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第一話 2.シンガー(3)

 

 * * *


 最近マナの機嫌が悪い。いつものように母親とバールの店にやってきた彼女は今日もカウンターに座っている。だが、つまらなそうに足をブラブラさせていた。彼女の好きな果実ジュースをあげても手を付けず、頬を膨らませたままカウンターに頭を載せている。


「マナ。どうしたの?」


 宥める様にシンガーが声を掛けると、マナは拗ねたままの顔で隣を見上げた。


「アスタが来な~い。つまんな~い。」

「そう言えば、あれから見ないわねぇ・・。」


 よほどマナはアスタを気に入ってしまったらしい。父親がいない彼女にとっては憧れの存在なのかもしれない。

 鍛えているのが服の上から分かるほど、アスタは良い体格をしている。マナにも優しいし、紳士的だ。女性に人気があるのも頷けた。現にアスタがこの店によく顔を見せるようになってから妙齢の女性客が目に見えて増えている。いない時には今日彼が来るのかどうか質問された事がある程なのだ。先日受けた嫉妬の目を考えれば、彼に深入りするのは避けた方が良さそうだ。

 シンガーは流れの歌手。知らない土地で上手く商売をしていく為にはどこでも波風立てないのが一番である。そうやって今までやってきた。そしてこれからも。


「シンガ~~。」

「はいはい。」


 マナを宥めていた時、入口から数人の男性客が入ってきた。彼らが奥のテーブルに着くと、キャリーが彼らの下に注文を取りに向かう。


「いらっしゃい。あら、アスタさんはご一緒じゃないんですね。」


 キャリーの口から出たアスタの名前にマナとシンガーは顔を見合わせた。どうやら彼らはアスタの知り合いらしい。すると中でも長身で額に傷のある男性が笑って言った。


「あぁ。アスタは自宅療養中。」

「え?どこか具合でも悪いんですか?」

「ちょっと怪我しちまってな。」

「え!!」


 誰より大きな驚きの声を上げたのはマナだった。彼女は慌てて高めの椅子から降りると、彼らのテーブルに走っていく。


「アスタ怪我しちゃったの?」


 いきなり少女が目の前に現れて驚いたのだろう。彼らは目を丸くしてマナを見下ろした。


「なんだ、嬢ちゃんアスタの知り合いか?」

「友達になったの。」

「はははっ。あいつらしいな。」


 するとそれを見ていたキャリーがマナを紹介する。


「この子はターナの娘のマナよ。」

「そうか。マナ、俺はダンジェ。俺もこいつらもアスタの仕事仲間なんだ。よろしくな。」


 彼が顔全体でニカッと笑うと、マナはそれに応えるようにお辞儀をした。だがキャリーはアスタのことが気がかりな様子でダンジェを見る。


「それでダンジェさん。アスタさんの容態は?」

「あぁ。そんなに酷くはねぇんだが、しばらくは安静。ま、その内顔を出せるようになるさ。」

「そう。」


 そこまで聞くと席に着いたままだったシンガーは彼らから視線を離し、内心ほっと溜息を付いた。怪我をしていることは心配だが、アスタが故意に約束を破ったのではないことが分かればマナの機嫌も少しは直るだろう。


「シンガー。」

「ん?何?」


 マナと同じジュースを飲んでいると下から袖を引かれる。シンガーが座っている椅子の脇ではマナが自分を見上げていた。


「ね。アスタの友達にマナの友達を紹介したいの。来て。」


 どうやら先程の彼らにシンガーの事を友達として紹介したいらしい。シンガーは自分とマナのグラスを持って一緒に奥のテーブルへと移動した。


「こんばんは。」


 そのテーブルには三人の男性が座っていて、シンガーが顔を出すと彼らは驚いた表情を見せた。赤毛の青年は「あ」とシンガーの顔を見て口を開けている。


「おねぇさん、確か歌い手の・・・」

「シンガーです。はじめまして。」


 シンガーは微笑み返し、マナと並んで空いている椅子に腰掛けた。マナはなぜか誇らしげに胸を張っている。


「シンガーはマナのお友達なのよ。」


 マナはシンガーに彼らのことを紹介してくれた。先ほど聞いたばかりの名前を一生懸命に挙げていく。


「えーと、こっちがダンジェで。隣がロニ!で、で、えっと。」

「ザックです。」

「あー、言っちゃダメなのにぃ~。」


 見かねて細身の若い青年が名のると、マナは不満そうに頬を膨らませた。それを見て彼はすいません、と律儀に頭を下げる。それで機嫌を直したのか、マナはシンガーが持ってきてくれたグラスに口を付けた。

