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なずみやどれ、愛ローレライ。  作者: 花代 身丈
第一小節 : Risoluto
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メメント・モリは尊重してくれ

 石畳の道を黙々と歩いて案内されたのは、猫じゃらしに似た草が居座る、手入れされているのか判断に困る庭だった。

 中央には大きな噴水があり、枯れているのか水どころか、本体の石に所々ヒビが入っていた。それを囲むように花壇が丸く広がっている。

 此処だけ切り取られたような、見放された庭と言われたら納得する有り様だ。


 先導してくれた彼女は、僕に改めて対峙するとフンと胸を張り、強がっているのが判る様子で切り出す。


「さっきは……酷い事言って。あの、ごめんなさいっ」


 ずっこけそうになった。

 いや、どんな文句が出てくるかと身構えていたので、真っ直ぐな謝罪が飛び出てくるなんて思いもよらず。


「気にしていないよ。此方こそ、ご期待に添えなかったようで申し訳ない」


 流石に茶化すのは失礼だから真面目に返せば、ほっと息を吐かれる。震えも収まったようで何より。

 思い返せば野次馬らしき人達も遠目でも判るくらい華奢なモデル体型ばかりで、ふくよかな人は見かけなかった。

 丸顔で少しお腹が出ているだけでも、此処ではデブにカテゴリーされるのなら仕方ない。元々、卵に手足をくっつけたようだからハンプティ・ダンプティみたいだと弟達に笑われていたし。


 空気が和やかになってきたところで、質問させてもらう。移動中こっそり自分の頬をつねっても、痛むだけだったから。痛覚がある夢もたまに見たし、まだ判らない。


「それで此処は一体、何処だろう。できれば、帰りたいんだ」

「──ごめんなさい。もう少し、付き合って欲しいの」


 裁かれる罪人の如く思い詰めた表情で語り出した彼女は、懇切丁寧に事情を教えてくれた。


 まず、僕は彼女に喚ばれた幻精(フィルギャ)という、所謂使い魔みたいなものらしい。日本ではないと感じていたけど、まさか地で【名のない国】だなんて思わなかった。


 妖精や精霊を筆頭に幅広い種族を喚び、使役する魔法の学園なんだそう。一連の流れを奏律(ラージュ)、それを校外で行う資格を持つ者を幻奏調律師(マエストロ)と称するんだとか。

 多くは資格の為に通っているが、過程や最終目的も異なり個性豊かな生徒が所属するクラスは格差も激しく、劣等生でもないのに出涸らし呼ばわりが(まか)り通るようだ。


 さっきの講堂で行われていた高みの見物も、一週間ほど前の入学式から幻精を喚べなかった生徒を格下と決め付け、何を喚べるか茶化す為だそうで。失敗したら容赦なく笑い者らしい。

 うん。そりゃあドラゴンがポピュラーな中、僕なんかが出て来たら馬鹿にされるだろう。下級クラスに所属しているったって、まともな候補は居たろうに、申し訳ない。

 しかし彼女が喚べたのは僕だけで、ラストチャンスなのだと藁に(すが)るような目で訴え続ける彼女に、藁としても協力したいと思った。


 元の世界と時間についての問題も召喚された時点で固定されており、この世界に何年居ても無事に戻れるらしい。

 特大の懸念がなくなって何より……と言いたいところだが、随分細かい設定がある夢だな?その内、アラームが鳴ればベッドの上で忘れてるだろうから、覚めるまでは彼女の手伝いを頑張ろう。

