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第二話 3.ジェシカ(1)

 

 雲ひとつない快晴の日。アスタが眩しさに目を細めたのは太陽の光のせいではない。原因はそれを反射して輝く真っ白なウェディングドレスだ。

 幸せ一杯の表情でドレスに身を包んでいるのはバールの娘、キャリー。イルの街唯一の教会で挙げられた結婚式は人々の笑顔で溢れた素晴らしいものだった。その後に開かれたパーティーにはアスタだけでなく、ダンジェ夫婦も共に出席する事になっている。


「バール。おめでとう。」

「よう、アスタさん。来てくれたんだね。」

「いつもお世話になってるからね。」


 アスタはガーデンパーティーの一席にいたバールを見つけて隣に腰を下ろした。そこには新郎新婦の親戚・友人達は勿論、近所の知人、店の馴染み客まで駆けつけて中々賑やかなものになっている。

 一人娘を嫁に出す親の気持ちはアスタには分からないが、バールの顔は嬉しそうに緩んでいた。


「新郎は隣町の人なんだって?」

「あぁ。ウチの店に酒を卸してる酒造でね。中々気のいい奴なんだ。」


 すると次々に招待客がバールに挨拶にやってくる。一週間前に参加したトルテ侯爵のパーティーとは違い手作り感たっぷりの会場だが、太陽の下で笑い合う人々はあの豪華な会場にも負けないほど華やかだ。

 アスタはバールに軽く挨拶して席を立った。


「アスタさん!」


 呼ばれた声に振り返る。そこにいたのは薄いグリーンのドレスに身を包んだシンガーだった。サイドにまとめられた髪を飾っているのは細い花弁のついた白と黄色の生花。店にいるのとは違う、美しいいでたちに思わず目を奪われてしまう。

 笑顔でアスタの前に立ち、シンガーは膝を曲げて挨拶をした。


「こんにちは。いらっしゃってたんですね。」

「あぁ。今バールに挨拶してきた所だよ。」


 いつもよりも華やかな彼女に動揺しつつ、アスタの顔は自然と笑顔になる。


「ドレス・・」

「え?」

「よく似合ってるよ。」


 ストレートな褒め言葉に、一瞬何も言えなくなってしまったのはシンガーの番だ。彼女は少し頬を染めて笑顔を返した。


「ありがとうございます。」

「今日は、もしかして歌を?」

「はい!後でお祝いの歌を唄わせて貰う予定なんです。」

「それは楽しみだな。」


 二人並んで新郎新婦に挨拶しようと移動する。だが流石に主役の周りにはお祝いの言葉をかける人々が集まっていて中々たどり着けそうにない。仕方なく人が減るまで近くの空いた席に座ることにした。

 アスタは二人分のグラスを受け取り、馴染みの顔から酒を注いで貰いシンガーに手渡す。


「酒は飲まないんだったよね?」

「はい。ありがとうございます。」


 アスタは発泡酒、シンガーには果実ジュース。二人は新郎新婦に向けて乾杯する。


「もしかしてアスタさんも近々ご結婚なさるんですか?」


 突然のシンガーの言葉にアスタは口にしていた酒を噴出しそうになり、慌てて口を手で押さえた。


「なっ・・・、何で。」


 酒が気管入ってしまったのか、苦しそうに咳きをするアスタの背中をシンガーは慌ててさする。


「すいません。お店のお客さん達から、アスタさんがお見合いしたって聞いたので。」


(あぁ。その話か・・・・)


 アスタは一気に訪れた疲労感にぐったりしながら口を開こうとした。だがそこに別の声が割り込む。


「その話俺も聞きてぇなぁ。」


 ニヤニヤとシンガーに介抱されているアスタを見下ろしながら、いつの間にかテーブルの前にはダンジェが立っていた。彼の後ろにはイレーヌもいて、明るいグレーに銀の刺繍が入ったドレスに身を包んでいる。その腕にはオレンジ色のドレスを着た娘のミリが抱かれていた。