 ロニと紹介された赤毛の青年はシンガーに興奮気味に声をかけてくる。


「以前この店に来た時にシンガーさんの歌聴かせてもらいましたよ。あまりこの辺りでは聞かない歌でしたね。」

「えぇ。私旅をしながら、こうしてお店で歌わせてもらっているので。あの歌も自国の歌なんです。」

「へぇ。国はどこなんです?」

「ここからは遠くて小さい国だし、皆さんご存じないと思います。それよりこの国の歌を覚えたいです。」

「マナはシンガーの歌、とっても好き。」

「あら、ありがとう。」


 隣に座ったマナに微笑むと、嬉しそうな笑みが返ってくる。次に口を開いたのはダンジェだった。


「この国の歌は英雄譚や豊穣の歌が多いからな。長ったらしくって、覚えるのは難しいだろう。言い回しも古臭くてややこしい。」

「そうなんですか。でも、一曲ぐらいは覚えていきたいな。」

「なんだ?アンタ酒は飲まないのか?」


 手元のグラスを見てダンジェは首を傾げた。マナと同じものを飲んでいることに気付いたのだろう。


「えぇ。お酒は呑みすぎると喉に悪いから。」

「成る程な。」


 実の所シンガーはまともにお酒を口にした事が無い。もし酔ってしまっても一人で放浪している身分では介抱してくれる相手もいないし、何か問題を起してしまっては困るからだ。荷だけではなく己の身も自分で守らなくてはならないのだから、少しでも隙ができるのは避けたかった。


「ダンジェさんとアスタさんは底なしですもんね。」


 からかい半分にロニがそう口にする。否定する気は無いのか、ダンジェは「まぁな」と笑うだけだ。その時、彼らの言葉を聞いたマナがアスタの名前に反応した。


「アスタのお見舞いに行きたいな~。」

「おう。行ってやれ。寂しい一人身だから、きっとマナが行ってやれば喜ぶ。」

「ホント!?」


 ダンジェの言葉にマナは目を輝かせる。


「おう。ターナに後でアスタの家の場所教えといてやるよ。」

「やったぁ!!ねぇ、シンガーも行こうよ!」


 突然の誘いにシンガーは慌てながらも、シンガーはマナに向かって微苦笑した。


「私はいいわ。沢山の人がお見舞いに行ったら逆に疲れさせてしまうかもしれないし。」

「なんだ?あんたもアスタのこと知ってんのか?」


 二人のやり取りを不思議に思ったのか、魚のフライを齧りながらダンジェがそう言った。


「えぇ。マナの紹介で一度話をした程度ですけど。」


 すると、面白いものを見つけたと言わんばかりに彼の目が輝く。


「どうだった、あいつ?」

「どうって、何がです?」

「堅物だから、話をしてもつまらなかったんじゃねぇかと思ってな。」


 そう言われて数日前のアスタの様子を思い出してみる。確かにぎこちなかったような気がしないでもない。


「言われてみれば、態度は固かった気がしますね。」


 すると彼らはおかしそうに笑った。先程まであまり表情を変えなかったザックまでもが口元に笑みを浮かべている。


「あははははっ。あいつは不器用だからなぁ。世渡りベタなんだ。」

「本当に。適当に手を抜くって事ができない人ですからね。」

「全くだ。あいつの下にいると苦労するぜ。」


 ダンジェとロニが口々に言う。だか、彼らの表情を見ていると本当に苦労しているようには見えなかった。どうやら会話から想像するにアスタは彼らの上司らしい。


「なら、どうして皆さんはアスタさんの下に留まっているんですか?」


 疑問を投げかけてみるとダンジェ達は顔を見合わせた。そして見せる表情はやはり笑顔。


「だから、かな。」

「え?」

「少なくとも俺とかアーロンのおっさんはアスタじゃなきゃ今頃田舎に帰されてる筈だぜ。」


 アーロンという人は、今日はいないが同じ仕事場の仲間なのだとザックが説明してくれる。歳は五十になる男性で、仲間の中では一番の古株らしい。


「・・そうなんですか。」

「あぁ。俺らみたいな腕っ節だけの傭兵上がりみたいなのは今のご時世必要とされていないんだ。けどアスタはワザと辺境の地の仕事を引き受けることで、俺らがみたいのが首切られるのを先延ばしにしてんのさ。城下で仕事してたら確実に俺らは左遷されてる。」


 ダンジェの言葉やロニやザックの表情から、どれだけアスタという人物を慕っているかがよく分かる。シンガーはふとアスタがマナに見せた笑顔を思い出していた。


「・・・・。皆さん、アスタさんを信頼していらっしゃるんですね。」

「ははっ。まぁ、そんな大袈裟なモンじゃないけどな。」


 オレンジ色のランプの下で、彼らは穏やかに笑う。


(仲間、か・・。)


 自分には持ちえないものだ。羨ましい、とシンガーは素直にそう思った。

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