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第二十六湯 故郷の村へ(前編)

 魔法の硫黄泉「炎の泉」にて、火炎竜こと熨桜(イオ)の封印を解き、ユーナは新たに火の魔法を習得した。


 和解した二人の泉女、潮音(シオン)と熨桜は、古代文明崩壊当時に対立した過去を清算し、互いをいたわる仲間となった。


 硫黄泉の泉女館でひとときの安息を楽しんだのも束の間、ユーナたちは再び動き出す。


「さあ、次はパルド村へ行って、ライアンと合流だね。伯爵や傭兵隊がまた襲ってくるかもしれないけど……」


 朝風呂を終えたユーナが、晴れ渡る火山地帯の空を仰ぎながら言うと、潮音がうなづいた。

 

「そうですね。でも、塩と水、そして炎の魔法を得た今のユーナ様なら、伯爵の追っ手と互角以上にやり合えるはず。まずはライアン様と合流して、安全を確保しましょう」


「よし、だったら空から下山しよう! ライアンを待たせてるパルド村までは地形が険しいけど、空からなら五分で着けるよ。潮音ちゃん、熨桜ちゃん、お願い」


「分かりました」


「任せろ! って……あたし、飛べるんだっけ?」


 潮音は水竜に、熨桜は火炎竜にそれぞれ変身する。しかし、火山地帯の地下に長らく封印されていた熨桜は、まだ自身の飛行能力について、感覚的にピンと来ていないようだった。


「でも、ちゃんと翼があるよ。潮音ちゃんが水竜形態で飛べるんだから、熨桜ちゃんだって、火炎竜形態で空に上がれるはずだよ!」


 ユーナはワクワクしながら、火炎竜の背に乗る。


「ヴァンと二人で、潮音ちゃんに乗せてもらおうかなとも思ったんだけど……私は熨桜ちゃんに乗ってみるよ。火炎竜騎士ってのも、カッコいいかも」


「どちらに乗るにしても、私は高いところは苦手ですが……」


 ヴァン・ダイノンはまだ多少の戸惑いを見せながらも、青い鱗を身にまとう水竜へと乗り込むする。こうして二人は竜に騎乗する形で空に飛び立った。


 二頭の竜がバサリと翼を広げ、ゴウッという風を巻き上げながら、火山の稜線を舞い上がる。


「うわぁ……キャー! すごいすごい、うおおおおっ!」


 ユーナは完全にアトラクション気分で奇声を上げながら、熨桜の背中にしがみついた。熨桜はまだ飛行に手探り感があるようで、時折ぐらつき、揺れながら飛んでいく。


 眼下には火山のクレーターや溶岩の流れた跡が広がり、遠くには緑の大地が見えた。上空へ昇るに従って、空気が冷えていく。水竜の飛行には安定感があったが、ヴァン・ダイノンは高さと寒さで青ざめ、生きた心地がしなかった。

 

 だが、確かに竜騎士飛行での空の旅は、地上で火山を踏破するよりも、遥かに速く、安全だった。二頭の竜はあっという間に山脈を抜け、パルドの村を上空から見下ろした。


 変身時間の限界が近づいた。村から少し外れた野原に、一台の馬車が停まっているのが見える。


「ライアンかも? あそこに降りよう!」


 ユーナの指示で、火炎竜と水竜は、馬車の前に着陸した。ちょうどライアンが、馬たちに餌をやっていた。


「ライアン、お待たせー!」


 ユーナは水竜の背から降り、ライアンに手を振った。ライアンは驚いて、目を丸くする。


「お嬢様、今、竜に乗ってた⁉ ヴァンさんも……すげえ……!」


 水竜と火炎竜が変身を解除した。ヴァン・ダイノンが、熨桜とライアンを引き合わせる。


「ライアン、こちらは『炎の泉』の泉女、熨桜だ。熨桜、彼は御者のライアン。ここからは、彼の馬車に乗って移動することになる」


 火炎竜から泉女の姿に戻った熨桜が、顔を赤らめながらライアンに挨拶した。

  

「は……はじめまして。あたしは、熨桜だ」


 ライアンは帽子を取って、明るく返事する。


「よろしくお願いしまっす! なんか、次から次へとすごい人が増えて……俺も頑張んないとなあ」


「期待してますよ、ライアン様。ユーナ様とヴァン様は、すっかり竜騎士が板に付きました。でも、馬の扱いはライアン様が一番ですから」

 

