08 聖域への道 1
白執事が黒メイドを諌める
「お待ちなさい。それは我が主が決める事、我らが命じられたのは話し合いです」
『力で話し合い、相手を屈服させてから語り合うという選択も有ろう』
黒龍王が白執事と黒メイドに提案する
白執事が答える
「大変魅力的なご提案ですが、それでは夜明けを迎えてしまう可能性がございます
リッチ様を退ける強者とは言え、我ら二人には遠く及ばぬとは思いますが時間切れとなれば我が主の望みは水泡に帰すこととなりかねません」
黒メイドが提案する
「そちらが望むものと【玉】を交換したい」
「そもそも【玉】とは何ですか」
ナナシが再度尋ねる
白執事の雰囲気が変わる
「言葉に出すのもお恐れ多い事なれど、貴様が今身に着けている物だ。本来下賤な者が触れる事さえ差し障る物だ」
ナナシは手荷物をすべて袋から出し、ポケットの中の物もすべて取り出す
すると白執事と黒メイドは魔物のブローチが出てきた瞬間、その場で臣下の礼を取る
『これがお前達の言う【玉】か、先住人によって魔界から吊り上げられた魔物の卵』
白執事は臣下の礼を取ったまま
「不遜な発言は慎め」
馬車が左右前後に大きく揺れる
それを見た白執事と黒メイドは焦り出し
「そちらの望みは何だ。早く言え」
「この近くに行方不明のドワーフさん達三人がいます。彼らを救出したい」
白執事が手を三回素早く叩く
パン、パン、パン
ナナシの目の前にドワーフ三人が土まみれで突然現れる、黒メイドが左手首に着いた鈴を大きく鳴らす
チリーン、チリーン、チリーン
三人のドワーフが大きく咳をして息を吹き返す
「望みは叶えた。【玉】をすぐに返せ」
ナナシが白執事に魔物ブローチを手渡そうと近づく。白執事はびっくりしたように後退る
黒メイドがポケットから赤いハンカチを大急ぎで取り出し、震える手でハンカチで【玉】を受け取ると、ナナシやドワーフの事など忘れてしまったかのように赤いハンカチに包まれた魔物ブローチを二人係りで揺れ続ける馬車に運ぶ
途中のディラハンが慌てて骨馬から下馬し臣下の礼を取る
「一体あのブローチ何だったのでしょうか」
『解らぬ。だがまだ油断するな。ドワーフ達を起こして早くここを離れろ』
白執事と黒メイドが馬車にたどり着くとギギギギィギィーーと低く小さな音で馬車のドアが開く
白執事と黒メイドは赤いハンカチごと魔物ブローチを中の主に差し出す
黒いドレスの女の手が魔物ブローチだけを鷲掴みにして受け取る
冥界妃マミーは魔物ブローチを自ら抱く骸骨の赤ん坊の額に置くと、緑の縞模様のブローチが骸骨の中に溶けていく
骸骨の瞳に光が灯る。赤ん坊の体が徐々に赤黒く色づいて行く
やがて骸骨の赤ん坊が手足をバタバタと動かすと冥界妃マミーは愛しそうに抱きしめ頬ずりをする
御車台に乗り込んだ白執事によって豪華な馬車が向きを変え、二体のディラハンに守られながら森の中へ消えていく
ナナシ達は山の峰にいるドワーフたちと合流する為にリーダードワーフさん達と移動していた
「神龍様、奴らおとなしく魔界へ帰ってくれるみたいですね」
『人騒がせな奴らだが、問題は残されたゾンビドラゴンの骨だ』
「どうするのです」
結局、動けなくなったリーダードワーフさん達を残しナナシは山の峰にいるドワーフ達に彼らが無事である事と明日体力が回復したら合流する事を伝え、再度山を下りる
リーダードワーフさん達と合流する前にナナシはゾンビドラゴンの骨が横たわる山裾へ来ていた
「元々は神龍様の体だったのですよね」
