22 幻影将軍ポゥと【皇帝】という名の魔道具 1
皇龍王は黒龍消滅を見届けると現れた時と同じように夜明け前に空へと帰って行った
それを待っていたかのように幽霊船が平地となったカラカラ跡へ姿を現す
ダン・ガルーは廃墟となったカラカラを眺め、幽霊船の甲板にテーブルを持出、五百年以上砂の中で熟成されたような怪しいワインを飲み始める
「船長も飲むかい」
ダン・ガルーから声を掛けられたゾンビ船長はそれに答えることなく幽霊船をゆっくりと前進させる。それを待っていたかのように砂漠の砂が盛り上がり、ジャイアントが砂の中から姿を現す
ダン・ガルーはジャイアントの前半分程が失われている事に気付いて
「お互い不完全燃焼のようだな。ポゥ」
ジャイアントの影になって朝日が当たらない船の船首に白いフードを被ったポゥが半透明なその姿を現す
「ウルウルは落とせず、カラカラはこの有様か」
ダン・ガルーはあきらめ顔で怪しい色のワインを飲み干して
「皇龍様がいい所を全部持って行っちまったよ
今は配下のゴーストを使ってカラカラの地下を調べさせている」
「私も手伝おう。ウルウルが落とせなかった以上、早々にカラカラの奴らが引き返してくるぞ」
「来ない。来れる訳がない」
ダン・ガルーには確信的なものがあった
あの皇龍王の【龍威】を見た後で、ウルウルの奴らがここへ戻ってこられる訳がない
ダン・ガルーの予想に反してカラカラへ急行している者がいた
一人は魔王子ロン
彼は大ミミズを退けた後、大ミミズの中から助けたハンターをオアシスの街ウルウルに放り込み、その足でカラカラへ向かうつもりだった
意識の戻らないままの赤毛のハンターを引きずりながらカラカラの虹の結界をタリスマンリングで無効にして悠々と街に入ってくる子供の赤鬼姿のロンを見てウルウルの町の警備隊はロンを取り囲む
彼らはカラカラの避難民からカラカラが今魔物に襲われている事を聞かされていたし、巨大サンドワームがウルウルの目前に迫っていたことに恐怖していた
一側触発の状態の中、ロンは赤毛のハンターを警備隊の方へ放り投げて言う
「焼きたてのウサギ肉を十本くれ」
無言で警備隊にウサギ肉を断られハンターが多数集まってくる中、ロンは踵を返して砂漠へ飛び出すが、太陽のない夜の砂漠でカラカラの方向を見失い途方に暮れていた
カラカラの地下深く、崩落した通路のわずかな隙間を抜けて一筋の影が集まる
集まった影の中から半透明な体に厚手の白いフードを着た幻影将軍ポゥの姿が現れる
「ダン・ガルーは考え過ぎるところがある。最初からこうしていれば、もっと早く魔王の椅子も手に入っていただろうに」
ポゥはカラカラ陥落後、手下のゴーストたちを使って中央区画の地下を徹底的に捜索させているが、未だ魔王の椅子は見つけられていない
「他のゴースト共は魔封石に邪魔されて入ってこられませんでしたか」
崩落していない真っ暗な通路をポゥは一人奥へと歩き始める
落とし穴や魔物除けの罠を意に介さず進んでいくと、やがて通路は行き止まりとなる
ポゥが行き止まりの壁に手を当てて、ゆっくりと来た通路を引き返し始める。数十歩ほど歩くと通路の壁に施されていた偽装魔法が消えて隠されていた下向き階段が姿を現す
下向き階段を何処までも降りていった先には結界で守られた扉があった
「なかなか厄介ですね。ジャイアントを呼んでこの区画ごと飲み込ませましょうか」
ポゥが扉に手を当てて【言霊】を唱えると熱もないのに扉が溶け始める
変形した扉の隙間から部屋の中に入りこむ
そこはポゥが思っていたほど広くなく、四メートル四方の壁一面に魔封石が埋め込まれた部屋だった
