ファーストコンタクト
ミーアトリアの追跡から逃れるためにハトリール邸を抜け出してきた俺は、裸足のまま街中を駆けていた。
「はぁ……はぁ……あいつ、なんで、追いかけてくるんだよ……」
俺が窓から飛び降りた直後、ミーアトリアも迷いなく飛び降りてきた。そしてあのバカでかい斧を持ったまま全力疾走してきた。単純な身体能力だと普通に負けるので建物なんかを使いつつ1時間以上の追いかけっこを経てようやくまいたころには足裏が傷だらけだった。
「ったく、疲れさせやがって。にしても、どうすっかなぁ。このまま帰るとまた殺されそうだし。……まあ、しばらく時間をつぶすとするか」
多少の傷は慣れっこだ。時々変な目で見られているような気配を感じつつ、俺は商店街を抜け、普段俺たちが生活しているのとは別の住宅地のほうへをやってきた。
「何気にこっちのほうに来るのは初めて……ん?」
何か騒がしいような気がして耳を澄ましてみる。女っぽい声が2つと、男っぽい声が3っつくらい? 楽しそうというよりは、言い争っていそうな……。
「……」
まあ、これも役所勤めの定めってやつだろう。以前アズリアに奉仕の心が足りないとか言われたし、多少世のため人のために働いたって損はしないだろう。
何もミーアトリアに報告して許してもらうために口実を作りたいわけじゃない。ああ、断じて善行を積めば許してもらえるかもしれないと思っているわけじゃない。
というわけで早速声の聞こえるほうに行ってみる。
細い路地の向こう側。近づくにつれて聞こえる声は鮮明になってくる。
「んだとてめぇ⁉ 女だからって調子に乗りやがって!」
「こっちが手出さねぇと思ったら大間違いだぞ!」
「なんか怒で草ー。やんちゃさんは好感ないよー?」
「おい、騒ぎを大きくするんじゃねぇ」
「そ、そうだよ。マナちゃん。喧嘩はやめよ? ね?」
どうやら主に男2人と女1人が言い争っているらしい。残りはそれぞれを収めようとしている感じか。けど、どうにも喧嘩っぽいな。女のほうも張り合ってるみたいだし。
「って、女って呼ぶのやめろって言われてたな」
時たま忘れて素が出るんだよなぁ。女性と男性、よし、大丈夫。
なんてどうでもいいことを考えているうちに、声の出所がだいぶ近くなる。ちょうど、そこの突き当りを右に行ったところか?
「ああもう許せねぇ!」
地面をける音が聞こえた。タイミングからして男性2人のうちどっちかが攻撃を仕掛けたんだろう。悠長しすぎたと思って慌てて角を曲がる。すると、予想していたのとは別の光景が写り込んできた。
「っ、こ、こいつ、早い!」
「そっちが遅いだけで草ー」
攻撃していたのは女性のほうだった。
槍を持ち、修道着を着た女性だった。ただ、アズリアの白いそれとは真逆の黒色を基調とした、どこかまがまがしい衣装。それに、アズリアのような清楚のものじゃない。いたるところが改造されつくしたミニスカタイプ。動きやすそうに緩めだし、アクセサリーもモリモリだ。
それを着る本人はオレンジっぽい髪色のロング。すらっとした体つきで、背丈は160後半はありそうなくらいに大きい。年としては18やそこらだろうか。かなり若い。
だが、その実力は疑いようがない。1メートルは超える柄の、3つ股に分かれた槍を巧みに操っていた。
男性の1人――こちらは20代に差し掛かっていそうな一般的な装い――は小剣を抜いて相対していたが後手後手だ。連続する女性、確かマナと呼ばれていたその人に押されている。
「クソッ! こいつ強いぞ!」
「だからー、そっちが弱いだけ――おっと?」
「ちっ」
手を貸すほどでもないかと思ったのもつかの間、もう1人の男が加勢する。こっちはガチもんの剣だ。自衛用とかじゃなく、魔物を狩るための剣。なんかいい体つきしてるなと思ったら、こいつらもここの戦闘職員か。
そんな剣を、マナはあっさり避けて見せる。明らかに対人戦慣れした身のこなし。……こりゃ、戦闘員側に勝ち目はないぞ。普通、魔物以外との戦闘経験はないはずだ。
「おー? 確かな殺意があったねー? 草ー」
「余裕ぶりやがって!」
「気に食わねぇんだよ、その張り付いたような笑いかた!」
「ふーん? 言うねー」
マナが動き出す。背後で一回転させた槍の先が小剣を持った男へ向けられる。起こったことを言えばただそれだけ。だが、その中で発生した心理戦が俺には見える。
そもそも槍はもう1人に向けられていたのだ。マナの視線もそちらにあった。だから、反応が遅れた。
小剣の男は間合いを見誤っていた。目の前に来た槍の先に驚き後ずさった瞬間マナが距離を詰めた。腕を上げ損ねた男は防御が間に合わず顔面にマナのこぶしを食らう。見事なまでに鼻の頂天に命中。鼻血が飛び散る。
その間わずか3秒。
あのマナって女、尋常じゃないぞ。




