表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/60

第九湯 地獄の釜が開きました(後編)

 この日のため、既にフワン爺さんに頼んで、樽の底には鉄板を取り付けてある。


蹄鉄(ていてつ)打ちの要領で、こうやって(びょう)を打っておけば、そうたやすく水漏れはせんでしょう」

 

 レンガも集めてある。昔、屋敷を修繕した時に余ったまま、庭の片隅に放置されていたのを見つけたのだ。

 

 豆や穀物を入れるのに使う亜麻袋も、屋敷にたくさんあった。ユーナは亜麻袋をはさみで切って、湯あみ着を作ってみた。

 

「湯あみ着があれば、裸にならなくてもみんなで入浴できるもんね」


 シャツは頭と両腕を出す所に穴を開け、ズボンは足を出す所に穴を開けただけの亜麻袋。ずり落ちないように、ズボンはわらのロープで縛る。

 縫製もロクにしておらず、学芸会衣装みたいな簡素な代物だったが、今回のユーナの計画には必要不可欠だった。


 日が暮れて、男爵夫妻とエリザベスは、従者役のヴァン・ダイノンと侍女エリナを伴い、馬車で夜会に出かけていった。

 

 ヴァン・ダイノンは、一人で留守番させられるユーナの方を何度もチラチラ見て、心配している様子だった。全然気にしてないから、早く行ってくれ。そう思いながら、ユーナは使用人たちと一緒に、笑顔で馬車を見送った。


 孤独な夕食タイムが終わると、ユーナは屋敷をコッソリ抜け出して庭に出た。馬小屋の横に隠してあったレンガを「コ」の字型に積み上げて、簡易かまどを作った。

 かまどが完成したころ、皿洗いを終えたリンたちも、台車で井戸水を運んできた。

 

 いよいよ最重要の作業だ。ユーナと三人のメイドが、樽を乗せた鉄板に手をかけて、地面から持ち上げた。


「せーの!」


 四人は協力して、汗だくになりながら鉄板と樽を運んでいく。


「よいしょ、よいしょ!」

 

 リンたち三人のメイドは、あまりの重さで何度もフラついた。だが、そのたびに、ユーナが両腕に力を込めてしっかりと支え、態勢を立て直す。みんなで掛け声をかけ合いながら、息を合わせて、ようやくかまどの上に鉄板と樽を設置することができた。


「やったー!」

 

 フワン爺さんが馬小屋から出てきて、火おこしを手伝ってくれた。はしごを樽にかけて、みんなでバケツリレーしながら樽の中に水を注いでいく。一時間ほどで、湯は適温に整ってきた。


「よし、入るわよ!」

  

 ユーナとメイドたちは、フワンの部屋を一時借りて、亜麻布の湯あみ着に着替えて来た。部屋から出てきたユーナは、フワンにも湯あみ着を差し出しながら言った。


「フワンさんも、着替えてきたら?」

「いやいや、遠慮しておきましょう」


 やはり湯に入るのは、まだ抵抗があるらしい。フワンは馬小屋前の椅子に座ったまま動かず、笑みをたたえながらユーナたちの様子を見守っていた。

 

 いよいよユーナが、一番手で樽風呂に入る時が来た。焼けた鉄板でやけどをしないように、ワイン樽の蓋だった板を踏みながら、樽の底へとゆっくり足を沈めていく。

 

「あっ……すっごい。最高……」


 ブドウと木材の香りがほのかに匂い立つ樽風呂の湯へ、徐々に肩まで浸かっていく。湯の心地良い圧力が、彼女の全身を優しくマッサージする。


「もうダメ、気持ち良すぎる……やっぱり私、お風呂がないと生きていけない……」


 前世ぶりの、温かい湯に満たされた湯船での全身浴。押し寄せる大きな快感と達成感に、今まで準備で動きまわった疲れをすっかり忘れるほどの、しびれるような感覚をユーナは味わった。

 

 ユーナが樽風呂を出た。次はリンが入浴する番だ。

 

「その板を踏みながら入るのよ、リン。」

「はい、お嬢様……あっ、熱いお湯が……」


 リンは樽の端を両手でギュッと握りながら、そのスリムな肢体を、恐る恐る沈めていった。

 

「はぁ……すごく、イイです……体が空にフワフワ浮いてるみたいで、とろけちゃいそうです、お嬢様……これが、肩まで浸かるお風呂の素晴らしさなんですね!」


 リンは目を細めながら、ニッコリ笑った。長らく「本物のお風呂」を待ち望んでいた彼女にとって、樽風呂の成功は感慨もひとしおだった。


 さらに交代で、ソフィーとメリーも順番に入浴した。樽から顔を出して頬を紅潮させながら、「気持ちいい……」「あったかい……」と、次々に喜びの声を上げていった。

 

 四人の少女は、夜更けの露天樽風呂を、心ゆくまで楽しむのだった。

湯鳥野柚菜「次回、そのころ公爵邸では――

ブックマーク&評価よろしくね。ではでは、またねー!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