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第二話 2.婚約(2)

 トルテ侯爵の姿を見つけた時、彼はリリアを伴い客の一人と話をしている所だった。アスタはソフィーをエスコートして侯爵の前で一礼する。緊張からくるソフィーの硬い表情を見て、アスタから声をかけた。


「トルテ侯爵。」


 二人に気付いた侯爵は話していた相手に断わりを入れてこちらに笑顔を向けた。少し話をしたいと言えば増々笑みを深くする。何を期待されているかは一目瞭然。だが、残念ながらそれを叶えることは出来ない。

 アスタ達は比較的人の少ない場所まで来るとリリアとトルテ侯爵にソファを勧めた。侯爵は新しいグラスを手に取る。アスタも勧められたが流石に断わった。


「ウチの娘が何か失礼な事などしませんでしたかな?」


 言葉の内容とは違い、満面の笑みで侯爵はアスタを見上げた。


「えぇ。勿論。素敵な娘さんをお持ちですね。」

「あはははっ。隊長殿はお世辞が上手い。城に出入りしている美しい女性達を見慣れていては、物足りないのでは?」

「とんでもない。ソフィー嬢もリリア嬢も城でお会いしたどのご婦人方より魅力的だと思いますよ。」


 いくら侯爵の娘とは言え、普段言い馴れないお世辞に心の中だけで苦笑する。まさかこんな言葉が自分の口から出てくるなんて思わなかった。きっと仲間達が見たら驚くことだろう。

 そんなアスタのお世辞でも機嫌を良くしたのか、侯爵はあっと言う間にグラスを空にした。アスタが新たなグラスを取って侯爵に手渡す。


「実は聞いていただきたいことがありまして。」

「どうしたんですか、改まって。」


 アスタが隣に立っていたソフィーに目線を送る。彼女は慎重に頷き、前でぎゅっと両手を握った。


「お父様、その、お見合いの話なのですが・・。」


 すると侯爵は顔色を変えた。ちらりとアスタの顔色を窺ってから慌てて口を開く。


「お前、それは」

「アスタ様はもうご存知です。」


 再び自分の顔を見た侯爵にアスタは一つ頷いた。


「そ、そうでしたか。」


 ハハハッと小さな笑い声を漏らす。けれど正式な話をする前にアスタに伝わってしまった事が気まずいのか、その声に力は無い。いかにも愛想笑いといった風だ。侯爵は落ち着かない様子でソファの上に座り直した。


「お父様。私、私は・・」


 叱られるかもしれないという恐怖の為か、それとも父親の期待を裏切るのが怖いのか。ソフィーの口から言葉が出てこないようだった。アスタもそして父親の隣に座るリリアもじっと彼女の言葉を待つ。


「私、アスタ様にお見合いの話は聞かなかったことにして欲しいとお願いしました。」

「何!?」


 侯爵は大きな声を上げて立ち上がる。同時にソフィーの肩がびくっと奮え、アスタは彼女の背にそっと手を添えた。


「馬鹿な。何故そんなことをしたんだ・・。」

「私・・・、お父様には今まで黙っていましたが、お慕いしている人がいるのです。」


 だが、その言葉を聞いても侯爵は驚く表情を見せない。


「ご存知だったんですね?」


 アスタが指摘すると、驚いたのはソフィーの方だった。


「え?」

「・・あぁ。クルス君だろう。」

「どうして・・・。」


 信じられないのか、唖然とソフィーは父親を見上げていた。その目線から逃れるように侯爵は娘から目を逸らす。


「昔からの付き合いなんだ。お前達を見ていれば分かるさ。だが、コラーシュ家には彼の他に跡継ぎはいない。コラーシュとの婚姻が不可能な事はお前も承知していると思っていたがな。」

