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第三話 5.答え(2)

 

 * * *


 アスタの膝の上ではすっかり泣きつかれたマナが眠っていた。彼女の頭が落ちないように気をつけながら、アスタは酒の入ったグラスを傾ける。

 彼が座っているソファの隣にはジェシカ、そして向かいにはマナと同じく目を赤くしているロニ、ザックとアーロン、そして少し離れたダイニングテーブルの椅子にはダンジェ夫婦、ウィズ、ターナが顔を揃えていた。

 今夜皆が集まっているのは酒場ではない。ダンジェの自宅だ。明日に迫ったアスタの出発の日を前に、こうしていつもの仲間達が顔を揃えていた。


「すいません。アスタさん。そろそろ連れて帰りますね。」


 すっかり寝入ってしまったマナを抱きかかえようとして、何かに気付いたターナが苦笑した。先程までずっと彼女の娘、マナはアスタと別れるのが嫌で泣き喚いていた。寝入ってしまってもその意思を表すように、マナはぎゅっとアスタの服の裾を握っていたのだ。アスタもそれに気付くと、彼女を起さないよう優しく小さな指を一本一本開いて服から外す。


「すっかりアスタさんに懐いてしまって。」

「満更でもないんだろ?なぁ、アスタ。」


 からかうダンジェの言葉に、アスタ目を細めた。


「まぁ、な。別れを寂しがってくれるのは正直嬉しいよ。」


 シブネルへ行ってしまえば、休暇を申請しない限りこの街を訪れることも無いだろう。一度異動した隊からまた元に戻ることなどまずありえない。

 名残惜しむようにそっとマナの細い髪を撫でる。


「じゃあな、マナ。元気で。」


 そっと彼女の寝顔に言葉をかけ、ターナに引き渡した。


「アスタさんもお元気で。」

「あぁ。ありがとう。」


 ターナは皆に挨拶すると娘を抱きかかえて出て行った。彼女を送るためにダンジェも一旦自宅を出る。

 するとぐすっと鼻を啜る音がした。


「ロニ?」


 アスタが向かいを見ると、ロニが赤い顔をして袖で涙を拭っている。隣にいたアーロンが彼の背中をドンッと叩いた。


「痛っ!!」

「テメェは男のくせにいつまでメソメソしてやがんだ。」

「だって・・・。」


 うるっと目に溜まった涙をゴシゴシとこすり、ロニは膝の上でぎゅっと両手を握った。


「アスタさん。」

「ん?」

「本当に行っちゃうんですか?」


 まだ信じられない、と言った様子でロニがアスタの顔を見る。答えは分かっているけれど、訊かずにはいられないようだ。


「あぁ。そうだな。」

「・・そう、ですよね。」


 その答えにがっくりとロニの細身の肩が落ちる。


「突然ですまなかったな。」

「あ、いえ。・・ただ、俺・・・・。」


 目線を落としたままロニは口を開いた。


「第八にアスタさんがいてくれることにずっと安心していて・・・。何かあってもアスタさんが隊長でいてくれるから大丈夫だって。そうやってずっとアスタさんに甘えてたんだって気付いたんです。」

「ロニ・・・。」

「でも、気付いたから、気付けたから大丈夫です。俺、アスタさんの代わりにはなれないけど、やれることは何だってやろうって決めました。」

「そうか。ありがとう。ロニ。」


 ロニは黙って首を横に振る。そしてもう一度滲んだ涙を拭うと、横から太い腕が伸びた。そのままロニの赤毛をぐちゃぐちゃとかき回す。


「いてててて!!」

「大袈裟なんだよ、テメェは。」

「アーロンさんはもっと手加減して下さい!!」

「十分手加減してやってんじゃねぇか。」

「・・・クソ親父。」

「あぁ?テメェ、今なんつった?いつから俺がお前の親父になったんだよ。」

「ザックは俺の後輩です!ザックの親父なら俺の親父でしょう!」

「何訳の分からんこと言ってんだ。こんな頭の悪い息子を持った覚えはねぇ。」

「ひっでぇ!!ザック!兄を助けてくれ!!」


 ソファの端で二人のやり取りを静かに笑って見ていたザックは、急に矛先を向けられ目を丸くした。


「あ、いや・・・、えーと・・。」

「・・ザック。お前どっちの味方だ?」

「ザック〜〜。先輩を見捨てないよな?な?」


 アーロンにヘッドロックされて既に半泣き状態のロニと目の据わったアーロンを交互に見る。困ったザックは二人から目を背けると、魚の燻製をつまみに酒を進めていたウィズを見た。


「ウィズさん・・・。助けてください・・・・。」

「え?俺??」


 急に話を振られ、思わず手にしていたつまみがポロリと落ちる。つい反射的にロニへ目を向けると、涙目の彼が自分を見ていてウィズの顔が赤くなった。その変化にロニが敏感に反応する。


「ウィズ、テメェ!!今何考えた!!!」

「あ、いや・・・、何も・・・。」

「嘘付け!!」


 するりとアーロンの腕の中から抜け出すと、今度はウィズに掴みかかる。話題が逸れたザックはほっと息を吐き、ジェシカとアスタはその様子を笑って見ていた。イレーヌは器用に彼らのとばっちりを受けないよう、ダイニングテーブルの上の皿を避けている。


