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第三話 1.隊長(1)

 

 太陽の光が天窓から降り注いでいる。まるで光のカーテンのようなそれらは磨かれた王城の床まで伸び、そしてアスタの足元を照らしていた。底の固いブーツの音が長く白い廊下に響く。


「よう。」


 大臣の執務室が並ぶ廊下から階下へ続く階段を降りきった時、聞き覚えのある男の声がしてアスタはそちらを振り向いた。そこには踊り場の壁に背を預けた人物が立っている。アスタと同じく騎士の正装をし、肩まで伸ばした金髪を首の後ろで一括りにした整った顔立ちがにこりと微笑んでいた。


「久しぶり。」

「カイル?」


 懐かしい顔にアスタの顔にも思わず笑みが浮かぶ。すると彼、カイルは壁から背を離し、滑らかな動きでアスタの肩に腕を回した。


「久しく顔を合わせていなかっただろ?俺のこと忘れてるのかと思ってたよ、愛しい人(アルウェン)。」

「そういうお前は相変わらずだな。」


 彼の冗談にわざと呆れたように溜息をつき、アスタは笑ってその腕を払った。いくら旧知の仲でも城の中で肩を組んで歩くつもりはない。するとカイルは悲観するように首を横に振った。


「君は相変わらず俺に冷たい。」

「いつものことだろ。」

「肯定したくはないけど、いつものことだね。」


 そう言って肩をすくめると、彼は並んで歩き始めた。

 カイルはアスタよりも三つ年上で、騎士団に入ったのも二年先だ。アスタにとっては先輩に当たるのだが、先の戦を共に乗り越えてきた経験から二人の間にそういった遠慮や配所はない。スラリとした体型に飴色の瞳の甘いマスク。いかにも女性ウケが良さそうな彼は人間関係においても立ち回りが上手く、なんでも器用にこなす。まるでアスタとは正反対の人物だ。そんな二人の出会いは正に戦の真っ最中で、彼が一方的にアスタを気に入ったことから二人の関係が始まった。今からもう七年も前の話だ。


「今日はどうしたんだ?任務か?」


 アスタがそう声をかけると、カイルは「いや」と首を横に振った。

 彼は第十騎士団に所属している。アスタと違って隊長や副隊長の席には着いていない。第八と同じく遠方の警備についている第十の一般の騎士が王城にいることはまずない筈だ。


「君と同じ。グルドー大臣に呼ばれたんだ。」


 月例報告と部隊長会議の為に王城を訪れていたアスタは、会議後にグルドー大臣から召集を受けていた。グルドーは戦時中王の右腕として活躍した軍師でもあり、今も王命の下騎士団の任務や人事を指揮し、束ねる立場にある。隊長であるアスタが彼に呼ばれるのは分かるが、一騎士が直接召集されるなんて稀なことだ。


「何かやらかしたのか?」

「冗談でもやめてくれよ、アスタ。ウチの隊長の代わりに任務報告に来ただけさ。」


 初孫が生まれるんだと。そう言ってカイルは笑った。

 第十の隊長はもう五十後半になる。今日は月例報告の日だが、やっと国が平和になり、おまけに初孫が生まれるとあっては例え隊長であっても家を空ける気にはならなかったらしい。


「親バカだよなぁ。いや、じじバカか?」

「いいじゃないか。平和な証拠だ。」

「まぁね。おっと、この事は秘密にしといてよ。」


 宰相達には病欠という事になっているそうだ。通常は直接隊長の口から上げられる月例報告は、第十の分だけ書類の提出になっていた。まるで子供が学校をサボるような言い訳にアスタの頬が緩む。


「分かってるよ。そう言えば、ラミラ副隊長の具合はどうだ?」

「うーん。今月一杯は無理そうって話だったな。あの人も隊長と同じ位歳だからなぁ。」


 第十の副隊長が任務時に負った怪我のせいで長い間自宅養療していることは先月の報告に上がっていたのでアスタも知っていた。隊長・副隊長共に欠いたので、今日は代わりに彼が大臣の招集に応じたらしい。


