12 魔道都市カラカラ 02
見渡す限り砂漠の砂と晴れた空
飛空艇の正面がキラキラと水面のように光出し、カーテンが開くように景色が変わる
そこには一周五十メートルほどの泉水を中心に三十軒ほどの建屋が立ち並んでいた
泉水にはナナシ達が乗る飛空艇とは別の小型飛空艇が何隻も浮かんでいる、大型の飛空艇は泉水には下りられないので空中に浮いたまま係留され人族のみが下船する
小型のボートが何隻も近づいてきて荷物と人族を乗り降りさせている
「これ全部魔道具ですよね」
ナナシは見たこともない空飛ぶ小型ボートやオアシス全体を覆い隠す隠蔽の結界に驚かされるばかりだ。ロンは小型ボートを早く降りて街を見てみたいと今にも飛び降りそうにしている。ナナシがローブの裾を引っ張って食い止めている
ロッソの街に入る時、ナナシは商業ギルドの身分証とロンを下働きの新米として登録した
身体検査などされなければ今回も問題なくウルウルの街に入れるはずだ
浮遊ボートが泉水に着水し桟橋に寄せられる
二人分の乗船券を見せるだけで難なく街の中に入る事が出来た
考えてみればウルウルの町はロッソとカラカラを結ぶ中継地点、入管確認はどちらかの町で済んでいるのだ
それでもナナシ達の数人先で入管職員ともめている人族がいる
入管で大声を出していたのはナナシ達の乗る飛空艇に並走していた小型飛空艇のハンターだった
「だから大型のサンドワームが出たのだ。全長で百メートルは超えていた」
ウルウルの職員が集まってくる。周りの乗客もサンドワームと聞いて聞き耳を立てる
「俺たちの商隊はウルウルをロッソに向かって船出した翌朝いきなり襲われた。大型飛空艇が丸飲みだ。護衛の小型飛空艇はチリジリになって逃げだした」
「サンドワームなんてここ何年も現れていない大型魔物だろ。そんな奴がこの最盛期に現れるなんて俺は付いていないぜ」
ナナシ達は二人で列から離れ町へ向かう。明日の朝の出港時間までは自由行動だが
「このまま飛空艇に乗らずに単独でカラカラの街を目指しましょうか。砂漠で行方不明よりウルウルで乗り遅れた方が不審がられないでしょう」
『そうだな。ついでにサンドワームも狩っていくか』
「狩りませんよ。そうと決まれば水と食料を買い込みますよ」
『カラカラの街の場所は判るのか』
「ウルウルから真直ぐ太陽を追いかければカラカラです」
ロンは蒸し風呂のような二等客室で眠らなくて済んだことを喜んでいた
翌朝予定通りナナシ達はウルウルの町で寝坊して船に乗り遅れる
大型飛空艇を見送ってから二人で南下を開始する
ナナシは空歩で砂漠を難なく走り、ロンは飛空魔法で飛んでいる
「あまり高く飛ぶなよ。ロン
他所の飛空艇に見つかるぞ」
北限ほどではないが砂漠にも魔物は多数いる。人族があまり住んでいない、住めない為に人外の地になってしまっている為だ。しかも多くの魔物は砂漠の砂の中に隠れ、突然襲ってくる。今も砂の中から砂漠ムカデが飛び出してきて黒龍尾に弾き飛ばされる
「兄貴のその能力ってどうなっているのです。魔法力じゃないよな」
「神龍様の加護だ。僕自身には魔法力はない」
「兄貴は魔法力がないのか。それでよく息ができるな」
「なんだ魔族は魔法力がないと息もできないのか」
「当たり前ですよ。魔界では魔法力が切れたら即死ですよ。産まれたばかりの赤子だって魔法力持っていますよ」
「ならば僕は魔族じゃないな」
ナナシが大きく砂を蹴って飛翔する
カラカラの城壁は魔道具を使って砂をレンガに加工して積み上げられている
その壁は一つ一つが魔法障壁であり、物理障壁でもある。更に外壁と二重の内壁によって中央区画は守られている
それは自治の中心である中央区画、魔道具工房がある第二区画と第三区画、多くの住民が生活している外街区画とに別れ、それぞれの区画には壁で仕切られ行政を行う円柱型の塔が十二塔建っていて、評議会の代表者によって区画毎に自治運営されていた
各壁門には魔物や人族以外の者が通ろうとすれば即座に拘束トラップが発動する仕掛けがあり、それ以外にも様々な仕掛けがカラカラの内外に成されている。しかし壁門を移動することなく暮らす分には何の支障もないのがカラカラの街であった
今カラカラの第二区画で最も大きな塔の最上階に四人の男たちが集まっていた
ゆったりとしたソファーに腰掛け、品の良いメイドが入れてくれたお茶を飲みながらも誰も自分から口を開かない
結局この塔の主オロスが重い口を開く
「ゴルドバン、どうするのだ」
尋ねられた中央区画の代表ゴルドバンは俺に聞くなという顔をしてオロスを睨み返し
「返還しないという選択肢はなかろう」と答える
「そうなれば【皇帝】をどう治める」
第三区画の代表オルドバンが困り顔でゴルドバンを見る
「いっそ【皇帝】と【皇妃】合わせて返還してはどうです」
外街区画の代表アルフォンスが皮肉を込めて提案する
ゴルドバンは、今度はアルフォンスをにらみつける
「それができるなら五十年前にそうしている。我々がこうして何度も話し合う必要もないわ」
オロスはテーブルのお茶をガブリと飲みほして
「ルーンの要請を受け入れて【皇妃】を返すにしても時間が欲しい。オルドバン、やはり【皇帝】を治める別の方法は難しいか」
「・・・後十年、いいや五年あれば」
全員が「はぁ」とため息をついて、大きく椅子にもたれかかる
アルフォンスが気分を変える為に別の話題を振る
「最近カラカラの周りで魔物の目撃情報が増え続いている。今日入港したハンターは大型のサンドワームに遭遇したと話している」
「魔物が魔族であろうとカラカラの防衛は揺るがぬ」
「ルーンからは返還要求とは別に新魔王軍の情報が寄せられていますが」
アルフォンスがゴルドバンを睨み返す
オロスがニヤニヤ顔で二人を諌める
「そこまでにしておけ、二人とも。カラカラ立街以来、どこの国の干渉も受けず自治都市として運営されているのは我らスナミの一族、先人たちの知恵と結束の成果だ。意見を対決させるのはいいが感情に任せて言い合うのはよせ」
アルフォンスが咳払いを一つして
「外壁の強化と四つ星ハンターを二組呼び寄せているが到着には後二・三日掛かる。魔道具の出荷作業が最盛期で防衛隊に人員を回している余裕はない」
頭からすっぽりと砂除けの布を被ったナナシとロンがカラカラの城壁を見ながら・・・ずっと城壁を見ている
「兄貴、夜になってから忍び込みますか」
「あれは無理だろ。どこにも入口がないぞ」
「出入りは空から飛空艇のみって訳ですね」
『都市全体が何らかの結界に覆われているな』
「つまり忍び込むのは不可能で押し入るのは可能ってことですね。神龍様」
「あんたたち、そんなに簡単にあそこに押し入れるのかい」
ナナシとロンが戦闘態勢で振り返る
そこには今の今までいなかった男・・いや一人の魔族が立っていた