 合流を喜び合う一行だったが、ライアンの顔は険しかった。サルヴェイ伯爵の傭兵隊は大半がリンドベルに戻ったが、賞金目当ての一部の残党が、ユーナたちをまだ探しているらしい。


「パルド村の宿屋でも、誰かに見張られてるような気配を感じたんです。それで宿屋を引き払って、一昨日からここで野宿してました」


「なるほど……となると、お嬢様、ここから男爵領まで馬車で行くのも、危険が伴うようです」


 ヴァン・ダイノンがユーナに助言した。


「でも、潮音も熨桜も、ここまで来るのに変身時間の五分間をほとんど使っちゃったよ。次に飛べるのは明日。それまでに傭兵に見つかったら大変じゃない?」


 ユーナはライアンの腕を信じて、陸路で強行突破しようと主張した。ライアンも胸を張って、ユーナの信頼に応える。


「お任せください。この秘密兵器ライアンが、馬車で一気に男爵領まで駆け抜けてみせますよ」


 こうしてユーナたちは馬車に再び乗り込み、男爵領に向けて出発した。警戒のため、ヴァン・ダイノンは馬車の後方に立ち乗りする。


 野原から街道に出ると、案の定、傭兵たちが乗り込んだ荷馬車の一団に見つかった。ライアンが手綱をしならせ、馬を走らせる。


「逃がすな!」

 

「賞金首だ!」


 傭兵たちの馬車も、スピードを上げながら追いかけてくる。


「下がれ!」


 ヴァン・ダイノンが剣を抜き、大声を上げて車上から警告したが、傭兵たちは聞く耳を持たず、弓矢を放ってきた。雨あられの矢は馬車の左右へ落ちるばかりだったが、あわや馬の脚をかすめる一射もあった。


「このままじゃ危ない……潮音ちゃん、熨桜ちゃん、力を貸して!」


 ユーナが叫ぶ。馬車の窓から顔を出して、潮音が放水し、追っ手の馬を威嚇した。熨桜は、手のひらの上に火の玉を生成する。


「オラァッ、燃え散れ!」


 火の玉を次々と投げつけられて、傭兵たちの馬はひるみ、徐々に速度を落とし始めた。だが、まだしつこく食らいついてくる。


 ライアンは必死に手綱を操って、街道を駆け抜け、カーブを巧みに曲がる。文字どおり、馬車カーチェイスが繰り広げられた。


「ちくしょう、逃がすかよ!」

「三人も魔法使いがいるなんて聞いてねえぞ……!」


 背後から罵声が飛ぶ。ユーナは水と火の魔法で熱湯を生成して地面に撒き散らし、大量の湯気を煙幕にして、追っ手の馬車の視界を遮った。


「あと少しで男爵領の境界だから、頑張って……!」


 ライアンを励ますユーナ。ヴァン・ダイノンは車上から水竜の弓を構え、「氷の矢」を放って反撃した。距離があるため命中はしなかったが、ユーナが撒いた路面の湯が一瞬にして凍り、傭兵たちの馬車のうち一台がスリップして横転した。


 左右を森に挟まれた街道を抜けた先に、ユトリノ男爵領の城壁が見え始めた。城壁の門は、固く閉ざされている。ヴァン・ダイノンは馬車の上に、男爵家の旗を高々と掲揚した。


 城壁の守備隊は、男爵家の旗を掲げた馬車が疾走してくるのを見て、すぐさま門を開いた。


「ユーナお嬢様のご帰還だ、門を開けろ!」 


 ユーナたちの馬車が、すばやく門を駆け抜ける。傭兵隊の馬車も、後を追って突っ込もうとした。


 その瞬間、城壁の守備隊が門から飛び出してきて、槍を構えた。弓を構えた兵士たちも、城壁の上から傭兵たちに狙いを定める。

 

 守備隊の隊長が、鋭い声を張り上げた。


「ここから先は、ユトリノ男爵家の領地である! 無断で侵入は許さん! われらと、(いくさ)を構える気か?」

湯鳥野柚菜「次回、男爵領でユーナたちはどうなる……?

ブックマーク&評価よろしくね。ではでは、またねー!」

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