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顔が覚えられないから国家作った話

巣穴の最奥――静寂と冷気が支配するその空間に、

ひときわ高く積まれた岩座が、神殿の玉座のごとく鎮座している。


そこに立つは、たった一匹のラット。

否――“王”である。


かつて地を這い、泥を啜り、生存のためにすら他種に侮られていた“グリスラット”。

その驚異的な繁殖力を利用し群れをまとめ、鍛え、導き、いまや地上のオーガすら屠るに至った――その頂点に立つ存在。

名を、ラットロード。


「……我はグリスラットの王、ラットロード。

我が咆哮のもとに集うは、弱者と嘲られし同胞ども。

されど今、我らは誇りを得た。鋼の隊列、牙と策略、影より迫る死の群れ……!

その武威、かのオーガをも屈させるに足る!」


岩座の上で前足を広げ、王は静かに吠える。

その声はよく通り、巣穴の隅々にまで響いた。


紅き瞳は燃え、姿勢は揺るがず。

そこには確かに、孤高の支配者の風格があった。


……だが。


「……しかし……それでもなお、我が胸を蝕むものがあるのだ……ッ!」


王の言葉が低く、苦悶を帯びる。


完璧であらねばならぬ王の背後に、突如として刺さるささやかな記憶――

それは、過去の断片。

些細で、取るに足らぬはずの“日常のひと幕”が、今や王を悩ませる“呪い”として蘇る。



──回想──


「おはようございまっス! ラットロード様〜!」


巣穴の通路をすり抜けてきた一匹のグリスラットが、満面の笑みで頭を下げる。


(……誰だっけお前……)


ラットロードの笑顔が引きつる。


(この喋り方……確か、食料班のやつ……。でも名前が……えっと……フンギ?フミオ?)


「そういえば先日、ウチの乾燥キノコ倉庫にアレが発生してですね~」


(喋りながら自己紹介してくれないか!?)


そこにもう一匹、顔に傷のあるグリスラットが現れる。


「ラットロード様! このたび子が産まれました! ぜひ、名を授けていただきたく! できれば私と妻の名から一文字ずつ……!」


(……誰の!? ていうかお前の妻って誰だよ!?)


ラットロードの耳がピクつく。


(待て、冷静になれ。まずお前、俺の記憶に一切ない。ていうかそもそも全員、顔が同じなんだよ!!)


──回想終わり──


「分からぬわ!!」


王が絶叫した。

巣穴に響く王の声は、虚しさすら孕んでいる。


「違うのだ……私が悪いのではない……そもそもだ……顔が同じ! 名前が似ている! 声も近い! あまつさえ親戚同士で全員つながっているせいで、誰が誰だかわからんのだッ!!」


荒ぶる王。しかし、すぐに自分の頬を叩き、呼吸を整えた。


「落ち着け……私よ……我はラットロード。グリスラットの王。孤高なる支配者……我が威厳を保つためには……なにか、改革が……改革……」


ふと、王の瞳に閃光が走る。


「……妙案!!」


──


数時間後。巣穴の広場には、大量のグリスラットが集まっていた。


「うおおお〜〜!」「なんだなんだ、ラットロード様からのお知らせだってよ!」


ごった返す群れの前に、王は堂々と現れる。


「集まったな。今日、貴様らに重大な発表がある!」


「おおおおお!!」「さすが王だ!」


「我らの軍は日々拡大を続け、今や大型モンスターすら狩猟対象だ。これは誇るべき成果である!」


歓声。足踏み。尻尾同士のハイタッチ。


「そこで本日より、私を――“王”と呼べ!」


「うおおおおおお!!!」「王! 王!! 王!!!」


ノリが異様に軽い。だが、王は構わない。ここまでは計画通り。


「そして! 貴様たちを――“小さきもの”と呼ぶことにする!!」


……沈黙。


巣穴に流れるのは、気まずさでも、怒りでもない。理解の遅延だった。


「小さき……もの……?」


一匹がつぶやいた。その瞬間。


「カッコイイ!!」「さすが王!」「俺、今日から“小さきもの”って刺青入れるわ!」


「“王と小さきもの”……語呂、最強じゃないスか!?」「バンド名みたいで好き!!」


ラットロードは、内心で静かに頷いた。


(……やはり、響きの妙は群れの感性に届いたか……)


(“小さきもの”――その語感が持つ、自己卑下と親しみの両義性。

それが“王”という絶対的存在を浮き彫りにする。対比と構造によるブランディング……成功だ)


(……顔を覚えられない、という極めて戦術的な弱点を、むしろ“カテゴリー”として統合し、

結果として敬称に昇華する……これこそ、“王の語彙戦略”)


満足げに目を細める。


(完璧な計算……いや、“必然”だ)


ただ、ほんの僅かに眉が動く。


(……しかし……..バンド名とはなんだ……)


だがそれでも、王は微笑んだ。


「我が“小さきもの”たちよ。我らのPriorityは、明確だ。

トキメキと威厳、そして顔の識別――この三本柱を忘れるな!」


グリスラットたちは前足を掲げた。


「ラットロード万歳ーッ!」「Priorityってなんか響きがスゴい!!」


──こうして、ラットロードの“個体識別不能問題”は、

過剰なブランディングと言葉の圧で解決されたのであった。



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ヴェルシュトラ 〜スキル経済と魔導石の時代。努力が報われる社会で俺たちは絶望を知りそれでも、歩き出した

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