希望のはざま
あまりにも突拍子のない告白を前に硬直していると、ナシュがゆったりと語りだす。
「勇者メイゲル・シュラインによって、メリウス王国に出現したドラゴンは討伐されました。その際多くの犠牲が生まれ、戦いが終わった後には悲痛な光景が広がっていた……私は、その一部だったんです」
何が言いたいのかはよく分からない。しかし、何のことを言っているのかは分かった。
2年前、俺がミクア王国を追放されるきっかけになった事件、ドラゴン討伐のことを言っているのだろう。
「私のいた旅団は不運にも通りがかっただけでした。ドラゴンとミクア王国軍との戦闘を目撃した時には、すでにドラゴンの攻撃範囲に入っていた……数多の悲鳴と血が飛び交いました。とても悲痛で、混沌と化していた」
「……恨んでるとでも言うのか?」
「滅相もありません。私は感謝しているのです」
これまたよく分からないことを言う。
ドラゴンが暴れ、無差別に攻撃を続けたのは俺の責任だ。あの場で失われたすべての命は俺の采配1つで救われていたかもしれないもの。はっきり言って、俺にとっての呪いでしかない。
あえて、俺の心身をむしばむ毒、みたいに言ってもいいかもしれない。
それに対して感謝とは、いったいどういうつもりか。
「私は旅団の奴隷でした。自由も未来もなく、ただ使い捨てられるだけの運命……そのはずだった私の世界を、あなたは打ち砕いてくださった。まさしく勇者、希望をもたらす存在。……崩壊の先にある希望を、あなたは見せてくれたのです」
そんな風に言って、ナシュは笑った。
ナシュの目には、空の雲を割き、光をもたらす俺の姿でも見えたのだろうか。むしろ俺が雲を呼びよせているとはみじんも考えずに。
それとも、雲を呼ぶその姿こそが、ナシュにとっての勇者なのだろうか。
いや、重要なのはそこじゃないか。
「それで、どうして愛しているってなったんだ?」
「愛とは何よりも情熱的な感情のことです。崇拝よりも高等な、上質な感情です」
「……そうか? いやまあそれもどうだっていい。愛されてるだなんだで意識がそれた。お前らはそもそもなんであそこで騒ぎを起こしてたんだ? なんか、一方的に絡まれてたってわけじゃなさそうだったよな?」
そう。もとより聞きたかったのはこっちだ。正直ナシュは顔面偏差値高めなので直球で愛してるとか言われると何とも思わないわけではないのだが……こいつも童顔なんだよなぁ。
俺、どうしてこんなに年下に好かれるんだか。
というのはどうでもよくて。
さあどうなんだ、と2人の顔を見るとどうにも渋そうな顔をしていた。
「それなんだけどねー、ウチらはほんとに何もしてないんだよねー」
「は、はい。どうして絡まれたのか、分からないんです。最初から怒っていた様子で」
「そんなことあるか? 人は理由もなく怒らないと思うんだが」
疑うような視線を向けてみても、2人は眉を顰めるばかりだ。
本当、なのか? だとしたらあの3人が怒りっぽいのか、はたまた難癖をつけたかっただけなのか。でも、そういう感じじゃなかったんだよな。明確に敵意を向けていたというか。
……こいつらを信用しないほうがいいだろうか。もとはと言えば異国の人間。ハトリールの同僚ってことで心を許しかけたが、そもそもそれが間違いかもしれない。愛してるだなんだって話も俺をだますための作戦かもしれないわけだし。
でも、俺のことを知っているのは本当っぽいんだよな。
「……まあいい。2人、宿は?」
「とってありますよ。こっちにも邪竜教の支部はありますから、そこで寝ます」
「そうか。ならまあ、困ったことがあったら役所にきて、俺の名前を出してくれ。忙しくない限り手を貸す」
「んー? 優しーじゃん?」
「多少はな。変に助けちまった責任だ」
それだけ言って、その場は解散となった。
面倒ごとにならないといいんだがな。




