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第二話 4.任務(2)

 

 * * *


 窓の外ではしとしとと雨が降っている。今日もか、とアスタは溜息をついた。

 今日は第二騎士団との任務の日。それほど難しい仕事ではないとは言え、外での行軍にやはり雨は適さない。外で訓練に励んでいた騎士達は二時間ほど前から詰め所に避難していて、やることもなく暇そうだ。

 外の警備の様子でも見てこようか。そう思ってアスタが席を立つと同時に隊長室の外が騒がしくなった。


(なんだ?)


 確かめる為にドアを開こうと手を伸ばすが、それは空を切った。先に外からドアを開けた者がいたからだ。


「アスタさん!」

「ロニ。」


 ずぶ濡れの姿で隊長室に飛び込んできたのはロニだった。彼は第二との任務にあったっていた筈だ。下は泥で汚れていて、彼の表情から何か問題があったのだとすぐに分かった。

 トレンツェの時とは違い、ロニは許可を得ずに話し始める。


「やはり、南山間部の山道で土砂崩れが起きました。うちと第二の数名がその被害に。ダンジェさんから救援を頼むようにと。」

「あの道を通ったのか!?」


 雨が降り出した時点でどちらにせよアスタが気にしていた道は通らないだろうと思っていたのだ。ロニは叱責を覚悟して唇を噛んだ。


「あの・・」

「いや、すまない。今はそれどころじゃないな。救援が先だ。」


 アスタが走って騎士達の元へ向かう。アスタの背を見て、ロニは安堵と共に張り詰めていた緊張感が緩むのを感じていた。それはトレンツェの下にいては感じることの出来ない安心感だった。






 ダンジェが危惧していた通り、やはり二回目の土砂崩れが起こった。今回はダンジェ達がいた所からは少し離れた場所だった為に新たな被害は起こらなかったが、それでも騎士達の焦燥感を煽るには十分だ。未だ見つけることの出来ない騎士もいて、ダンジェは汗だか雨だか分からない額の滴を乱暴に拭った。

 雨と土砂で足場は最悪に悪い。斥侯とトレンツェ以外の第八の人間を残したと言っても、動けるのは十人もいない。作業はやはり捗らなかった。不安に顔を歪ませる騎士達を叱咤しながら、ダンジェは誰よりも救出に奔走した。


「ダンジェさん!」


 下方にいた若い騎士が呼ぶ声に顔を上げる。すると馬が一騎こちらに向かってくるのが見えた。間違いない。それはアスタだ。


「アスタ!」

「遅くなってすまない。現状は?」


 素早く馬から下り、後ろに乗っていたロニに手綱を渡す。詰め所でアスタは必死に駆けてきたロニに休むように言ったのだが、頑として彼はそれを受け付けなかった。そこで案内の名目でアスタの後ろに乗せ、ここまで同行したのだ。彼らの後ろから二十名ほどの騎士達がこちらに向かっているのが見える。


「こっちは後二人姿が見当たらない奴がいる。救出した奴等は上に避難させているが、第二の中に足を骨折しているのがいるんだ。」

「分かった。ハンセンとウィズにはテトの街で医者の手配を頼んでいる。下にアーロンさんが馬車を待機させてるから怪我人はそれで運ぶ。そっちを任せていいか?」


 これまで救出作業を続けていた騎士達は体力が落ちている。それを見越した上でダンジェ達には怪我人の搬送、アスタ達は救出活動を受け持つつもりなのだ。ダンジェは彼の意図をすぐに理解して頷いた。そして速やかに行動に移す。

 アスタは後方から追いついた騎士達に指示を下し、彼らが道具を下ろすのを手伝って救出作業を再開した。

 作業開始から二十分ほどで雨が止み、ロニが見上げた頭上では雲の隙間から夕暮れの光が差し込んでいた。






 ゴトゴトと馬車が舗装されていない道を進む。雨上がりの道にはあちこち水溜りが出来ていて、時折車輪がその上を通り過ぎてバシャッと音を立てた。未だ空は雲が多いが雨を降らせる程重いものは既に無く、オレンジ色の光が濡れた大地に降り注いでいる。

 ザックは今御者台に座っていた。既に鎧は脱いでおり、左肩には包帯が巻かれている。彼も土砂災害の被害者なのだ。アスタ達が到着してから救出され、今はテトの街へ向かう馬車に乗っている。彼の隣には手綱を握るアーロンがいた。

 幌のついた荷台にはザックと同様応急手当を施された騎士達が乗っている。打ち身や打撲だけの軽傷者が多かったが、中には足や腕を骨折している者もいた。ザックも荷台の中に運ばれたのだが、既に騎士達で一杯のそこを断わってアーロンの隣に座っているのだ。


「・・アーロンさん。」

「あ?」


 前を見ていたアーロンの目だけがちらりと横のザックを見る。まだ顔色が悪く、あちこちに痣や擦り傷が出来ていた。


「すいませんでした。」


 彼の言葉にアーロンは片眉を上げる。そしてフンと鼻を鳴らした。


「謝る必要がどこにある。」

「俺、・・結局、アーロンさんに助けられてばっかりだ。」


 土砂と共に落ちてきた木の下敷きになっていたザック救出には人手が必要だった。ロープを使ってどかそうにも足場が悪く、踏ん張りが利かないのでは中々動かせない。そこに手を貸したのは下で待機している筈のアーロンだった。アスタが驚き声をかけると「モタモタしているようだったから様子を見に来た」とまるで散歩に来たような口ぶりで言った。そして倒れた木の下に手を差し入れると、慌ててアスタがそれに続く。次々に騎士達が助けに入り、合図と共に木を持ち上げてザックをその下から救い出したのだった。


「若造が偉そうな口きいてんじゃねぇよ。お前みたいなぺーぺーの世話になる程、俺はまだ落ちぶれちゃいねぇ。」

「・・・そういう意味で言ったんじゃないんですが。」


 複雑そうな顔をするザックをアーロンは鼻で笑った。


「どうせお前は恩返しでもするつもりだったんだろ。」

「・・え?」

「ガキが余計なこと考えてんじゃねぇよ。」


 恩返し、とは確かにザックの思っていたことだ。そして騎士団に入った目的でもある。それを知っているのはアスタだけで、彼がアーロンに話したとは考えにくい。ザックは唖然としてアーロンの横顔を見た。


「アーロンさん。・・俺のこと覚えていてくれたんですか?」

「お前、どこまで俺のこと年寄り扱いする気だ。」

「え、いや、そうじゃなくて・・。」

「いーから。怪我人は大人しくしてろ。」

「・・・はい。」


 感動の再会とはならなかったが、アーロンらしくて嬉しさと共に泣きたくなった。目を逸らして下を向く。この人の前で、子供のように泣く姿など見られたくない。

 道の先にテトの街が見えた。仲間が二人、医師の手配をして待機している筈だ。どこかこそばゆく温かいこの空気も、後少し。

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