「お久しぶりですね、アスタさん。シンガーさんも。」

「イレーヌ。」


 アスタとシンガーは席を立つとそれぞれイレーヌと挨拶を交わした。俺には無しかよ、というダンジェにシンガーが笑って握手を交わす。

 すると二人の後ろにいる若い女性がこちらの様子を窺っているのが見えた。ゆるくカールした亜麻色の髪。同じ色の瞳が心もとなさそうにしている。アスタの視線に気付いたのか、ダンジェが後ろを振り返った。


「あぁ。二人とも初めてだったな。ジェシカ!」


 ダンジェが声をかけると先程の女性がダンジェとイレーヌの間に立った。細身でイレーヌよりも身長が低い。薄い黄色のドレスを身に纏った彼女はどこか儚げな印象がある。


「俺の妹のジェシカだ。先週からうちで同居してる。」

「妹さん?」


 ダンジェに妹がいるのは知っていたが実際会うのは初めてだった。彼の兄弟は皆彼の実家にいると聞いていたのだが。


「ジェシカ。こっちは第八騎士団の隊長でアスタ。俺の上司。隣がバールの店で働いてるシンガー。」


 シンガーを紹介する際、彼がアスタの方に意味ありげな視線を投げかける。それに気が付いていたが、言及はせずにアスタは笑顔でジェシカに手を伸ばした。


「はじめまして。アスタです。」

「ジェシカです。兄がお世話になっています。」


 握られた手は白く、指が細い。いかにも貴族の娘といった感じだ。ジェシカはあまり人と話をするのが得意ではないのか、挨拶を交わすとすぐに下を向いてしまう。それはシンガーとも同様だった。


「すまないな。あまりこういう場は慣れてないんだ。」


 ダンジェのフォローの言葉の後、皆で同じ丸テーブルに着いた。軽く乾杯を交わし、シンガーは隣に座ったイレーヌに抱かれているミリをあやし始める。ミリは大分ご機嫌のようで、ずっと嬉しそうにシンガーの手を握っていた。やはり赤ん坊でも会場の幸せに溢れた空気を感じ取ることが出来るのかもしれない。

 するとアスタの隣に座ったダンジェは、空いた彼のグラスに酒を注ぎながら意地の悪い笑みを見せた。


「それで?見合いがどうなったって?」


 話が流れなかった事に落胆しながら、どうせいつかは話すことだとアスタは腹を括る。顔は苦笑いになってしまうがそれは仕方ない。


「話自体無くなったんだよ。」

「何?どういう事だ?」


 眉根を寄せるダンジェに、アスタはかいつまんで事の次第を話して聞かせた。長女のソフィーには恋人がいたこと。家の問題を抱えて一緒になれないと嘆く彼女を説得し、侯爵と話をするよう促した事。そして次女の言葉と二人の決意を前に侯爵も首を縦に振ったこと。

 全てを話し終えると、イレーヌが楽しそうに感想を漏らした。


「凄い話ね。まるで小説みたい。」

「そこで世話を焼く所がお前らしいな。」


 夫婦の感想にアスタは肩をすくめた。


「どうも放っておけなくてね。話をしない内から諦めることもないだろ?」

「お人よしも程ほどにしとけよ。お陰でお前は嫁を貰う機会を逃した。」

「ダンジェ・・。俺が元々乗り気じゃなかったこと知ってるだろ?」

「まぁ、貴族の婿養子なんてお前には似合わないな。」


 二人の会話を聞きながらシンガーはこっそり息を吐いた。

 あれだけ店の客達が噂をしていれば当然見合いの話はシンガーの耳にも届く。知っている人の見合い話となれば自分も気になるのは仕方ない。そうどこかで自分に言い聞かせていた。何故気になるのか、それを自分の心に問う事をシンガーはしなかった。


