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第三話 1.隊長(2)

 

 * * *


 ざわざわとした喧騒が心地いい。酒を飲むならやはりこうでなくては、と思う。磨かれた床の上できらびやかな衣装に身を包んだご婦人方に愛想を振り向きながら呑むのでは、せっかく上等な酒も味わうことのないまま喉を通り過ぎるだけだろう。


「お前はホント上手そうに飲むな。」


 からかうようにそう言われ、アスタは傾けたグラスから口を離して苦笑した。目の前には私服姿のアーロンが座っている。


「まいったな。そう見えますか。」

「見えるさ。今日もサボりだろ?」

「まぁ。そうですね。」


 ニコライとの話を終え、アスタはやはり夜会には出席せずにイルの街に戻っていた。そして誘われるがままこうして仕事終わりのアーロンと共に彼行き付けの酒場へと足を運んでいる。バールの店より半分ほどの大きさだが、客は皆馴染みのようでアーロンを見つけると軽い挨拶を交わしていた。


「そう言えば、今日ニコライ隊長と話をしましたよ。」


 アスタがそう切り出すと、アーロンも懐かしむような表情を見せた。


「あぁ。あいつか。そういや最近顔を見てねぇなぁ。仕事の話か?」

「えぇ。先月の合同任務と、あとはグラン隊長の話を少し。」


 氷の入った手元のグラスを揺らす。琥珀色の液体の中にユラユラ揺れる自分の顔を見ながらアスタはそう口にした。そんな彼を見てアーロンもふと目線を遠くに向ける。


「そうか。あいつもグランとは長い付き合いだったからな。」


 グランは貴族出だが隊員達に対して出自によって態度を変えることはしなかった。人付き合いが上手くて顔も広い。彼の事を慕う部下も多く、アスタもその中の一人だった。若かりし頃のアスタにとって正しく憧れの存在だったのだ。グランを失って五年。今頃彼の人間関係に触れるなんて思ってもみなかった。


「そうか。ニコライがなぁ。」


 するとアーロンは何故かニヤニヤと笑い出した。


「アーロンさん?」

「いや、付き合いこそ長いが、あいつら昔は随分やりあってたんだぞ。」

「え?」

「相性が悪いというかなんと言うか、二人とも生真面目なだけに意見が合わない時はトコトンでな。どっちも譲らないもんだから、あの二人のせいで部隊長会議が長引くなんてしょっちゅうだった。」

「そうだったんですか。」


 今日対峙したニコライは威厳こそあれ態度は終始穏やかだった。そう告げると、歳をとって丸くなったんだな、とアーロンは目元に皴を寄せて笑った。


「ま、今となっちゃあ、良きライバルだったってトコだろう。」


 機嫌よさそうにアーロンがワック肉のローストを摘む。ユフィリルの多くで放牧されているワック肉を使った料理はアーロンの好きな家庭料理だ。だが、彼の機嫌を良くしたのは料理ばかりではない。きっと懐かしい仲間の話がその要因である筈だ。


「そう言えば、アーロンさんが俺を誘ってくれるなんて珍しいですね。」


 アーロンが自分達と共に呑みに行く時は大抵アスタやダンジェから誘いをかける。アーロンは一人で行きつけの店に行くことが多いからだ。何の気なしにそう言うと、何故かアーロンはフォークを持つ手を不自然に止めた。珍しく目線を泳がせている。


「アーロンさん?」

「あ・・、まぁ、たまには、な。」


 歯切れの悪いもの言いはいつもの彼らしくない。


「・・何かあったんですか?」


 思い切ってそう言ってみると、アーロンは諦めた様に一つ息をついてフォークを置いた。


「アスタ。」

「なんです。改まって。」

「・・・。」


 そこでアーロンは一度グラスの中の酒を飲み干し、給仕を掴まえ御代わりを頼んだ。すると落ち着いたのか頭を掻きながらアスタの顔を見る。


「あー、まぁ。お前には言っとこうと思ってよ。」

「?」

「お前、ザックの話聞いたんだろ?」


 ザック、と聞いて思い当たるのは彼が第八騎士団に入った謂れだ。彼がまだ幼い頃、住んでいた街が敵国バハールの兵に占領され、彼を初め年端も行かぬ子供達が捕虜となった。そんな彼らを助けたのが当時第八騎士団の副隊長を務めていたアーロンだったのだ。


「話というと、昔アーロンさんに助けられたっていう?」


 アスタの言葉にアーロンはゆっくり頷いた。


「あぁ。この前、ザックと呑みに行った時にたまたまその話になったんだ。そしたらあいつがあの時の恩を返したいなんて言うからよぉ、お前なんかに世話になるほどおちぶれちゃいねぇって言ったんだよ。そうしたらあのガキ・・」


 わざとらしいしかめ面を作ってアーロンは目を逸らす。


「俺の老後の面倒見るなんて言いやがった。」

「あはははっ。それは凄い。」

「俺もあの時は酒が入ってたし、冗談のつもりでよぉ。なら、お前俺の息子になるか?って言ったんだよ。そうしたら・・。」


 言い辛いのかアーロンは言葉を濁す。けれど彼の乱暴な言葉に隠された本音がアスタには見えるようだった。そっとアーロンの言葉の先を促す。


「ザックは何て?」

「・・・・。いつもスカしたツラしてるくせに、アイツ泣きそうな顔すんだよ。それ見て思ったんだよな。それも悪くねぇかなってさ。」


 照れているのかいつもよりも速いペースでアーロンのグラスから酒が無くなっていく。長い付き合いだが、こんなアーロンを見るのは初めてだった。

 ザックは表情豊かな方ではない。けれど彼がどれだけアーロンのことを尊敬しているのか知っている。昔、グランに憧れていたアスタには彼の気持ちが良く分かった。家族を失ったザックにとってアーロンの言葉はこれ以上ない程嬉しかった筈だ。


「ザックを養子に?」

「あぁ。あいつ戦災孤児だろ。とうの昔に女房亡くして俺も子供がいねぇし、この歳で今更結婚する気もない。ま、俺みたいなのが親子やるなんてのもおかしな話かもしれねぇけどな。」


 アスタは微笑んで首を横に振る。話を聞きながら彼の胸は温かいもので満たされるようだった。


「俺は賛成です。あいつは真面目で優秀だし、何よりアーロンさんを尊敬してる。いい息子になると思いますよ。」

「・・そうか。」


 落ち着かない様子でアーロンは再びグラスを煽る。だが中身が空になっていたことに気付くと、バツが悪そうに眉根を寄せた。アスタは笑っては悪いと思いながらも、緩む口元を押さえることが出来なかった。そしてアーロンの代わりに給仕を呼び、二人分の御代わりを注文した。

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