15 魔道都市カラカラ 05
ロンは長い洞窟のようなビックサンドワームの体内を飛空魔法で浮遊していた
「ひどい匂いだなぁ」
ターバンをマスク代わりにしていても腐った野菜のような匂いが洞窟内に充満している。その上ジメジメと蒸し暑く不愉快極まりない環境だ
しかも地面というか肉壁には多数の魔物がゲル状の粘液の中で眠っている
よくよく肉壁を見れば魔物に交じって人族らしき者も肉壁の中にはいる。人族だけではない飛空艇や建物の残骸らしき物もちらほらと見える。ただし人族は魔族と違って肉壁の中で消化されているが
「一体ここはどうなっているんだ。まるで迷宮だな」
ロンは大ミミズの肉壁に爆裂魔法を打つが、魔法は肉壁から分泌されている粘液に触れると爆発することなく消えてしまう。おそらくその粘液は魔法力を分散する効力があるのだろう
多数の魔物が粘液の中に囚われて動けなくなっている
今度は巨大な洞窟の奥に火炎玉を打つ
炎を照らされてトンネルの奥が見えるが全く突き当りが見えてこない
「どれだけ長いんだよ」
ロンは、すでに二キロ以上は飛んでいる
トンネルの奥からバックファイヤーのようなガス爆発が起こり、爆風がロンを通り過ぎる。タリスマンリングが爆風を無効化したのだ
「ということは、今のは魔法攻撃か」
暗い洞窟の奥からシャドウ蝙蝠が十数羽高速で飛んでくる。闇の中では羽根音が聞こえるばかりで全く姿が見えない。シャドウ蝙蝠がロンの右足に咬みつくがその瞬間黒い霧になって消えていく
「君たちが僕の血を吸うには千年早いよ。せめて王級くらいに進化してからにするんだね」
シャドウ蝙蝠がロンの周りをクルクルと高速飛び廻る。やがてシャドウ蝙蝠は高速で回転を始め、丸ノコギリのようになってロンを切断しようとするが彼の体に触れたとたんにはじけ飛んで粉々になってしまう
パチ、パチ、パチ、パチ
大きなトンネルの中に拍手の音が闇の中から響いてくる
闇の中で真っ黒なマントに包まれた男が宙釣りになっていた
両足は長く伸長の半分もある。胴体も腕も細長く、顔も面長だった
そして、その魔族は人族の女の首筋に牙を立てて、その生き血を吸っていた
ロンは宙釣りの男をじっと観察し嬉しそうに話し掛ける
「それで黒い牙が生えていたら王級吸血鬼確定なんだが、確かめさせてくれるかい」
ロンが左手でパチンと指を鳴らす
バーーーーーン
逆さ釣りの男の足元が爆発で弾け飛ぶ
更にもう一度指を鳴らす
バァーーーーーーーーン
先ほどの数倍の爆発が起こる
爆炎の中から黒い鞭が伸びて来てロンを打ち据える。ロンの体が霧のようになり鞭が通り過ぎる
煙の中から左足と右腹を吹き飛ばされた吸血鬼が宙に浮いたまま現われる。傷口は見る見るうちに元通りに修復される
吸血鬼が干からびた人族の女を無造作に肉壁に投げ落とし、口に付いた血を舐めてからロンを睨みつける。その吸血鬼の牙は黒かった
「まさかこんな場末のゴミ溜めのような所で高位魔族にお会いできるとは、人族の世も変わりましたねェ」
「やはり王級か。ここに住んでいるのかい」
「いきなりですか。最近の高位魔族は質が落ちましたね」
「最近まで北の洞窟に封印されていましてね。なあにほんの二百年ほどですよ」
吸血鬼は体に着いた埃を掃いながら何でもない事のように話し続ける
「私も封印を解いてもらう代わりに幻影将軍ポゥと契約を交わしている手前お聞きしない訳にはいかないのですが、あなた様はどちら様で魔王軍の方には見えませんが」
「俺も友人から誰に対しても名乗りを上げるのは慎むようにと忠告を受けたばかりだ
たかが王級吸血鬼如きに答える訳にはいかないぞ」
「ハハハハハ、これだから最近の魔族は・・・おっとこれは失礼しました
世間知らずはお互い様でしたね
よろしいでしょう。では契約に従いあなたを排除します」
「俺もここは好きになれない。さっさとお前もミミズもぶっ飛ばしてうまい肉を食いに行きたいからな」
空には満天の星空が広がり、空気は何処までも澄んでいる
カラカラから離れる事、数十キロほどの砂漠の砂山の影に幽霊船は静かに停泊していた
その甲板に二人の魔族がテーブルを挟んで座っている
「なぁポゥ
お前いつもそんな不機嫌な顔していて、楽しい事はないのか」
気だるそうな魔軍参謀ダン・ガルーが目の前の椅子に姿勢よく座る幻影将軍ポゥに話しかける
「それはあなたが私のワインが置いてあるテーブルに両足を乗せているからですよ。ダン・ガルー」
全身が半透明な体をし、厚手のフードを深く被ったポゥが答える。その表情はフードで見る事はできない
「それよりカラカラはいつ落とせるのです」
魔軍参謀ダン・ガルーは右手を広げ
「五日後だな」
「ではジャイアントの出番は」
「その後だ。あれの役目は魔王の椅子とカラカラの魔道具を運び出すだけだからな」
「ジャイアントの支援なしにカラカラを落とせるのですね」
「破壊するだけならジャイアントで充分だが、【神龍の三条件】となるとあいつは扱いにくい。俺の手駒でカラカラを追い詰める方がいいだろう」
ポゥは音もなく立ち上りダン・ガルーに告げる
「判りました。それでは私はジャイアントと共に五日後にカラカラへ向かいます」
その時ポゥはダン・ガルーがいつもと違って難しい顔をしている事に気付く
「何か気になる事でも」
「ちょっとな、カラカラを攻めた時、見知らぬ魔族が二人いて一人は俺の鉤爪を剣で切り、一人はジャイアントの腹の中だ」
「腹の中なら心配はいらないでしょう。新顔の番人も置きましたし、あそこは迷宮です。もう一人はカラカラにいるという事ですか」
「おそらく。中に忍び込む話をしていたからな」
「カラカラが落ちるまで五日、その間にジャイアントには予定通りウルウルを襲わせます。腹の中の魔族は私が処理しますから、カラカラの事はあなたに任せます」
そう告げると幻影将軍ポゥは今度こそ、その姿を夜の闇に沈めていった
大ミミズの襲撃から二日
魔王軍は襲ってこない。それどころか姿も見せない。破壊された西外壁も半分ほどは修理が終わり、侵入された魔物の駆除も終わった
城壁には多数の魔道具が並べられ、まだまだ警戒態勢は解かれないが、住民以外の避難は終わり次の便で子供や戦えない住民の避難が始まる
魔道具の再出荷の話が一部で聞かれ始めている




