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第二話 5.告白(3)

 

 アスタとは大通りで別れ、シンガーはジェシカと二人で話をしたあの場所に向かっていた。彼女はこの街に来て間もない。行動範囲はそれ程広くない筈だ。

 商店街を過ぎ、小道をひたすら走る。畦道に出て足を止めた。乱れる呼吸を整えて周囲を見渡す。


(いない・・・。)


 畑の広がるこの辺りは建物が少ない。当然灯りはほとんどなく、探し物をするのには適していない。でもだからこそ此処にいる気がした。

 彼女の姿を見逃さないようにゆっくりと歩きながら周囲を見る。声を上げて探せば彼女が逃げてしまう気がして、シンガーは黙々と探し続けた。

 すると二十分ほど歩いた所。一本の大木の下にしゃがむ人影が見えて、シンガーはそっと近づいた。その人物は膝を抱えて顔を伏せている。雲間から覗く月明かりに照らされているのは亜麻色の長い髪だった。


「・・ジェシカさん?」


 はっと息を呑む音がシンガーまで届く。弾かれた様に顔を上げたのは確かにジェシカだった。シンガーを見るなり立ち上がって再び逃げようとした彼女の腕をとっさに掴む。


「嫌!触らないで!!」

「ジェシカさん、待って!!」


 手を振り払われ、ジェシカはシンガーから距離を取る。その目は涙で濡れていた。次々と溢れ出す涙を拭うこともせずに、彼女はシンガーに言葉を叩きつける。


「どうして!どうしてあなたなの!!アスタさんのこと好きでもないくせにずるいよ!」

「・・・ジェシカさん。」


 本当ならアスタに追いかけて欲しかったに違いない。アスタの告白を知らないシンガーは、どうしてあなたなの?というジェシカの言葉をそう捉えていた。


「・・アスタさんだけなの。」

「え?」


 先程とは違い零すようにジェシカが呟く。その目はシンガーを睨むように見詰めている。


「私、ずっと貴族の家で過ごしてきた。親も親戚達も皆私を疎んだわ。子供を産めないなんて何の役にも立たないって。表向きは私の体を気遣ってるフリをしてても、裏じゃ私のこと馬鹿にしてた。親戚には愛人になるしかないって言われたわ。愛人なら子供が産めないのは好都合だろうって。」

「・・・・。」


 シンガーは黙ってジェシカの話を聴いている。実家のことはシンガーには関係ない。自分の体のことも知らない筈だ。完全な八つ当たりだと分かっていてもジェシカの口は止まらなかった。


「自由に外の世界で生きてきたあなたには分からないでしょうね。」


 貴族の娘と酒場の歌姫。世間的に見て羨まれるのはジェシカの方だろう。けれど自分で自由に言葉を発することも出来ない生活をしてきたジェシカにとって多くの客達に求められ、笑顔でそれに応えるシンガーに憧れさえ抱いていた。

 けれどシンガーから返ってきた言葉は予想外に暗い一言だった。


「・・自由って何?」

「え?」


 例え灯りのない夜でも月光に照らされたシンガーの表情が良く見えた。それは決してジェシカが羨む女性のものではない。まるで一枚の仮面を被っているかのように冷たく固い顔をしている。


「そんなもの私だって知らないわ。」

「・・・・・。」


 毎日笑顔で皆の前に立っているじゃない。自由に歌を唄って、誰にも縛れることなく日々を過ごしているんじゃないの?好きな所へ旅をして、好きなことをして来たんじゃないの?

 様々な疑問が思い浮かぶけれど、余りに苦々しい声を出すシンガーを前にしてそれを口にすることは出来なかった。


「あなたは確かに貴族の家に縛られて辛い思いをしたのかもしれない。でも、同時にあなたは守られていたでしょう?」

「・・私が、守られてた?」

「何もしなくても毎日食事が出てきて、着るものも寝る場所も与えられてきたはずよ。何も持たず、何も分からないまま一人放り出された私の気持ちはあなたにだって分からない!!」

「・・・シンガーさん。あなた・・」

「・・・。」


 ジェシカの驚いた顔が見える。胸の内を吐露した途端、シンガーはそれを後悔していた。

 こんなこと誰にも言うつもりはなかった。この事は追求されても詳しく話すことは出来ないのだ。けれど自分が自由だと言われたことが、今までの自分の苦しみを否定された気がして悔しかった。一人で戦ってきた恐怖も不安も全て無かったことにされた気がして黙っていられなかったのだ。ジェシカは自分をどう思っただろう。それを知るのが怖かった。

 だが、次に口を開いたジェシカはそのことには触れなかった。


「ねぇ。本当の事言って。アスタさんのこと、どう思ってるの?」

「・・・。」


 ジェシカからの二度目の問い。一度目は誤魔化した。じゃあ今度は?また逃げるの?アスタは何も言わなかったけれど、自分が足踏みしている間に恐らく彼女はアスタに想いを告げたのだろう。


 私はどうするの?私は――


「私は・・」

「好きなのね?」


 言えない。言ってはいけない。言葉にしたら、もう自分を誤魔化せなくなる。

 ジェシカのまっすぐな目がシンガーを射抜く。嘘をつくことを許さないその視線が、シンガーをがんじがらめにした。


「・・・・・・すき・・。」


 掠れるような声が唇から漏れる。頭が真っ白だった。けれどすぐに否定の言葉が浮かぶ。自分はアスタと共にいることは望んでいない。それをはっきりと彼女に伝えなければ。

 シンガーは早口で言葉を継いだ。


「でも私は」

「もういい。」


 けれどシンガーの言い訳など最後まで聞かずに、ジェシカは言葉を遮り目を逸らす。


「帰るわ。兄さん達の所に。」

「・・・・・。」


 何を言ったらいいのか分からなかった。謝るのは違う気がした。


「アスタさん。」

「!!」


 ジェシカの言葉に驚き振り返る。するとシンガーの数メートル後ろ。そこにはアスタが立っていた。いつからそこにいたのだろう。ジェシカからはずっとシンガーの後ろにいる彼の姿が見えていた筈だ。


(まさか、今の聞いて・・・)


 ジェシカは全て分かっていて先程の疑問をぶつけてきたのだろうか。けれどそれを確認している暇はない。ジェシカは既にシンガーの横を通り過ぎ、真っ直ぐにアスタの元へ向かっていた。


「迷惑かけてごめんなさい。」

「いや、いいんだ。俺の方こそごめんな。」


 その言葉に一瞬泣きそうな顔になるが、それでも微笑んでジェシカは首を横に振った。


「アスタさんを好きになって良かった。」


 強がりじゃない。ジェシカは心からそう思っていた。初めて自分から人を好きになって、自分の心の内を曝け出すことが出来た。それはアスタのおかげだと思うから。


「ジェシカ・・。」

「それじゃ。」


 涙を拭ったジェシカの笑顔は綺麗だった。決して振り返らずに彼女は街の方へ戻って行く。アスタは黙ってそれを見送った。

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