「・・それは。」


 確かに彼女はその事を十分過ぎるほど理解している。どちらの家も存続がかかっているとなれば譲れない問題だ。

 黙ってしまった娘に侯爵は言葉を続けた。


「しかもあちらは子爵。家柄はうちよりも下だ。お前もこの家の長女ならばトルテ家のことをまず考えろ。自分の願いだけを貫こうとするなど愚かな行為だ。」


 添えた手からソフィーが震えているのが伝わってくる。もう彼女の意思は折れてしまったようで、これ以上口を開く事はなさそうだ。

 ドサッと再び侯爵がソファーに身を沈める。深い溜息が聞こえると増々彼女は下を向いてしまった。


「トルテ侯爵。」


 アスタの声に侯爵は眉根を寄せた。話が家の問題なのだから部外者には口を挟んで欲しくないが、巻き込んでしまったのは自分達の方だ。どう対応すればいいのか迷っているのだろう。


「これは俺の友人がよく言っていた言葉ですが・・」


 それを聞いてソフィーも顔を上げる。アスタは親友の顔を思い出し、自然に口元に笑みが浮かんだ。


「家というのはそこに住む人のことを指すのであって、家族が幸せでなければ家の繁栄などあり得ないそうですよ。」

「・・・・・。」


 侯爵の目に迷いが表れる。同時にソフィーの目からは涙が零れた。ずっと張っていた緊張の糸が緩んだようだ。


「し、しかし・・・。」


 侯爵の目が泳ぐ。そこに若い声が飛び込んできた。


「サムエル様!」


 振り返れば、彼らの前に立っていたのはソフィーの恋人クルス=コラーシュだった。慌ててこちらに駆け寄ってきたようでその息は乱れている。


「クルス・・。」


 アスタがソフィーの傍から離れると、彼は彼女の涙に驚きながらその手を大切そうに両手で握り締める。そして侯爵に頭を下げた。だが侯爵は座ったまま厳しい表情で出迎える。


「何の用だ。クルス。」

「申し訳ございません。リリア様から、ソフィーと見合いの件で話をしているとお聞きしまして。」


 いつの間に席を立っていたのか、確かにリリアはクルスの後ろに立っていた。どうやら彼女がクルスに今の事態を伝えに行っていたらしい。


「本来なら、俺の口からご報告しなければならない事でした。申し訳ございませんでした。」


 深々とクルスは頭を下げる。それを追うようにソフィーも頭を下げた。


「・・・・。」


 複雑そうな顔で侯爵は二人を見つめている。


「お前は、ソフィーをどうする気だ?」


 顔を上げたクルスの目には真剣な色が見えた。


「お許しいただけるのであれば、婚約者として家に迎えたいと思っています。」

「お父様・・」


 娘の顔を正面から見ることが出来ないのか、侯爵はクルスを睨んだまま言った。


「だがそれでは我が家はどうなる?自分の問題が解決すればそれで良いと言うのか?」


 侯爵が反対する一番の理由はやはりそこなのだろう。それが解決しなければ、彼は二人を許してくれることはないのかもしれない。

 アスタが口を開こうとしたその時、誰より先に声を上げたのは次女のリリアだった。


「だったら、私が婿養子を取れば良いのでしょう?」

「・・リリア。」


 その場にいた全員が彼女を振り返る。リリアは父親の隣まで来て彼の手を握ると、父親の隣に再び座った。


「お父様。クルス様が私の義兄になって下されば、私も嬉しいわ。何より、私たちの大切なお姉様が幸せになれるんだもの。そうでしょう?」

「リリア・・・。」


 この場で誰よりも冷静だったのはたった十二歳のリリアだったようだ。しばらく苦い表情をしていた侯爵も次女の説得にようやく首を縦に振った。


「分かった。お前がそう望むのだったら、二人の婚姻を許そう。」

「お父様・・!!」


 ソフィーが涙を零しながら侯爵に抱きついた。やはり娘を大切に思う気持ちは変わらないようで、侯爵も彼女を控えめに抱き返す。

 ここまで来ればアスタの出番などどこにもない。控えめに一礼し、黙ってその場を後にした。

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