「ここまで来たなら部隊長会議にも出席すれば良かったじゃないか。」

「冗談じゃない!俺は代理でも会議なんてモンに出るのはごめんだ。」


 大袈裟に悲観する仕草をして、カイルはしかめっ面を見せた。

 彼は騎士団に所属しているのが不思議なほど自由奔放な性格で、正直アスタは戦が終われば騎士団を抜けるものだと思っていた。何故か、と問えば「アスタがいるからに決まってるだろ?」としょうもない冗談が返ってくるだけなので、あまりそれについては深く話をしたことはない。今此処でカイルが明日騎士団辞める、と言ってもアスタは驚かないだろう。彼はそう言う人物だ。


「じゃあ、カイルはこれから第十に戻るのか?」

「まぁね。せっかく此処まで来たんだから、久しぶりに君の顔を見てから帰ろうかと思ってさ。アスタは?」

「俺は、これから第二の隊長室に呼ばれている。」

「第二に?」


 会議後、席を立つ際第二の隊長に声を掛けられ、先月行われた第八との合同任務について話があると言われていた。そこで先程一通り用事が済んだアスタは大臣の執務室から第二騎士団の詰め所へ向かう途中だったのだ。


「じゃ、せっかくだから送って行こう。」

「何だ。やけに紳士ぶるじゃないか。」

「俺は昔から紳士だろ?」

「そうだったか?」


 軽い冗談を交わしながら廊下を進む。アスタは短い旧友との時間を楽しんでいた。






 同じ隊長と言っても国王直属の第二騎士団と国境の警備をしている第八騎士団の隊長では格が違う。アスタが第二の詰め所へ赴くのは当然のことだ。

 一旦王城を出てカイルと別れ、東にある騎士団の詰め所となっている建物へ向かう。詰め所と言っても第一から第五騎士団までが詰めているとあって、広さも十二分にある石造りの立派な建物だ。

 アスタは入口を警備している隊員達に軽く挨拶しながら中に入った。広い建物内の三階に位置する第二の隊長室に辿り着くまでは十分程掛かる。窓の外から見える各隊の修練の様子を眺めながらゆっくりと歩を進めていると、やがて目的のドアに辿り着いた。


「第八部隊隊長アスタです。」


 ユフィリル国騎士団第八部隊、というのがアスタの属する隊の正式名称だ。普段は略して第八騎士団と呼ばれている。ドアをノックしてその名乗りを上げると「どうぞ」と短い返答があった。


「失礼致します。」

「やぁ。わざわざすまないね。」


 そう言ってアスタを出迎えたのは第二騎士団隊長ニコライ=オンラッドだ。アスタと同じ第八部隊に所属しているアーロンと同じ位の歳の筈だが、ユフィリルに古くからある名門貴族の一人でもある彼は一隊の隊長である威厳を持ち、尚且つその仕草や言葉の一つ一つに洗練された上品さがある。丁寧に整えられた口ひげは彼の几帳面な性格を表しているようだ。アスタは他の隊員達に比べて目だって背が高いわけではない。それに比べて長身のニコライは体のバランスがいい。髪には白いものが混じり始めているのに、彼が年齢より若く見えるのはそのせいかもしれない。


「そこに掛けてくれ。今茶を用意させよう。」

「ありがとうございます。」


 一礼して促されるまま来客用のソファに腰掛ける。この部屋もそうだが、備品一つをとってもやはり第八とは比べ物にならない。調度品が置かれている所を見ても必要最低限のものしかないアスタの隊長室とはまるで違った。それに茶を淹れるといっても第八では下位の隊員達がやるのだが、ここでは使用人の女性が用意してくれた。目の前に置かれたティーカップからは上品な香りが漂っている。


「合同任務の件でお話があると窺っていますが、報告した以外に何か問題がありましたか?」


 アンバへ献上品を届ける任務の件はすでに先月の内に城へも報告を済ませている。任務中に怪我人が出る事態となってしまったが、任務自体は無事に果たし、今更問題視されるようなことがあるとは思えなかった。