「アスタ。」


 声を掛けられ正面を向くと、そこには真面目な顔をしたアーロンがいた。


「はい。」

「後悔はしてないな?」


 アーロンは何も知らない。アスタが何故異動するのか。けれど、ただ上からの命令ではないと気付いているようだった。アーロンの鋭い勘のおかげでアスタ達部下が危機を逃れたこともある。だが、今回ばかりは厄介だ。アスタは持っていたグラスを置いた。


「はい。」


 じっとアーロンの目がアスタを見る。目を逸らすことが出来ずに自然と背筋に力が入った。けれどアーロンはそれ以上何も訊かずにグラスを煽った。


「ならいい。」


 空になった彼のグラスにアスタが酒を注ぐ。それが終わるとアーロンも酒瓶を差し出した。アスタはその酒を受け、二人でグラスを合わせる。

 その様子をロニを始め若い騎士達は黙って見つめている。


「この国の未来と、お前さんの旅立ちに。」


 アーロンの言葉を合図に、軽いグラスの音がリビングに響いた。






「見送りには行ってやんねーぞ。」


 ダンジェの自宅を最後に出たアスタが振り向く。アーロン達は一足先に帰っていた。玄関先ではイレーヌとジェシカが立っている。声を掛けたのは、アスタのすぐ後ろにいたダンジェだった。


「いらないさ。」

「そう言うと思ったぜ。可愛げがねーな。」


 アスタは彼の言葉に肩を竦めてみせる。


「三十近い男に可愛げを求められてもな。」

「最後ぐらいしおらしくしてみろってんだよ。」


 その台詞に笑みが零れる。ダンジェは変わらない。今もそして昔も。どんなに辛い時だってなんでもないように話しかけてくれる事がどれだけアスタの力になってきただろう。


「ダンジェ。」

「あぁ?」

「ありがとう。」


 その台詞に目を丸くした後、ダンジェはちっと舌打ちを返した。


「おいおい、要望通りしおらしくしただろ。」

「うるせぇよ。」

「我侭だな。副隊長。」

「なんだ、嫌味か。」

「まさか。嬉しいのさ。」

「意味が分からん。」


 ただの友人同士に戻った言葉の応酬。それがこんなにも心地良い。


「家族を大事にしろよ。」

「言われなくても。」

「まぁ、お前はそうだよな。」


 すると少し間をおいて、ダンジェが呟いた。


「・・・結局、一人で行くのか。」


 後ろにいるジェシカの肩が僅かに揺れる。それに気付かないフリをして、アスタは息を吐くように薄く笑った。


「あぁ。」

「そうか。」

「お前には色々世話になったな。」


 するとダンジェはふんっと鼻息荒く言い捨てた。


「ったく。そんなんじゃ、お前が嫁を取るよりウチに二人目が生まれる方が早いんじゃねぇの?」

「仲睦まじくて何よりだ。」

「全くだ。」


 くすくすと笑いが零れる。彼女のことをこんな風に話せるのもダンジェが持つ力のお陰だろう。


「俺は結構お前に甘えてたのかもな。」

「ようやく気付いたか。」

「あぁ。けじめはつけるよ。」


 アスタが真剣な顔を上げる。ダンジェも笑顔をひっこめた。アスタが目を閉じたのを見て、ダンジェは思いっきり右腕を振りかぶった。微かにジェシカが息を呑む音が聞こえる。

 ゴッ、という鈍い音と共にアスタは後ろに倒れた。


「兄さん!!」


 悲鳴に近い声を上げて、ジェシカがアスタに駆け寄ろうとする。けれどそれをイレーヌが止めた。


「義姉さん・・。どうして。」

「いいのよ、ジェシカ。どうせ男同士のことなんて私達には分からないわ。」


 きっぱりとそう言うとイレーヌはジェシカを連れて家の中へ戻っていった。何度もジェシカが振り返るが、やがてドアが閉まる。

 アスタは顔を歪めて上半身を起した。


「ってぇ・・・」

「当たり前だろ。俺が手加減するとでも思ったか。」

「いや。」


 ダンジェは殴った方の手を差し出した。アスタはその手を掴み、立ち上がる。彼の左頬は赤く腫れていた。


「早く帰って冷やせよ。」

「・・・お前の拳は重いな。」

「当然だ。親友だからな。」


 その言葉に顔を上げると、ダンジェはアスタにニッと彼らしい笑みを見せた。


「だろ?」

「あぁ。そうだな。」


 昔、二人は約束していた。苦しい時は必ずお互いに相談すると。決して一人で抱え込まず、打ち明け共に悩み道を見つけようと。その約束をアスタは破っていた。あの時、ダンジェは異動を決めたことを怒っていたのではない。アスタが一人黙って悩み、自分に打ち明けてくれなかったことを、二人の約束を破ったことを怒っていたのだ。

 親友だからこそ、信頼しているからこそ手加減はしない。ダンジェらしい考え方だった。


「じゃあな。」

「あぁ」


 二人は一度拳を合わせ、笑みを交わして背を向けた。ダンジェは自宅に戻り、アスタは振り向かず歩き出す。

 お互いの道は分かれてしまうけれど、あの約束は今後も続くだろう。どれだけ距離が離れていても、どれだけの時間が経ったとしても、二人は親友であり続けるのだから。

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