「ジェシカさんは、もうこの街には慣れた?」


 不意にアスタに声をかけられ、ジェシカは慌てて顔を上げる。


「あ、いえ。まだ行ってない場所が沢山あるんです。」

「あぁ。まだここに来て一週間だっけ。」

「はい。お義姉さんに色々教わっている所です。」


 するとそこに突然大きな声が割り込んできた。


「アスタ!!」


 脇に思いっきり抱きつかれ、アスタはとっさにそれを受け止める。力いっぱいアスタに抱きついてきたのは桃色のドレスを着たマナだった。


「マナ。相変わらず元気だな。」

「えへへ~。」


 すると母のターナも姿を現した。突然自分の横からいなくなったマナを慌てて追いかけてきたらしい。ターナはアスタ達と挨拶を交わし、シンガーに声をかけた。


「シンガー。そろそろお願いしたいって。」

「はい。すぐ行きます。」


 彼女が立ち上がると、空いたその席ににぴょこんとマナが座る。


「マナここに居る!!」

「はいはい。皆さんにご迷惑かけちゃダメよ。」

「はーい!シンガー頑張ってね。」


 シンガーは軽く手を振ってそれに応えてからターナと共に新郎新婦の下へ移動した。


「何か始まんのか?」


 ダンジェの疑問にマナが得意げに手を挙げる。


「はいはい!マナ知ってる!シンガーが歌うのよ!!」

「へぇ。彼女の歌を聴くのは初めてだわ。楽しみね。」


 店に来た事がないイレーヌはそう言ってジェシカに声をかけた。どうやらジェシカはシンガーが歌手であることを知らなかったらしく、ダンジェから説明を受けている。

 しばらく待っていると、沢山の拍手が会場を包んだ。バールの店の客が招待されている事もあり、シンガーが姿を現すと皆これから始まることを分かったようですぐに会場は静かになる。彼女は新郎新婦に、そして招待客皆に向けて一礼した後、ゆっくり息を吸い込んだ。



“穏やかな風が吹く 美しい空の下

 鳥達が翼を広げ 幸せな二人を祝福する

 誰が止められるだろう 未来への道を

 誰に隠せるだろう 溢れる気持ちを


 キラキラ輝く光の滴 降り注ぐは二人の頭上

 天の贈り物に手を伸ばせば 大地に笑みが満ちていく”



 舞台は緑の芝が広がる大地。ランプの代わりに陽の光がシンガーを照らしている。夏の風が彼女のドレスの裾を揺らした。夜とは違う彼女の姿は何もかもが眩しくて、アスタの目が細められる。



“愛を教えてくれた人 愛を与えてくれた人

 全てに感謝の言葉を贈り 明日へと一歩踏み出す二人  

 人々は笑みを零して 喜びの賛歌を歌う

 光で溢れた未来を選ぼう いつまでもあなたと共に


 キラキラ光る天の橋 七色の虹が空に架かる

 二人が空を見上げた時 天の祈りが二人を包む”



 邪魔をしないようダンジェはこっそりアスタの横顔を見た。彼の目は真っ直ぐシンガーに向けられていて、若々しい感情が見て取れる。熱くけれど穏やかで、憧憬すら含んでいるように見えた。

 不器用な親友がシンガーとの恋愛を成就させることが出来るのかは分からないが、幸せが溢れるこの場で少しでも上手くいけばいいと思う。

 ダンジェは黙って彼から目を離した。自分の耳にもシンガーの歌声が流れ込んでくる。



“キラキラ揺れる水面にそっと 指浸して波紋が広がる

 隣の笑顔がそこに映って その喜びに水は震える

 キラキラ眩しい笑顔にきっと 全てのものが振り返る

 花の香りが二人を包み 風は唄う お幸せにと”



 アスタがこれまで聞いた中でも一番大きな拍手が彼女を包んだ。その歌声は誰よりも優しく、どんな歌よりも喜びに満ちていて今日この場に相応しい。

 会場の誰もが歌の通りに笑顔を見せる。シンガーは皆の前で丁寧にお辞儀をした。

 彼女の笑みも歌声も、何もかもがアスタの中に刻み込まれて胸のどこかが苦しくなるのをアスタは喉に流し込んだ酒で誤魔化した。

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