表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/60

第一湯 ゆなってユーナ⁉(後編)

 強烈な吐き気と目まいを感じて、ユーナは中庭の一角へうずくまった。

 

(馬車の中で見た夢。あれはやっぱり、私の前世だ……)

 

 ユーナの直感は、いよいよ確信へと変わっていった。

 

 この世界には、「お風呂」がない……


(異臭に満ちた王宮で、パーティーなんかに出てる場合じゃない……)

 

 モクモクと立ちのぼる白い湯気の幻を、再びユーナは見た。湯気の向こうに、動画配信者・湯鳥野柚菜が、「湯めぐり温泉手形」と日本語で描かれた板を、ドヤ顔で掲げる姿が見える。


(……ああ、私これ知ってる。この巨大な将棋の駒みたいな板は、下呂温泉の「湯めぐり温泉手形」だ……下呂の入浴施設を、お得な値段で3か所回れるクーポンだ……)


 ユーナは、即座に思い出した。

 

 前世で積み上げた、お風呂にまつわる莫大なオタク知識と思い出が、ユーナの脳内へ一気に流れ込んできていた。


(そうだ。私はこの世界に来る前は、三度の飯よりもお風呂が大好きな、温泉マニアだったんだ……)


 まだ見ぬ秘湯を探し求めるうちに、ひょっこり異世界に迷い込んだ。そして気が付いたら、男爵令嬢ユーナ・ユトリノになっていた。

 

 でも、この異世界には、お風呂が存在しない。人々に、入浴の習慣がない。だから、こんなに臭いのだ。

 

(今すぐ、家に帰ろう……自分で浴槽を作ってでも、お風呂には、毎日入らなくっちゃ!)

 

 ユーナが立ち上がろうとした瞬間、彼女の背後から、若い男性の声が響いてきた。

 

「気分が……悪いの?」


 振り向いたユーナの視線の先に、華奢(きゃしゃ)で小柄な人影が映った。

 

 ヴァン・ダイノンではない。

 むしろ、少年と言って良いくらい幼い。

 

「バラ……?」


 ユーナは、思わず声に出してつぶやいた。その男性からは、なぜか全く悪臭が漂ってきておらず、ただ、バラの花の自然な香りだけを身にまとっていたからである。


 体臭も、強すぎる香水のアルコール臭もしなかったので、ユーナは警戒心を少し緩め、彼の質問に答えた。


「えっと……少し休めば、大丈夫です」

 

「そうか。こういうパーティーは、苦手かい? 僕も、人混みが嫌いなんだよね」

 

 そう言いながら、黄金色の髪をかき上げる少年の整った顔立ちには、優しい微笑が浮かんでいた。ユーナは少し顔を赤らめながら、照れ笑いを返した。


 その時、一陣の突風が中庭を吹き抜けた。まるで獣のような臭いが、風に乗ってユーナの鼻先をくすぐった。


「あれ? 何、この臭い……」


 ユーナは考えた。あの男の子は、とてもいい匂いがするのに……この悪臭は、一体誰の臭いだろう?


(あっ、そうか……これは風で吹き上げられた、私自身の体・臭……)


 あまりの臭さにユーナの胃液は激しく逆流し、思わず口からゲロを吐いてしまった。


 ユーナの吐いたものは、少年の靴にビシャリとかかった。靴には金の糸で刺しゅうされた、王家の紋章が輝いている。

 

「うわっ、何をするんだ!」

 

 彼の怒声を受けて、ユーナはハッと顔を上げた。刺すような鋭い目つきでユーナを睨んでいるのは、今夜のパーティーの主役、ユート王子だった。子供かと思いきや、まさかの年上……いや、今そんなことを気にしている場合ではない。

 

「あっ、あっ……!ごめん……ごめんあそばせ!」


 王子様の靴を汚してパニックとなったユーナは、無我夢中で謝りながら、ダッシュで逃げ出した。


 スカートの(すそ)を両手で持ち上げながら王宮を走り去って行くユーナの後ろ姿を、ユートは目で負う。


「……ずいぶんと、めちゃくちゃなことをやってくれたな? だが……もしかしたらあの女は、何か気づいているのかも……?」

 

 ユート王子は興味深げに、そうつぶやいた。

湯鳥野柚菜「次回、異世界はお風呂文化がない世界!

ブックマーク&評価よろしくね。ではでは、またねー!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