メメント・モリは尊重してくれ(2)
アカペラで、命の価値観すら違う世界で。どのくらい通用するか分からない中、手探るように歌う。
相変わらず喉から出るのは天高く飛ぶソプラノではなく這いずるようなバスで、母の絶望混じる視線を思い出しては律儀に痛む胸を無視して。
ゾンビを主役に、と仕立て上げてはみたものの。朝がきてしまえば、どんな楽しい酒盛りも御開きだ。
もしかしたら満足して恐怖なく棺に入り、安らかな眠りについたかもしれない。
死への恐怖を宴で発散させ、前向きな別れの様子を想像したら僕も段々落ち着いてきた。
自殺志願者は辞めたものの、後ろ向きがちな思考は変わらない。役立たずは返上してやるんだと決意を固めなければ。
「死にたい」と口に出すのは悪じゃない。実行せず「でもがんばる」と続けて息を吐け。
大胆な遠回りをしたものの、今度こそ眠る死体が入った棺に土を被せながら、墓守は優しく微笑んでおやすみと呟いたところで歌は終わる。
「エクレ、どうしたの?」
「……いや、旦那がずっと慕ってる王子様に似てるらしいんだよ。だから見てられなかったんじゃないかな」
「何がよ」
「ああ、見えないってコエー。」
目を開くと、右手で目を覆っているフルさんに詰め寄るマロネだけだった。周りを見渡してもエクレさんは居ないし、花が咲き乱れるだとか魔法みたいな変化はなさそうだ。
2人の会話で気になる発言も多々あるが、どこか遠くを視ている様なフルさんに訊いてみる。
「フルさんには何か見えているのか?」
「えーっと、うん。マロネ嬢が詠唱使いこなせなくて良かったねって感じ」
「しょうがないでしょ?!魔力なんて不安定なの、どう感知しろってのよ!」
「空気みたいなもんなのになぁ」
新しい単語を出されて慌ててメモするも、脳内で翻訳されているようなのでその都度整理すれば良い気もしてきた。
ヨイクと聴こえて脳内で詠唱と浮かぶのは戸惑うが、ふんわり意味は通じるのでなんとかなりそうだ。
詠唱は魔法発動の合図みたいなものらしい。個別に発動できる幻精もいるが演習では公平になるよう主人側が宣言しなければならないそう。
承諾されなければ発動しないようだ。
じゃあ普通に許可で良くないかは野暮だろうか。おっさんに片足突っ込みかけた身としては、特殊な専門用語なんて覚えられる気がしない。
「取り敢えず、僕達はどうすればいいんだ?エクレさんを捜そうか」
「ううん、なんとなく予想してたから大丈夫だよ。オレと軽くお勉強しよう」
「「……わかった」」
初めてマロネとハモった。彼女にとっては友達なのだろうし、気にする素振りを隠せないのも仕方ない。
霧はまだ掛かっているし心配だが、エクレさんは僕達より慣れているようだし問題ないんだろう。お勉強とやらが終わっても戻らなかったら、また提案してみるか。
よく考えなくても親しくない僕が捜すのは、怖がられるだろうし。
「旦那はローレライだ。今の歌、詠唱ができてたら大事件が起きてたから気を付けて欲しいな」
「なんだって?」
「嘘でしょ?!」
コイツが?みたいな顔で見ないで欲しい。僕だって初耳だ。
ローレライで思い出すのは、岩場。歌で誘惑し船を沈める乙女か、人魚の様な姿だという話もあった気がする。
いや一瞬受け入れそうになったがローレライって何だ、僕の両親は普通の人間だし生まれも育ちも日本の筈。
「信じられない?」
「それは……まぁ…………あ、君がって訳じゃないんだ。ただ、」
「アハッいいよ、気にしてないから。そうだなァ」
フルさんは言葉を選んでいるのか、言い難そうに区切る。決まり事を破る前の、罪悪感で落ち着かなくなる風に見えた。
