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第二話 5.告白(2)

 

 ドアベルが控えめな音を立てる。歌を終え、再び客席で常連のお客相手に接客していたシンガーは入口に目を向けた。すると二人分の背中が見える。それはアスタとジェシカだった。もう帰るのだろうか?そう思ったが、いつもアスタが帰る時間より大分速い。


(デートかしらね・・・。)


 自分で思って嫌になる。やはり先程唄った歌のように自分の心は届かないのだろう。


(届いて欲しいと思っていないくせに、何考えてるんだか・・・。)


 思わずついてしまった溜息が聞こえたのか、丁度横を通ったキャシーがシンガーの顔を覗き込んだ。


「どうかした?」

「え、あぁ。何でも。」

「そう?ちょっと疲れたんじゃない?外の風にでも当たってくれば?」

「あ・・・、うん。そうさせてもらおうかな。」


 キャシーの思わぬ提案に頷き、お客さん達に断りを入れてシンガーも二人を追うように外へ出た。するとすぐに酒場が並ぶ通りを西側へ歩いていく二人の姿が目に入る。方向からするとやはり家に帰るのではなさそうだ。

 ドクン、と心臓が音を立てた。二人がどこへ向かおうとシンガーがそれを止めることは出来ない。そんな権利は持っていない。放っておけばいいのだ。目を逸らして店に戻ってまた接客を続ければいい。たまにはお酒を飲んでお客さん達と笑っていれば、その内二人のことなんて忘れてしまうだろう。

 それが分かっていてもシンガーの足は動かなかった。それどころか一歩一歩足音を殺して二人の後をつけてしまう。


(こんなの、タチが悪いわ。)


 頭の中でそう思っていても足は止まらない。しばらくすると二人の姿が横道に消えた。イルの街には北から西にかけて一本だけ緩やかな小川が流れていて、多少の川魚が獲れるがほとんどが水車を回すのに利用されている。夜になれば人がいなくなるその場所に二人は向かっているようだ。

 シンガーは息を呑んだ。ここならまだ二人に気づかれずに引き返すことが出来る。覗きなんて非常識なことはしたくない。

 無意識に両手を胸の前で握り締める。唇を噛んで足を動かした。






 小川の水音に混じって虫の鳴き声が溢れている。それに耳を傾けながら、アスタはジェシカと共に流れに沿ってゆっくりと散歩していた。ジェシカが酒に酔ってしまったかもしれないと言うので、酔いを醒ましに二人でここに来たのだ。


「静かな所ですね。」


 ジェシカの言葉にアスタは小川に目を向けつつ頷いた。


「うん。この辺りは水車ぐらいしかないからね。ジェシカは最近イレーヌの実家の手伝いをしてるんだって?」

「はい。やっぱりお世話になってるだけじゃなくて何か仕事をしたくて。実家にいた頃はそれも出来なかったですから。農業なんて初めてで大変ですけど、それでも自分で何か出来るのは楽しいです。」

「そう。良かった。」


 優しい顔でアスタが笑う。それが自分に向けられるだけでジェシカの心臓が大きな音を立てる。気づけば足が止まっていた。


「ジェシカ?」


 ふいに立ち止まった彼女に気づいてアスタが振り返る。するとジェシカは何故か真剣な表情で自分を見つめていた。


「・・どうした?」

「アスタさん。私・・」


 ジェシカが一歩近づく。そしてアスタを見上げた。彼女の唇が震えている。


「好きです。」


 同時にジェシカの両手がアスタの肩に触れる。その手にほんの少し彼女の体重が掛かった瞬間、アスタの唇にジェシカのそれが重なった。

 一瞬の出来事。残ったのは唇の感触とジェシカの香り。


「・・・ジェシカ。」


 まさか彼女が自分に想いを寄せているとは思いもしなかったアスタは唖然と彼女を見返した。今目の前に立っているのは深窓の貴族の娘ではない。自分で想いを伝えることの出来る強さを持った一人の女性だった。初めて会った時の印象とはまるで違う彼女の姿に、アスタは恋愛ではなくまるで兄のような心情になる。

 やはり自分の心にいるのはただ一人なのだ。そう実感した。


「ごめん俺・・・。」

「シンガーさんですか?」


 間髪入れずに言われたその言葉に驚きつつ、アスタは素直に頷いた。


「・・うん。」


 シンガーの名を聴いてアスタの表情がほんの少し緩む。それが分かってジェシカの心に暗い影が落ちる。

 こんなの卑怯だって分かってる。けれど口を開かずにはいられなかった。


「でも、彼女はアスタさんのことなんて好きじゃないって言ってました。」


 決して嘘はついていない。ジェシカが自分にそう言い訳していると、アスタがジェシカに真剣な顔を向ける。それはジェシカが見たことのない男の顔だった。


「彼女がどう思っているかは関係ない。俺が彼女を好きなんだ。」

「っ・・。」


 あんなことは言いたくなかった。自分が卑怯な女になると分かっていたから。けれどどうしてもアスタを逃したくなくて言った言葉だったのに。それでもアスタは自分を選んでくれないのだ。


「ジェシカ!?」


 ジェシカは突然来た道を走り出した。追いかけるべきか一瞬悩んだが、今は夜。やはり一人にしておけなくてアスタも彼女を追って駆け出す。 

 小川から街の通りに出る曲がり角。そこから飛び出した所で小さな悲鳴が聞こえた。


「きゃ・・・」

「あ、ごめん!」


 曲がった所でそこにいた人にぶつかりそうになってしまい、とっさに謝罪する。するとそこに立っていたのはシンガーだった。


「シンガー・・・。」

「あ、あの、私・・」


 結局あの後シンガーは立ち去ることも出来ず、かといって追うことも出来ずにその場に立ち尽くしていたのだ。突然飛び出してきたアスタに驚き、シンガーは何も言えずに彼の顔を凝視してしまう。

 なぜ此処に?疑問がアスタの頭を掠めたが、ジェシカを追うのが先だと判断して辺りを見回す。けれど彼女の姿はどこにもない。


「悪い。ジェシカを見なかったか?」

「いえ。見てないですけど。」

「逆だったか・・。ありがとう。」


 アスタはそのまま店と逆方向に駆け出した。


「あの!私も探します!!」

「うん。ありがとう。」


 二人の間に何があったのかは分からない。けれどシンガーにはジェシカを放っておくことが出来なかった。アスタに想いを寄せ、嫉妬に苦しむ。シンガーにとってジェシカはもう一人の自分なのだから。

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