 僕に何が出来るのかは疑問が残るけど。


「まあ、藁も束ねれば泥舟よりマシになるかもしれないしね……」

「なによそれ、呪文?」

「いや、」


 眉を寄せて不思議がられ、色々説明しようにも口もごる。言葉が通じるとはいえ、伝わらないものもあるようだ。

 弱ったと呻いてみると、講堂で気になった事を思い出した。


「そういえばさっき、他の生徒らしき人達の言葉は解らなかったんだけど、どうしてだろう」

「それは……「彼等が耳を塞いでいるからよ」エクレ!」

「正確には口を()く気がないのかしら。ご機嫌よう、マロネちゃんとバッカスのようにアメジストが似合いそうなあなた」


 突然現れたエクレと呼ばれた女性のおかげで、僕達は自己紹介もまだだったのを思い出した。後で名乗ろう。


 それにしても口を利く気がないというのは、クラス間の階級制度の他に幻精を下僕として考えている人が多いという認識で良さそうだ。逆に考えれば会話が出来るマロネと、エクレさんは対等に扱うつもりがあると。

 うっすら霧がかってきて幻想的な雰囲気の中、ぼんやりと考える。


「何しに来たのよ」

「決まっているでしょう?可愛い幼馴染みを預けられるのか腕試し(チュートリアル)役になりに来たの」

「チュートリアル……役?」

「さぁ寝坊助さん、待っていても時計は鳴ってくれないわ。これは歴とした現実なのだから」


 あまりにもタイミングの良い忠告にびくりとしてしまう。もしもこれが、夢ではないとしたら?

 うんうんと聞き流した話が全て本当だとしたら。

 頭に無断欠席からクビになり別の職場へ面接、履歴書の学歴の欄であからさまな反応を受ける流れが走馬灯よろしく駆け巡る。

 ふーんと軽く受け止めていたドラゴンがポピュラーな辺りを思い出して止め処なく冷や汗が出た。


「ほ、本当に僕は帰れるし時間は元通りなんだよな?!」

「あんた今まで何聞いてたのよ!そうだって言ってるでしょ!!」

「うふふ、やっぱり整理した方が良さそうね」


 エクレさんの提案に有り難く飛び付いて、整理させてもらう。自己紹介もそこそこに頼み込んで紙とペンを貸してもらい、メモしていく。


 第一前提として、召喚された時点で幻精(フィルギャ)は一時停止された状態になるらしい。どんなに時間が経っても契約が終われば再生されて元通り。

 ちなみに致命傷を負っても死ぬ訳ではなく、特殊な石を媒体(ばいたい)に召喚しているから石が砕けでもしない限り何度でも喚べるそう。


「いや僕達にも痛みはあるだろう?」

「ええ、そうよ。一部の生理現象を奪っておきながら変な所だけ残す外道なシステムね」

「道徳を教える為に非人道的な方法を選んだのか……」


 何度でも喚べるなら倒されても問題ないという解釈の生徒もいると教えてくれたエクレさんは、初めて冷たさを感じさせる表情をした。生と死についての考え方は此方寄りなんだろうか。


 学園は幻奏調律師(マエストロ)の資格を取る為の塾みたいなもので、種族や年齢層は幅広い。

 幻精(フィルギャ)の個々が持つ魔法のような技を使うと、喚び出した術者の心を研磨する事が出来、使用を推奨されている。

 心が目視できるのかという突っ込みは、媒体の石が輝くのだと返された。もうイメージが泥団子を磨いて金色にするアレだ。

 演習として生徒同士で競う事もあるらしく、負けても一応ペナルティはないが狙われやすいクラスに所属するマロネを心配して来たんだとか。


「私達からは何もしないわ。一つでも対抗する手段を見せて欲しいの」

「でも、それは……」


 彼女の幻精も了承済みと言われても、僕は人間だ。対抗する手段も何も、どうすればいいのやら。

 悩んでいるとエクレさんがわざとらしく、小馬鹿にしたようにクスリと鼻で笑う。


「自信がない?」

「受けて立つわ!」


 何となくマロネがどういう子か分かったような気がした。挑発に免疫が無さすぎる。あんなに、明白(あからさま)だったのに。本人も「やっちゃった」顔をしているが時既に遅し。

