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第三話 2.言葉(2)

 

 * * *


 目の前の森から虫の声に混じって夜行性の鳥の鳴き声が聞こえてくる。イルの街を上げてのお祭り騒ぎも、第八騎士団が警備するこの辺りまでは流石に届いて来ない。太陽が沈んだばかりのこの時間では収穫祭もまだまだこれからが本番だろう。

 昼に収穫祭に参加し、この街を治めるトルテ侯爵や役人達と形式的な挨拶を済ませると、アスタは夜の警備の為駐屯地に戻ってきていた。すでに夜から参加の者達は警備から離れていて、今頃祭の広場に着いている頃だろう。女性をナンパするなら夜だと若い騎士達は昼の警備を希望していたので、アスタと共に夜の警備を請け負っているのは大抵家庭を持つ者ばかりだ。だがその中に若い顔を見つけ、アスタは驚き声を掛けた。


「夜勤なのか?」


 アスタが警備中の彼の隣に立つと、その騎士――ウィズは曖昧に笑った。


「えぇ。まぁ。」

「ハンセン達は女捕まえるんだって、えらい張り切って出てったじゃないか。お前は良かったのか?」


 からかうようにアスタが言うと、彼はどう言葉を返せばいいのか困っているようだった。

 ウィズは今年二十二になったばかりの青年で、背が高く整った顔立ちをしている。琥珀色の髪を短く刈っていて清潔感があり、たれ目がちな碧眼で優しく微笑めば若い女性達は喜んでついて行くだろう。だがハンセンや他の騎士達のようにナンパには興味がないのか、彼は夜の警備を選んだようだ。

 普段酒を飲んで若い騎士達が騒いでいても、元々の性格なのか彼はいつも落ち着いていて紳士的。そんなことを思い出していると、控えめにウィズは口を開いた。


「俺は、別にそういうのは・・」

「へぇ。心に決めた相手でもいるのか?」

「・・まぁ。そうですかね。」


 アスタはどこか諦めたように笑う彼の表情が気になった。あまりプライベートな事に首を突っ込むのは得意ではないが、何故か放って置けない気がして更に問いかけていた。


「恋人ってワケじゃなさそうだな。」

「むなしい片想いです。」


 ウィズはそう言うとアスタから目線を逸らして森を見る。


「へぇ。ウィズはモテるって聞いてたが、お前でもそんなことあるんだな。」


 アスタもつられる様にして森を見た。深く暗い森はいつものように静かにそこにある。月の綺麗な夜だ。そこで会話が途切れ、アスタはこれ以上追求すまいと思う。けれどしばらくして、ぽつりとウィズが零した。


「・・まぁ。現実はそう上手くはいきませんよ。」

「それほど高嶺の花なのか?」

「ある意味、そうかもしれません。」

「ある意味?」


 訊いて良いのか分からなかったが、ウィズが話を続けた以上彼自身も話したいと思っているのかもしれない。そう思ってアスタは再びウィズの顔を見た。すると彼は森の方を見たまま寂しげに笑った。


「・・言えないんです。俺の気持ちは。」

「何故だ?相手が誰であれ、想いを告げるのは悪いことじゃない。」

「言ってはいけない相手もいるんですよ。」


 その声は今までとは違い、暗い感情を含んでいる。その瞬間アスタの頭には後悔の二文字が浮かぶ。トルテ侯爵の時のように家同士の問題もあれば、身分の違いもある。恋愛一つとっても好き嫌いの単純な問題ではないのだ。


「すまん。立ち入ったことを聞いてしまったかな?」

「いえ。いいんです。」


 そう言ってアスタの顔を見たウィズの表情はいつもの彼そのものだ。紳士で真面目なウィズの顔。いつもは悩みなど持っていなさそうな彼が初めて吐露したその言葉をアスタは放っておく事が出来なかった。この様子では恐らく歳の近い同僚達にも悩みを打ち明けていなかったに違いない。


「ウィズ。」

「・・はい。」


 アスタは今までの話などなかったかのように明るい表情で笑う。


「お前明後日は非番だろう?」

「えぇ。そうですけど。」


 アスタの意図が分からないのだろう。戸惑いの表情を見せながらも頷いた彼の肩をアスタは軽く叩いた。


「俺もだ。明日は呑みに行くぞ。」


 すると少し泣きそうな顔で、彼は「はい」と答えた。






 歌の披露を終え、緊張から解放されたシンガーは広場に設置されたテーブルの一つに座っていた。常とは違いここはランプや松明で明るく照らされ、陽が沈んでも多くの人々で賑わっている。テーブルの上には各店舗や家庭で作られた料理が振舞われていて、バールの店もつまみや酒を提供している。ユフィリルの家庭料理の中でもシンガーが好きな煮込み料理を口に運んだ所で声を掛けられた。


「シンガーさん!」

「あれ、ロニ君?」


 顔を上げればそこに少し顔を赤くしたロニがいた。いつも賑やかな彼は騎士団の仲間達と店に来ることが多いので一人でいる姿は珍しい。こんばんは、とシンガーが挨拶するとロニは断りを入れて隣に座った。そして息も荒く手にしていたグラスに入っていた酒をぐいっと煽る。


「どうかしたんですか?」


 最初は酒に酔っているのかと思ったが、どうやらイライラしているようだ。すると彼は口を尖らせてグラスを置いた。


「シンガーさん!俺って男っぽくないですか!?」

「え?」


 顔を近づけ真剣にそう言われ、シンガーは呆気にとられた。ロニは騎士団の中でも若い。確か十九歳だと聞いている。赤毛にそばかすの残る顔も明るい性格も少年らしさを残していて、確かに大人の男というには少し遠いかもしれない。