 するとアスタの心配をよそにニコライはふっと笑う。


「いやいや。そうじゃないんだよ。君と話をする口実が欲しかっただけさ。」

「口実、ですか?」


 予想しない答えに思わず唖然とする。そんなアスタの顔を見ながらニコライはティーカップに口をつけた。


「君はいつも通りこの後の夜会はサボるのかな?」


 咎めるわけでもなく穏やかな表情のままそう言われ、アスタは苦笑した。

 各隊の隊長には国王と宰相に月一の報告が義務付けられている。当然その日だけはいつも任務でバラバラになっている隊長達が顔をそろえることになり、彼らの日々の業務を慰労する為にその日の夜は大広間でパーティーが催されるのだ。参加は表向き自由となっているが、国王の参加は稀ではあるものの、各地方の権力者や貴族のお偉方も出席し、顔を売るには絶好のチャンスだと考える者も少なくはない。

 貴族方とのパーティーなんて形式ばったものが苦手なアスタはよく参加を辞退するか、なんだかんだ理由をつけて副隊長であるトレンツェを代理にしていた。


「これは手厳しい。それほどサボっているつもりはないのですが。」

「はははっ。隠さなくてもいいさ。もし今日も欠席のつもりなら、君と話すのは今のうちだと思ってね。」

「え?」

「一度君とはゆっくり話をしたいと思ってたんだ。」

「俺と、ですか?」

「グランご自慢の部下だった君とね。」

「・・・・。」


 アスタの顔を見るニコライの目にはどこか懐かしむような感情が浮かんでいる。彼も思い出しているのだろうか。その名を聞いた瞬間彼の顔を思い浮かべたアスタのように。


「自慢だなんて・・。」

「自慢だったのさ。あの頃、顔を合わせれば君の話ばかりしていたよ。懐かしいな。あれからもう五年か。」

「・・・・。そうですね。」


 戦時中だったあの時代の第八騎士団隊長の名はグラン=ハンバット。十五年以上隊長を務め、上下共に信頼の厚い人物だった。現在より人数も多く、徴兵によって集められた一般兵をも抱えていた統率の難しい隊を見事アーロンと共にまとめ上げ、そして何よりアスタに剣の道を示してくれた恩人でもある。だが五年前、前線で戦っていた彼は敵兵の矢に首を貫かれて倒れた。そしてアスタが次の隊長に指名されたのだ。アーロンの口から語られたグランの遺言によって。


「君は突然の任命にも関らず、若いながらに見事隊を率いてみせた。これが自慢でなくてなんだと言うんだい?」

「あの頃はただガムシャラだったんです。俺の力というよりはアーロンさんや仲間達のおかげですよ。」


 賛辞の言葉さえどこか申し訳なく感じて、それを誤魔化す様に茶を口にする。ニコライはそんなアスタを見て肩をすくめた。


「仲間といえば、君には優秀な部下が一人いるらしいな。」


 アスタが優秀だと思っている部下は沢山いる。誰のことだろうと内心首を傾げると、思い出したようにニコライが口を開いた。


「確か、ラムス・・、ダンジェ=ラムスだったか。」

「あぁ。彼を知っているんですか。」


 隊長格が知っている人物なのだからトレンツェの名が出てくるかと思ったが、意外な言葉にアスタは目を丸くした。戦時中に余程戦績を上げた人物でもなければ、他隊の隊員の名など知る機会はまずない筈だ。


「あぁ。ヨハンの報告書に名があった。合同任務の時には随分と世話になったとな。」


 その言葉に納得してアスタは一つ頷く。


「そうでしたか。彼は状況判断も優れているし、仲間の信頼も厚い。」

「成る程。君の信頼も厚いわけだ。」

「ははっ。そうですね。」


 ここで初めてアスタが彼らしい笑みを見せる。その表情を見てニコライは何かを確かめるようにうんうんと頷いた。


「アスタ君。」

「はい。」


 名前を呼ばれ、手元のティーカップをソーサーに戻して顔を上げる。すると彼は隊長ではない、まるで息子を見るような表情でアスタを見下ろした。


「君は自分の実力を過小評価しているようだが、一つ言っておくよ。」

「・・はい。」


 そんなことは、と言いそうになって口を噤む。相手は自分よりも格上の隊長。元々口答えの許される立場ではないが、それ以前にニコライが謙遜の言葉を望んでいないのが語尾の強さに現れていた。

 するとニコライの口元がにっと上がる。そうして笑うとどこかグランに似ている、と思った。


「優秀な仲間に恵まれるのも君の実力の一つだ。」

「・・・ありがとうございます。」


 姿勢を正して一礼する。その言葉は素直にアスタの胸の奥へと響いた。

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