 満足そうに頷いたエクレさんはそのまま背後の霧に声を掛けた。


「フル、出番よ」

「はーい。マイレディ」


 霧の中から現れた、2mはありそうな大男。同性から見ても妖艶な美形で、妙にボリュームのある長い髪を三つ編みにしているのが気になった。

 目が合うと人懐っこい微笑みをくれたが、どこか品定めされている気もする。


「な、なによ。デッカイだけじゃない」

「強がりさんめ」

「煩いわね、さっさと倒して!」

「と、言われてもな……僕は人を殴れないぞ」


 早速ビビりながら強がる一応の主人に肩を竦めてみせた。苛つかれている気配がするが、こればっかりは譲れない。

 郷に入っては郷に従えとはいうものの、法律が違う世界に染まったら帰れなくなるかもしれなくて。そもそも、誰かを殴ったら那由多(しんゆう)に合わせる顔がない。


「オレは人間じゃないよっていうのは野暮?」

「そうだな、同じコトだ。結局、自分が可愛い臆病者なんだよ」


 殴った感覚まで想像して、吐きそうになるくらいには。笑顔で対峙しているフルと呼ばれた青年が何者であろうと、仮にお互い復活できようが。

 どうあっても、手を出す訳にはいかないのだ。


「それじゃ勝てないじゃない!」

「命乞いなら喜んでやるよ。君がもっとマシな使い魔を喚べるようになるまで凌ぎはする。だけど、人殺しは無理だ」

「人殺し……?幻精(フィルギャ)は石自体が砕けない限り、」

「この考えは異世界(ここ)に適合しないだろうから、伝えて善いものか解らなかった。だけど……それは、死足り得るよ」


 きっとマロネが正しく、僕が馬鹿なんだろう。ゲームのようなものなんだから戦って、勝利を掴まんとすれば良いんだ。

 でも、感覚がある。相手にも意思があり、痛みがある。害虫を潰すのとは違うんだ。

 誰かを殴った瞬間、僕は僕自身を誇れなくなってしまう。


「ならそのお肉で押し潰すとか……?」

「うん、それなら確かに殴らなくて済むな。でも違う。僕の体型(これ)は上手く歌う為だよ」


 恩師が“オペラ歌手はわざと太る”と言ったのを真に受けた結果である。

 本当はダイエットしたくない言い訳なんじゃないかと疑ってもいるが、お世話になった人の意見だから尊重したくて真似をした。

 実は良い声を出すのに体型関係なくて、見目麗しい方が有利な時代になってきているのは秘密。


「じゃあ歌ってみて」

「いきなりか?!」

「もしかしたらあんたはセイレーンで、歌で何か起きるかもしれないじゃない」

「一応、両親は人間の筈なんだが……」


 自称腕試し役の2人は静観していて、咎める様子はない。ゆっくり息を吐いて、目を閉じる。

(ええい、こうなりゃ自棄だ)

 いきなり歌を求められてもパニックにならないのは、恩師に叩き込まれた一曲目の勧めがあるから。


 まずは墓守が棺に土を被せながら、淡々と生命を語っていく歌。恩師が教えてくれた13曲の内、2番目のこれは本来、感情を極力抑え、厳かな雰囲気で歌い上げるもの。

 こんな歌い方、棺に入れ忘れた死体が動き出して墓守と乾杯する愉快な光景になってしまうかも。元々、棺の内に何を入れたのかは解釈次第なのだけど。


 いっそ、その体でいこう。寧ろ主役は動く死体(ゾンビ)だ!暗く冷たい棺に閉じ込められるのが嫌で、逃げた臆病者。だけど歌が大好きだから、墓守の声に引き寄せられ、滑稽に歌って躍り回る。


 賞賛されたいから歌っている訳ではないが、どうせなら褒めて欲しい。厚かましい想いを隠さずに、自身の葬儀を宴に染め続けた。

 神妙に命を語っていた墓守はどうするだろう。滑稽なゾンビを笑うだろうか。



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