ゴール騒乱 09
「では大公様、選抜の合間に教会の者をお茶に誘います
その際、剣を抜いてみたい者がいるか、私の方から誘います」
「聖騎士長ではないのか」
「あからさまが過ぎれば、かえって疑念を抱かれましょう
ルーンが【龍の剣】に関心があるのなら必ずキース聖騎士長が名乗り出ましょう。拒否されても大公様よりいたずらが過ぎたと聖騎士長に詫びを入れればお互いさまとなります」
なにしろ聖騎士長は身分を隠して偽名で来ているのだからな
ナナシは次の選抜者が奥の闘技場へ移動していくのをのんびりと眺めていた
あれほど居た選抜者たちも今はみんな上の闘技場に行ってしまった
入れ替わるように先に選抜を受けた者たちがフラフラになって降りてくる
最初のグループで剣を抜いた者はいないと判って俄然やる気が出た者、諦めムードの者、明日も大勢が詰めかけると知って今日中に選抜を受けようとする者
時刻は太陽が中天にかかり、そろそろ昼休みの時間だが、今の時代食事は朝・夕の二食のみが一般的になっている
昼休みなしで選考を続けるのだろう
上級神官たちは司祭様の控室へ行ったきり帰ってこない
「神官様、神官様は【癒しの力】をお持ちじゃありませんか」
ナナシは唐突に話しかけられる
「いや私は下っ端神官なので、そんな大それた力は持っていないよ」
話かけてきた10歳くらいの男の子はとても残念そうに肩を落とした
「弟の調子が悪いんだ
病気って訳じゃないし動けないって訳でもない
神官様なら原因が判るかもと思ったんだ」と横に立っている弟を見る
そこにはうつむいて元気のない男の子が一人しょんぼり立っていた
「足に力が入らないって、教会の薬師様なら治せるのかなぁ」
「兄ちゃん歩けないって訳じゃないよ
何だかモゾモゾするんだ、ちょっと疲れているだけだよ」
「二人は剣の選抜を受けに来たのかい」
「違うよ。父ちゃんについてきたんだ
父ちゃんが騎士になる所を見せてやるからって
そしたら弟の調子が悪くなって・・・」
「おとうさんはどこにいるの」
「奥の会場にみんなと行っている
終わるまでここで待ってろって父ちゃんが」
「そうか、それならお父さんを呼んできてあげよう
なに選抜が終わればここにいる必要はないからね
お父さんの名前は」
「父ちゃんの名はヨハンだ
ハンターをやっているんだ」弟君が笑顔で答える
「ハンターのヨハンさんだね
お父さんが戻ってくるまでここにいてくれよ」
ナナシは同じ下級神官に断りを入れて、移動している選抜者たちの最後尾から闘技場へ歩き出す
最初の選抜では誰も該当者は出なかった
魔力切れを起こす者が続出し、商業ギルドが設けた特設ブースで魔力補給薬が爆売れである
「後どれくらいの人が残っているんでしょうね」
「お疲れですかモエナ様 まだまだ半数と言ったところでしょうか」
何かと気を使ってくれるコルパス宰相様が声をかけてくれる
「次の選抜者が入場するまでしばらく時間が掛かりましょう
大公様とご一緒にお茶でもいかがですかな
なぁに我がゴールは新興国ゆえ肩苦しい作法などは気になさる必要はございません」
そうコルパス宰相様から勧められ私、オロロン司祭様そして護衛としてキャシュ(キース)の三人がゴール大公様のいる貴賓席に招かれる
モエナは貴賓に上がる階段の下から大公を見上げていた
あれが一代でバレンシア王国の一地方領主からゴールを独立へと導いたゴールの大公
「司祭様、ゴール大公様って顔色悪くないですか
どこか病気なのでしょうか」
「半年ほど前、左のお腹がモゾモゾすると癒しの力を求められたことがあったが、それ以外は病気などとは聞いたことがないな
もっともゴール大公が病気などと噂になるだけで国が揺れる事となる。表には出さんでしょうな」
「ゴール大公はいつも内憂外患だからね」キャシュ(キース)が小声で言う
観覧席の横に設けられたテーブル席に座り紹介を受ける
ゴール大公様、娘のコティ姫様、コルパス宰相様そして私たち三人
キャシュ(キース)は着席せず私の後方に立っている
とても居心地が悪い
ゴール大公様は見た目と違い、とても気さくな方だった
もっとも話す内容は自然と【龍の剣】の事となる
大公様が剣を入手した経緯や誰も鞘から抜けない事等々
「モエナ様 ルーンでは「抜けない剣」などと言う話を聞いたことがあるのでしょうか」
モエナの体の中にある聖具もある意味「抜けない聖具」である
だからといって【龍の剣】に全く共感はない
「宰相様 私は武器の事はもちろん聖具の事も詳しくありません」と言いながら
後ろのキャシュ(キース)に振り替える
「ルーンの槍騎士のキャシュ殿なら聞いたことはありませんか」
すかさずコルパス宰相がキャシュ(キース)に話しかける
お茶会の席で護衛に話しかけるというのはマナー違反だし、ましてや自分の護衛ではなく客の護衛である
本当にゴールは作法なんて気にしないんだとモエナは思った
もちろんコルパス宰相がキャッシュの正体を知っていて【龍の剣】をどう思っているか知りたいからとは思わない
コティ姫もあえて【龍の剣】に興味はなく、この場にいるのもゴールの姫としての役割ぐらいにしか考えていない