「早く教えなさいよ」
「マロネ、フルさんにも事情があるかもしれないだろう」
「あたし達は知らないから何にもやれないじゃない。もし、脅されてるとかなら、話せないってハッキリして!」
白か黒か、1か100かしかないのか?とは思いつつ直球が楽なのには同意する。隠し事はまどろっこしいし、今後の関係にも影響するものな。
一応、相手に保留という逃げ場も与えているし、僕には言い出す度胸がないので切り出してくれるのは助かる。
フルさんも目を見開いて固まったものの、すぐ大袈裟なくらい笑い出した。
「それはそうだ!ごめん、ごめん。魔力操作の仕方が、友達のローレライとそっくりだったんだ」
「魔力操作で種族なんか特定できた?」
「うん、似てるのもあるから間違いかもしれないよね。でも──その人が話してた息子の特徴と同じなのさ」
「は、」
「歌うと波みたいに黒髪が青み掛かった灰色に近付いていくんだって」
ガツンと、一瞬で身体が石にされた。勢いのまま地面に叩き付けられて粉々になった気分だ。
友達のローレライに似てる、証言と一致する?父さんはずっと僕達と暮らしていたのだし、可能性があるなら母さんだ。
仮にその人が母さんだったとして、彼女は僕を恨んでいても可笑しくない筈。話しをされる程の何かはあったろうか。
自分を騙していた男との子だし、何よりあの絶望に染まった表情は。というか歌っただけで髪色が変わったら困る。
今まで指摘されなかったから、この世界でだけなのかもしれないけど。
「いつ……」
「時間には疎くて憶えてないけど、確かだよ。逢いたくて堪らないのに、海域が繋がらないんだって」
質問ではなく、つい呟いただけの疑問に答えてくれたフルさんは、白状したよとウインクをした。
海外旅行すらした事がないのに、いきなり別世界。今更、新情報を大量に得てしまって僕はどうすれば良いんだ。
母が行方不明だったのが、実は宇宙人で星に帰りましたばりの話をされても困る。しかもお前も宇宙人だと言われたって。
「その人、今は何処に居るの?」
「さぁ。幻精として喚ばれてなければ、この世界の海だと思うよ」
2人の会話を拾いながら、いつも以上に回らない頭で考える。大体は、変な夢を見ているだけで片が付く。
母にとっての自分がどうかを悩むより、もう全部投げて単なる夢だと思い込みたい。
「フルさん」
「ん?どうしたの」
「魔力操作の仕方を教えてくれ」
自問自答での結果は「母を必要とする歳でもない」だ。昔の僕や弟達には悪いが一旦置いておく。
自分が宇宙人であったとしても、戸籍は日本なのだから帰る権利はあるだろう。うん、立ち止まりそうになったら思い出せ。
僕はこれから、人を殴らずマロネを出来る限り手伝って必ず帰る!那由多にご祝儀を渡すまで死んでも死にきれないんだ!!
「言った通り、魔力操作は完璧だよ。歌えば良いだけさ」
「ああ。マロネに詠唱してもらわないと何も起きないだけで、一応何かしらは出来てるのか」
「ン……」
思いっきり目を逸らされた。まさかゾンビが地面から這い出てくるとかそういう路線のやつだったんだろうか。歌う時の感情で決まるのか、内容で決まるのかは要検証として。
「取り敢えず、今日は解散。彼女の事はよろしく、マロネ嬢」
「はいはい。そっちこそ、コイツ頼んだわよ」
「ん?」
「まさか女の子の部屋で寝る気?野郎の寮はこっちだよ~」
「是非、案内してくれ。変態の称号は死んでも嫌だ」
気付けば霧は晴れ、いつの間にか交わされていた取引を横に、フルさんの後ろを歩く。たぶん茫然自失な時に話していたんだろうけど、全く分からなかった。というかあるのか、寮。