ポゥの動きが阻害され、半透明な体が維持できず白いコートが地面に落ちる
地面に落ちたコートが部屋全体の壁に広がって魔封石を覆いつくす
膝を折り両手をついた状態でポゥがゆっくりと頭を振る
「危なかったですね。流石は魔道都市カラカラです。一筋縄ではいきませんね」
ポゥが魔封石の部屋の奥へ進んでいくとその部屋の中央に人族の頭ほどの大きさの球体が一つ宙に浮いていた
その球体は西海の島でしか取れないと言われる七色真珠のように淡い光を放っている
「これが【魔王の椅子】ですか?聞いていた物と様子が違いますね」
ポゥが用心深く周囲を観察する
球体は宙に浮いたまま微動だにしない。部屋の奥に小さな祭壇があり、中に何があるかはっきりしないが何かが祭られている
しかしポゥの直感が告げる。あの祭壇には近づいてはいけないと
いや、すでにここにいる事さえ祭壇からは近すぎるのかもしれない。その祭壇から放たれる清浄な波動はポゥの存在を常に否定し続けている
そして真逆にポゥは球体へ引き寄せられている。その球体こそが自分が長年求め続けていた力、ポゥの魂がその球体を欲して止まない
人魔戦争から十年、カラカラでは年がら年中魔石不足が続いていた
魔道具を作る為には魔石がいる。良い魔道具を作る為には良い魔石がいる。いくらダーククリスタルで魔石を強化できても数を増やす事はできない
魔石は魔物の体内からしか取れない。魔道具全盛時代に当然魔石の需要は高まりカラカラとても魔石不足は日常になっていた
第三区画の小さな工房の見習い職人がある日思いつく「魔石が手に入らないのなら自分で作れないものか」
平凡な職人の思い付きは平凡な技術者のライフワークになる
しかし魔石を作り出すことは容易ではなかった。魔石を作る事が難しければ魔物は作り出せないか。そもそも魔物はどうやって生まれるのかと魔物研究をする者まであらわれる
気が付けば平凡な職人の思い付きは年月を経て第三区画の中で一定の広がりを見せることとなる
そしてその研究は【禁忌】に触れる。魔物という命を生み出そうとしたのだ
それに気が付いたスナミ一族の一人オルドバンの父親は即座に研究を禁止し、全ての資料を廃棄し、工房を閉鎖する。しかし時すでに遅し、誰がどうやって生み出したか今となっては不明の人工魔石が一つ、ダーククリスタルの井戸へと落とされる
そして生まれたのが【皇帝】と呼ばれる魔道具であった
魔道具【皇帝】が生み出された瞬間、全ての魔道具が使用不能になる
飛空艇は墜落し、結界は消え、火も風も水さえも作り出せなくなる。カラカラは外部から完全に途絶し無防備となった
そのカラカラ滅亡の危機を救ったのが、後に【皇妃】と呼ばれる一本の短剣である。その短剣は用途不明、性能不明、出所不明でカラカラに秘蔵されていたが一人の精霊が宿っていた
精霊は荒ぶる【皇帝】を諌め、カラカラの地下深く王座の間へと導くことになる
ポゥの前に浮かぶ魔道具【皇帝】
ポゥを守る白いフードは前の部屋に置いて来ている。今彼は無防備と言ってもよい状況だ
それでもポゥは魔道具【皇帝】を求める誘惑に抗えなかった
ポゥが部屋の中央へ進み出る。部屋の奥の祭壇から放たれる清浄な波動が強まる
ポゥの半透明な体が崩れ始めるが、どこから取り出したのか右手に握った邪竜の角をポゥが祭壇に投げつける
邪竜の角が刺さった祭壇が破壊され、一瞬清浄な波動が弱まり、祭壇の中から一振りの短剣が床に落ちる
「カラカラの結界破壊に使えればと持って来ましたが、まさかここでこんな役に立つとは思いませんでした」
ポゥが球体へと手を伸ばす




