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第三話 2.言葉(1)

 

「そうか。もうそんな季節だったな。」


 シンガーの口から収穫祭の話が出て、アスタはそう呟いた。するとシンガーは落ち着かない様子で体を捩る。


「ア、アスタさん・・」

「ん?何?」

「いえ、あの・・。くすぐったいんですけど・・」


 顔を赤くしてシンガーがなんとかそう言うと、アスタは上機嫌にくすくすと笑った。

 今、シンガーはアスタの腕の中にいる。部屋のベッドに座った彼女を後ろから覆うようにしてアスタが抱き込んでいた。自分が彼女の肩口に頭を寄りかからせているせいで、しゃべると息が首にかかってくすぐったいらしい。

 アーロンと呑んだ帰り、丁度店終わりのシンガーと出くわして家まで誘い込んだ。旧友との再会、恩師の昔話、そしてアーロンとザックの養子縁組。おまけに偶然愛しい彼女と出くわしたとあってはアスタの機嫌が良くなる一方なのも当然で、呑んだ酒の勢いもあってアスタは家に入った途端らしくもなくシンガーに甘えていた。

 一方、シンガーはそんなアスタの様子に困惑していた。普段から穏やかで優しい大人のアスタがこんな風にベタベタしてくるなんて初めてのことだ。嬉しい気もするのだが、やっぱり恥ずかしい方が勝ってしまって、どうしてらいいのか分からず身を固くしている。

 酒のせいかやけに熱いアスタの体温がシンガーの体も熱くさせるようだった。


「収穫祭では唄うの?」

「あ、はい。そうなんです。」


 年に一度の収穫祭はユフィリルで定番のお祭りだ。実り多き秋に行われ、その年の実りに感謝し、来年度の収穫を祈願するこの祭りはユフィリル各地で必ず行われる。例に漏れずイルの街でも一週間後に収穫祭が迫っていた。この日ばかりはどの店も牧場も、そして騎士団さえも仕事を休み、ユフィリル国民全員が参加することになっている。

 今までは酒場で、主に成人以上の男性客の前でしか歌を披露することのなかったシンガーだが、キャリーの結婚式の際一般客の前で唄ったことで認知度が一気に上がったらしい。特に若い女性に人気の彼女の唄う恋の歌は是非収穫祭でも、とお声が掛かったそうだ。


「楽しみだな。」


 そう言ってぎゅっとシンガーの腰へ回した腕に力を籠める。すると彼女の滑らかな手のひらがその腕にそっと触れた。


「私は緊張してますよ。収穫祭には沢山の人が来るんでしょう?」

「うん。でも君なら大丈夫。」

「本当にそう思います?」

「思うよ。君の歌は皆の心に響く。」


 その言葉に戸惑いながらシンガーは首を後ろに向ける。すると優しく自分を見つめるアスタの顔が見えた。彼の唇がそっとシンガーのものと重なる。


「・・ありがとうございます。」

「うん。頑張れ。」

「はい。」


 シンガーの心臓はドキドキしているのに、心の中は落ち着きを取り戻してく。

 アスタは不思議な人だ。傍にいるだけで安心できる何かがある。シンガーは静かにアスタの胸に自分の体重を預けた。


「アスタさんも、収穫祭にはいらっしゃるんですよね?」

「うん。俺は昼だけだけど。騎士も参加、と言っても流石に警備が居なくなる訳にはいかないからね。昼と夜で交代することになってるんだ。」

「そうですか。」


 自分が歌を披露するのはおそらく夜だろう。少し残念な気がしてシンガーは目線を落とした。


「ウチは若い連中程楽しみしているよ。可愛い女の子捉まえるんだってね。」

「ふふっ。そうなんですか?」


 騎士、と言ってもやはり普段は普通の男性と変わりはないのだ。思わず笑ってしまうと、少しアスタが真面目な口調になる。


「だから、声を掛けられてもついて行ってはダメだよ。」

「え?・・ん」


 腕の中でくるりと体の向きを変えられ、アスタと向かい合う形になる。彼の顔が正面になったかと思うと途端に唇が覆われた。今度は重ねるだけではなく、アスタの舌が唇を割って侵入してくる。その動きは優しいが熱い。彼の舌からほんの少し酒の味がするのは気のせいではないだろう。酒場で働いているとはいえ、シンガーは仕事中に酒を飲まない。

 角度を変えて何度も口内を愛撫されている内に体の内部に熱が生まれてくる。それを誤魔化す様にアスタの肩の上でぎゅっと両手を握れば、彼がその手に自身の指を絡めてきた。


「ふ、ん・・・」


 指の間の柔らかい皮膚でさえ敏感になってしまったかのように快感に似たものが走る。長いキスが終わると、ぐったりとシンガーはアスタの肩に額を載せた。


「さっきと逆だな。」


 楽しそうに言うアスタの言葉を聞き流し、シンガーは息を整える。


「・・・から。」

「ん?」


 呟くようなシンガーの声が聞き取れなくて、アスタは彼女の顔に耳を近づけた。すると更に顔を赤くしてシンガーは下を向く。


「・・ついて行ったりしませんから、あんまり意地悪しないで下さい。」


 少し目を見開いた後、アスタは嬉しそうに顔全体で微笑んだ。


「うん。ごめん。」


 今度は優しく彼女の髪を撫でる。シンガーは甘やかされているなぁ、と感じながらその腕に身を任せてそっと目を閉じた。だがしばらくするとそうもしていられなくなる。アスタが彼女の髪や額にキスを落とすと、次第にその手が体のラインを撫で始めたのだ。


(あ、ちょっと・・・)


 お互いに恋人同士。甘い雰囲気になっているのだから、当然この展開になるのも分かっている。けれどシンガーとしてはもう少し甘やかしていて欲しかった。


「や、アスタさ・・」


 耳を甘噛みされて体が震えた。ぎゅっと彼にしがみ付くと、殊更アスタが嬉しそうな顔をする。


(あ・・・)


 シンガーはこの顔に弱い。同僚達やマナ達と話している時、美味しい料理を食べている時、彼女の歌を聴いている時、アスタは表裏のない幸せそうな顔で笑う。それが自分に触れている時だったりすれば彼を止められる筈がない。


(ずるいよ。アスタさん・・・)


 心の中だけで本人には言えない非難をぶつける。だが、今日何度目になるのか分からないキスにそれもどこかに消えてしまった。大きな手が自分の体を暴いていく。ベッドに倒され彼が覆いかぶさると、お互いに服を脱がして素肌で触れ合った。

 深ける秋の夜気の冷たさなど感じない程熱い交わりの後、最後に微笑んだアスタの顔を見ながらその日シンガーは眠りについた。

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