 どう言えば角が立たないだろうかと考えていると、大きな手がロニの頭をぐりぐりと撫でた。


「はははははっ。なんだよ、お前また男に声かけられたのか?」


 そう言って姿を見せたのはシンガーの知らない若い男性。長めのライトベージュの髪に深いブラウンの瞳。背はダンジェと同じくらいだろうか。けれど彼よりも少し線の細い感じだ。

 ロニは自分の赤毛を掻き回す手をうっとうしそうに払うと、「うるせぇ!」と顔を上げて睨み付けた。


「あの・・・?」


 どうしたら良いのか分からずシンガーは戸惑いの表情を向ける。すると、彼はそれに気づいてにこりと笑った。


「こんばんは。さっき歌を聴きましたよ。素敵でした。」

「あ、ありがとうございます。」


 明らかに女慣れている様子の彼に笑顔を向けた後、ロニの様子を伺う。彼もまだふてくされているロニを見て笑った。


「あ~、気にしなくていいっすよ。こいつ昔から男にナンパされるもんだから」

「ハンセン!!」


 ロニは大声を上げてハンセンと呼んだ男性の言葉を遮る。その顔は怒りと羞恥で真っ赤だ。中性的な顔ではないが、シンガーから見てもロニはカッコいいと言うより可愛いという言葉が合っている。思わずくすりと笑ってしまうと、ショックを受けたロニが恨めしそうな声を出した。


「シンガ~さ~ん!!」

「あ、ごめんね。」


 そういう所が可愛いんだけど、と思いながらも慌てて口元を手のひらで覆う。どんな相手でも壁を作らずに自分をオープンに出来る彼の性格はそれだけで魅力的だ。だがロニ本人はやはり気にしているようで、気を紛らわせる為に新しい果実酒のグラスに手を伸ばした。


「おいおい。呑みすぎんなよ。」

「うるせぇよ。」


 ぷいっとそっぽを向いてグラスに口をつける。そういった子供っぽい所が可愛く見えるのをハンセンも気付いているのだろう。しょうがねぇなぁ、と溜息をついてロニの隣に座った。どうやら彼のなだめ役に徹することに決めたようだ。

 シンガーは彼らの前につまみになる料理の皿を並べ、ロニがお礼を言ってそれを受け取る。今日はプライベートだが、やはり普段お客さんである彼らを前にすると色々と世話を焼いてしまうのだ。


「他の皆さんはご一緒じゃないんですか?」


 酒と料理に少し機嫌が直ったのか、料理を頬張りながらロニがいつもの声色で応えた。


「皆仕事だよ。昼に会わなかった?」

「えぇ。アスタさんとダンジェさんにはお会いしましたよ。」


 アスタは侯爵達街の有力者への挨拶で忙しい合間にシンガーを見つけて声を掛けてくれた。恋人同士となって随分経つが、二人の関係を公にはしていない。酒場の歌姫として生計を立てている彼女には当然ファンと言える客も付いていて、そんな彼女の仕事に支障をきたさない為だ。公然と恋人の振る舞いは出来ないものの、少しでも自分との時間を作ってくれたアスタの厚意が嬉しかった。

 ダンジェは家族連れで参加していて、シンガーも彼らと一緒に街の子供達のダンスを見物した。店の常連客やバール達と食事をしたりと、シンガーは流れ者の自分がこの街で確かに人間関係を築いてきたのだと改めて実感していた。


「ロニ。いい加減俺の事紹介してくんない?」


 二人の会話を横で聞いていたハンセンは片肘つきながらそう言った。するとロニは「えー。めんどくせぇ」と零す。


「お前なぁ~。」


 ハンセンが再びぐりぐりと赤毛をかき回す。仲の良い光景にくすくすと笑いながらシンガーは手を差し出した。


「シンガーです。ハンセンさんも騎士団の方なんですか?」

「すいません!女性から名乗らせるなんて!」


 ぱっとロニの頭から手を離し、彼女に向かって差し出す。そしてハンセンはにこりと微笑んだ。


「ロニと同じ第八騎士団のハンセンです。評判の歌姫とお近づきになれるなんて光栄ですよ。」

「そんな、大袈裟ですよ。」


 困ったように微笑むと広場に楽隊の音楽が流れ始めた。祭の夜といえば当然ダンスタイムだ。皆思い思いにパートナーの手を取って広場の中央に進む。すると握手したままの手を引き、ハンセンが立ち上がった。


「せっかくだから、一曲お願いできますか?」


 男性的な誘惑を含む瞳で見据えられ、シンガーは一瞬怯んでしまった。ハンセンからは明らかに女性として見られている。アスタの顔がちらついて、例え祭の場だとしてもその誘いに乗るのは躊躇われる。

 すると突然、繋がれた手が勢いよく離された。


「却下!!」


 そう叫んでロニは二人の間に割って入る。


「え?」

「おい・・」


 ハンセンが眉根を寄せてムッとした顔をするが、怯まずロニはシンガーの手を取った。そしてベッとハンセンに向かって舌を出し、そのままシンガーを連れて中央に進む。どうやらまだハンセンのことを許していなかったらしい。

 パートナーを失ってしまったハンセンには悪いけれど、ロニならシンガーも安心だ。それに彼ならすぐに他の女性を捕まえるだろう。そう思いながら、シンガーはロニと共にダンスに興じるのだった。

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