『そうだ、ルーンの大穴に落とされた時、我は魂を分離して界壁に留まったが肉体は大穴の中に吸い込まれた。だとすればルーンの大穴は魔界に繋がっている事になる』
「それって大事件ではありませんか」
『大穴は一方通行だ。あそこから魔界の住人が溢れ出る心配はあるない。それよりこの龍骨だ。ドワーフ共や人族が知れば戦争になっても手に入れようとするぞ』
神龍の骨となれば魔道具の材料としても魔法の触媒としても超一級品だ。爪の先でもどれほどの値が付くか判らない。ましてや一体丸ごとなれば大陸全土を巻き込んで争いになる
『【空渦】に飲み込ませるのは容易いが・・・その先がどこに繋がっているか判らぬ以上、後々面倒事の原因になる』
ナナシもスケルトンドラゴンと再戦なんて願い下げたい
『小僧、黒龍剣で龍骨を貫いてみろ』
ナナシは黒龍剣を抜いて龍骨の後ろ脚あたりに突き刺す
黒龍剣が龍骨に深く差し込まれると黒龍剣が小さく震えだし同じく龍骨も震えだす、やがて竜骨は粉々に崩れ落ちる
「どうなったのです」
『魂を竜骨に戻せるかとやってみた』
ナナシびっくりである。まさかのスケルトンドラゴンと再戦どころの話ではない
『予想通り、龍骨は以前の神龍とは別の物になっていた。そもそも神龍をゾンビにすること自体不遜な事よ。よって我が魂の器足らずに砕け散った』
「神龍様は大丈夫なのですか」
『何の問題もない。所詮魂のない器はこのようなものよ』
ナナシは黒龍王の言うことを受け入れるしかなかったが、神龍様が黒龍剣の中に留まり、巨大なスケルトンドラゴンと一緒に旅をすることにならなくてほっとする
その後、黒龍翼で粉々になった龍骨を吹き飛ばし、リーダードワーフさん達と山の中腹で合流、夜明けと共に山の峰を目指す
「あの時、爆裂玉を投げてくれなければどうなっていたか判りませんでした」
「あの剣を使えるのだ。お前さんが凄いハンターだとは判っていたが、まさかあんな化け物たちとガチで戦えるとまでは思わなかったぞ」
「とんでもないですよ。護衛依頼が失敗にならなくて良かったです」
ナナシは土に埋まった彼らを助けたのが、実は死の眷属だとは言い出せなかった
あのまま戦い続けていたらドワーフさんたちは死に、戦いには負けていただろうと思っているナナシ
ネクロマンサーマミューでさえ四体のディラハンを使役していた
きっと彼らならまだまだ強力な手段はあったはずだ。今回は時間が見方してくれたに過ぎない
四頭の骨馬に引かれた豪華な馬車が瘴気の穴の中に消えていく。その時馬車のドアが突然開かれ、赤黒い鎧を着た子鬼が馬車から体を半分乗り出し、馬車の中に話しかける
「では母上、行ってまいります」
「ヨヨヨヨヨヨヨヨォォォォ・・・・・」
「ご心配は無用です。父上には頼りになる兄上も頼もしい姉上もおられるではありませんか。自分は真にやりたい事を見つけたのです」
そう告げると子鬼は元気に馬車から飛び降りて瘴気の穴の中に消えていく馬車をただ一人見送る
御車席にいる白執事が「若様ぁ」と涙声で呼び掛け、黒メイドがオロオロしている
「若様が行ってしまわれる。私は若様にお供するよ」
黒メイドが馬車から飛び降りようとする
白執事が黒メイドのスカートを掴んで止める
「早まるでない。今からではもう間に合わぬ。第一我らはカムイ様との契約で夜明けと共に魔界へ強制送還される。もっとも我が主に抜かりはないわ。若様には影供がちゃんとついておる」
馬車が完全に瘴気の穴の中に消えてしまうと子鬼は森へ振り返り大きく息を吸う
「さあ、冒険の始まりだぁ」




