子殿下、私はこの世界でやるべきことを見つけたんです。だから、私はここで生きていきますよ」
彼女の言葉に、ユートは肩を落としながら言った。
「……君の思いは、分かった。僕はもう少しだけ、この世界で生きる君を見守ろう……」
そう言い遺し、王子は涙をこらえながら男爵領を後にしていった。
家族は一ヶ月ほど滞在し、再び王都へ戻ることになった。見送りの際、エリザベスはユーナに小声で質問する。
「あの、お姉様……アマニ油って、何ですの?」
「えっ……? ああ、石鹸レシピのこと? 馬小屋で、餌に亜麻の種を混ぜてるのよ。それがアマニ。種を絞ったら、油が取れるの。フワンさんに聞いてみて」
滞在中、エリザベスを風呂に誘うチャンスは、とうとうなかった。だが、彼女は彼女なりに、石鹸の自作に取り組もうとしているようだ。ユーナは、自分が撒いた種がいよいよ芽吹こうとしていることを知り、内心嬉しくなった。
しかし、そんな二人を、クレア夫人は複雑な表情で見ていた。ひときわ大きく、フンッ、と鼻で笑う彼女の声が響く。
ユーナとエリザベスがビクッとして見ると、クレア夫人は二人に背を向け、スタスタと馬車へ歩いていくところだった。
一瞬立ち止まり、チラリと後ろを見ながら、彼女はわずかに口を開く。
「ではユーナさん、ごきげんよう。乗るわよエリザベス」
一方、ケーン男爵は、少しぎこちない手つきで、ユーナの肩を叩いた。
「後は、お前の好きなようにやんなさい。元気で、がんばれよ」
それだけ言うと、馬車に乗り込んでいった。
ユーナは苦笑しながら、その背中を見送る。
銭湯経営は、軌道に乗った。ユート王子と休戦して、身を隠す必要もなくなった。父の言葉は、ユーナがついに自由の身になったことを、端的に示すものだった。
「それじゃ、次はどの温泉を目指そうかな?」
ユーナは、いよいよ次の冒険に踏み出す決意を表明する。ヴァン・ダイノンが、肩をすくめた。
「また、危険な旅になりそうですね?」
「まあ、冒険はスリルがなくっちゃね」
ライアンが笑い、潮音も微笑む。
「あたし、次の泉の場所について、心当たりがあるんだけど――」
熨桜の情報提供に、全員が耳を傾ける。
こうしてユーナたちは、残り7つの温泉を目指す新たな旅立ちへと動き出した。
彼女の湯けむり革命は、まだ始まったばかりだった。
第一部 完
第二部へつづく
第一部あとがき 〜上がり湯をどうぞ〜
お読みいただき、ありがとうございました!
湯けむり途絶えた異世界で、
お風呂を求めて走るユーナの大冒険――
秘湯を求めて竜に乗り、
温泉卓球と温泉たまごに命を賭け、
ついには辺境に銭湯国家を築き始めました。
なんだこの話。お風呂で遊ぶんじゃない。
読者の皆さまにおかれましては、
「なんか温泉行きたくなった」
「卓球やりてぇ」
……などと感じていただけたら、幸いです。
いったん完結設定いたしますが、
実在の温泉地も取材しながら、
続編をゆるっと執筆中です。
書き溜め次第、
またどこかの湯けむりの彼方からお届けします。
執筆の励みになりますので、
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~今後の見どころまとめ湯~
・出番を待ってる泉女が7人!
(③森の泉、④鉄の泉、⑤酸の泉、⑥大地の泉、⑦四季の泉、⑧成長の泉、⑨星の泉)
・エリザベスの石鹸作りはどうなる?
・クレア夫人の行く末は?
・ユート王子の正体は? 結局何がしたいのあの人?
・ヴァン・ダイノンとユート王子の再戦はある?
・行方不明のサルヴェイ伯爵、まだ湯あたり中?
・魔族の生き残りたち、湯加減はいかが?
果たして次なる秘湯とは?
お風呂の温かさと、笑顔と、ちょっぴりの感動をお届けする物語は――
多くの謎を残しつつ、第二部へ続く。
ではでは、また次の温泉でお会いしましょう!




