表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

角が喋ったその日、何かが変わった

世界には、時として「理不尽な強さ」が存在する。


獅子の頭が咆哮し、ヤギの角が雷撃を放ち、大蛇の尾が毒を撒く。

その名を——キマイラ。


精鋭のパーティすら単体では太刀打ちできず、複数による連携討伐が前提とされる規格外の怪物。

冒険者たちはその姿を見ただけで逃げ出すという。


……だが、その内実は。


──戦場の片隅、誰も知らぬ“キマイラ”の脳内にて。



「なぁ……ずっと思ってたんだけどよ」


獅子の頭が沈黙を破った。彼は前方を見据えたまま、虚空に問いかける。


「お前、どんな姿してんだ?」


返したのは、尾の大蛇だった。彼女の声は低く、落ち着いているが、どこか距離を感じさせる。


「……私も知りませんよ。そもそも、私からは何も見えませんし。

見えるのは地面と、たまに跳ねた冒険者の断末魔くらいです」


「だよな……」


獅子はため息混じりに頷く。


「俺もさ、声は聞こえるけど顔は見たことねぇんだわ。

お前がどう動いてるのか、戦ってると全然分かんねぇの。今忙しいのかな?声かけても大丈夫かなって」


「空気感ですね。正直……察しが外れることも、あります」


大蛇が淡々と言う。だがそれが彼女なりの自省だった。


「こないだもな……」


獅子が回想するように呟く。


「後ろから“うにょっ”て感触来たから“今だ!”って飛びかかったら……

お前が毒霧撒いてる最中だったみたいで、俺だけ噛みつこうと突っ込んで死にかけたんだわ」


「あれ、逆合図でしたね」


さらっと認める大蛇に、獅子はぐったりと肩を落とした。


「マジでこっちの寿命削るのやめろよ……俺、主戦力なんだぜ……?」


「私だって尾ですけど主戦力ですよ?」


「……そりゃそうだろうけどさ……」


獅子が言いかけて、ふと口をつぐんだ。


「もう一つ、ちょっと聞きたいことあるんだけど——」


そのときだった。


——脳内に、これまで聞いたことのない静かな声が響いた。


「……失礼、会話に割り込んでもよろしいですか?」


二人は同時に声を上げる。


「……え?」

「今の、誰?」


「ヤギの角か……?」


問いに応じたのは、確かに角の持ち主だった。

その声は、驚くほど落ち着いていた。


「はい。私です。ヤギです」


「お前……喋れたのか!?」


獅子の叫びに対し、ヤギはあくまで平然と答える。


「えぇ、ずっと喋れますよ。ただ……少々、構造上の不具合がありまして」


「構造?」


獅子が眉をひそめる。


「私の頭……どうやら上手く生えなかったようでして。

現在、獅子さんの頭蓋骨に、内側からめり込んでおります」


「…………」


言葉を失う獅子。


「つまり私は、ずっとあなたの脳幹の隣で黙っていただけなのです」


「何それこわい、やめて!!」


悲鳴のような叫びが脳内に響く。だがヤギは動じない。


「いや怖がらなくて大丈夫です。角の中に小さな意識があるだけですから。とても静かです。快適です」


「いや快適ならいいけど!いいのかそれ!?オレの頭にもう一人いたのか!?」


「角としてなら当然の話です」



場が沈黙に包まれた中、ヤギが再び語り出した。

その声には、わずかな熱と、静かな使命感が宿っていた。


「……本来、“融合”とは一方的な吸収ではなく、互いの尊厳を残したまま共存することを意味します。

しかし、我々“キマイラ”という生態系は、構造的にその配慮がなされておりません」


「急に喋りまくるな……」


戸惑う獅子。


「……頭良さそう……」


感心する大蛇。


「“ダイバーシティ”と“インクルージョン”という言葉がありますが、

我々の現状は“多様性”を内包しただけで“包摂”がなされていないのです。

見えること、触れること、発言すること——そういった基本的な参加権が、構成要素に不平等に与えられている」


「つまり……?」


獅子が、おそるおそる尋ねる。


ヤギは答えた。


「このままだと、ただの多頭生命体ではなく、“不和を強制された個の集合”です」


「!?!?!?」


二人とも、意味は半分も分かっていない。だが、とにかくヤバいことは分かった。


「多様なパーツで構成される以上、我々には“共通の価値観”が必要です」


「……えっと、それって……」


大蛇が訊ねると、ヤギは穏やかに答えた。


「コアバリューです」


その言葉を合図に、キマイラという名の多頭会議が静かに幕を開けた。


最初は、誰もが恐る恐るだった。

獅子は、「いや、これは俺のわがままかも」と前置きをしてから、尻尾の毒がいつも急すぎると漏らした。

大蛇は、「私のやり方が絶対正しいってわけじゃないんですけど」と言いながらも、獅子の突撃が雑すぎると反論した。


それぞれが、自分の価値観を初めて言葉にした。

そして、それが他者の価値観と正面からぶつかり合った。


ヤギはそのたびに話を整理し、ときに言葉の定義を見直しながら、少しずつ共通項を抽出していった。

「“伝える”とは、“意図を共有する”ことであり、“許可を求める”ことではないのです」といった調整が何度も入る。


獅子は傷ついたように黙り、大蛇は自分でも気づいていなかった苛立ちをぶつけた。

だがそのすべてを、ヤギは粘り強く、そして静かに受け止めていった。


何時間が経っただろう。

論点を洗い出し、合意点を確かめ、表現を磨き上げていく作業は、想像以上に骨が折れた。


だがその果てに、彼らはようやく一つの答えにたどり着いたのだった。


完成したコアバリューのリストを眺めたとき、

脳内には、奇妙な――けれど心地よい“沈黙”が流れた。


「……これが、俺たちの……価値観……?」


獅子の呟きに、大蛇が静かに応じる。


「ええ……悪くないですね」


ヤギの声は柔らかく、どこか誇らしげだった。


お互いの価値観をすり合わせる作業は、予想以上に困難だった。

だが同時に、それは確かに――初めて、自分たちが“ひとつの存在”であることを実感できた時間でもあった。


それぞれの頭、角、尾が、

今まで以上に近く、ひとつの意志として“結び合って”いるような、不思議な一体感があった。


【キマイラチームのコアバリュー】

1.見えないからこそ、伝え合おう。

2.合図を送る前に、意味を共有しよう。

3.毒は予告してからまこう。

4.角にも意見を。角からも意見を。

5.我らは融合体、されど他者。



「……俺たち、今まで“なんとなく一緒”だったけど、ほんとは全然見えてなかったんだな……」


獅子が、しみじみと漏らす。


「見えないから、ぶつかってた。聞こえてたけど、聴いてなかった」


「なるほど……これが……」


大蛇が感心したように呟いた。


「これが……」


獅子もつられる。


「ダイバーシティ……」


「&……インクルージョン……!!」


二人の声が、荘厳に響く。


「……いや、正直まだ意味はよく分かってないけど、たぶん、これだわ」


「私も、なんか良い響きだと思います」


ヤギが、小さく笑ったような気がした。


「大丈夫です。分からなくても、まず“共にあろう”とすることが、その第一歩なのですから」


「……ヤギ……いや、ヤギさん!」


獅子が深く頭を垂れる。しかし脳幹の隣にいるため、物理的には伝わらない。


こうして、破壊力に統率力という“聞こえのいい言葉”が加わったキマイラは、モンスター界の“ダイバーシティ”を踏みしめながら、今日も誰かを噛み砕いている。


▼本編はこちら

ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した

https://ncode.syosetu.com/n8766kf/

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