07 死の眷属 7
リッチの足元の大地が凄まじい異臭を放ちながらゆっくりとゆっくりと盛り上がっていく
『これはどういうことだ。あれはルーンの大穴に吸い込まれ消えたはずだ』
黒龍王がいつもではありえない焦った声で話す
腐った大地の中からリッチを頭にのせて巨大なゾンビドラゴンが立ち上がる
その龍は全長三十メートルを超え、二足で立ち上り黒い鱗は多くが剥がれ落ちている、背には破れた一対の翼を持ち、腹は朽ちて骨が所々見えていた、両目はなく目の奥に銀色に輝く水晶が埋め込まれている
『小僧、油断するなよゾンビとはいえ元は我の肉体だ』
「おれが神龍様の本体」
『違う、魂(本体)はここにある。あれは魂の向け柄だが決して侮れないぞ』
ゾンビドラゴンが瘴気ブレスを吐き、体中から腐食した体液をまき散らしながら上空に上がってくる
リッチとゾンビドラゴンの二体を同時に相手しないといけないナナシは圧倒的に不利だった
『何の問題もないわ。相手にはこちらを倒す【絶対力】がないがこちらには【次元刀】という【絶対力】がある。【次元刀】を打った時点で決着はつく』
だがその為には鎧を脱いで数秒間の溜を作らなければならない。とてもこの二体を前にしてそんな隙ができるとは思えないナナシ
リッチが両手で巨大な黒球を作り出しナナシに放つ
ナナシは黒龍剣で大黒球を両断し、そのままゾンビドラゴンに迫る
ゾンビドラゴンが黒龍爪を両手で放つ
ナナシもゾンビドラゴンに黒龍爪を放つ
二つの黒龍爪がぶつかりはじけ飛ぶと同時に、二つの黒龍尾が激突する
凄まじい衝撃波がナナシとゾンビドラゴンの周囲を平地へと変えていく
リッチは空間を瞬時に自由移動する魔法が使える。ドラゴンゾンビがナナシの注意を引きリッチが奇襲してもいいし、逆もできる
攻め手はまだまだいくらでもある。それに対してナナシは他の死の眷属の動きに気を払いながらドワーフを守り、二体を相手にしなければならなかった
その為にどうしても積極的な攻めではなく守り優先になってくる
リッチはそこを突く、ゾンビドラゴンをナナシに体当たりさせ、あえて肉弾戦に持ち込む
ゾンビドラゴンは黒龍剣で傷つくが何の痛みも感じることなく攻撃は続けられる
その間にリッチは両腕を日が沈み暗くなった天空に向けて差し上げて、再度メテオグランパーの高速演唱を始める
前はナナシ一人を狙って隕石を落とした。それは白い杖でナナシを目標として指定できたからで今回白い杖はゾンビドラゴンの召喚に使っている為使用できない
ならば今度は多数の小隕石を無差別に落下させることにする
リッチが演唱を終え両腕を上から下に振り下ろす
十数個の隕石が無差別に降り注ぐ。前回より大きさは小さいが速さは比べるまでもない
ナナシはゾンビドラゴンから距離を取ろうとするがゾンビドラゴンはそれを許さない
その時何処からともなく飛んできた二発の【爆裂玉】がゾンビドラゴンの頭部と左翼で爆発する。
頭部半分と羽根が吹き飛び、ゾンビドラゴンが地上へ墜落する
ナナシもリッチも共に吹き飛ばされるがリッチは爆風の中に姿を消し、ナナシは地上に降りると黒騎士の鎧を鞘に戻し【次元刀】の構えを取る
頭部半分を失ったゾンビドラゴンが立ち上がりナナシへ迫る
最初の隕石が地上に到達し凄まじい轟音と共に衝撃波と砂塵、地震を発生させる
だが黒龍尾で空中に浮いているナナシは微動だにしない
砂塵の中からリッチがナナシの首を落とそうと白骨の手刀を振り下ろす
黒龍剣が弧を描くように抜き放たれる
リッチの体が右脇腹から左肩にかけて切り離される
迫るゾンビドラゴンの動きが止まる
空間が斜めにずれて全ての隕石群が粉々に砕かれる
砂塵が晴れた時、ゾンビドラゴンはドロドロと溶け始め大地に倒れ込み、やがて骨だけが残る
瞳となっていた銀水晶が白い杖の形に戻りリッチの元へ飛んでいくが途中で黒い塵となって消えていく
リッチは切り離された体を元に戻そうと小刻みに震えていたが、やがてガラスが割れるように砕け黒い霧に変わる
ナナシは様子が変わってしまった山麓を空歩で飛び回りながらドワーフたちを探す
日は完全に沈み当りは闇に包まれる
ドワーフたちは山の峰近くに避難し難を逃れていたが、戦いの最中【爆裂玉】をゾンビドラゴンへ投げてくれたリーダードワーフを始め三人のドワーフさん達は見つけられなかった。ナナシは深夜になっても三人を探し続ける
森の中を四匹の骨馬に引かれた豪華な馬車が進んでくる
馬車の周りには鬼火が灯され、周囲を二体の首無し騎士ディラハンが守っていた
ナナシがその馬車に気が付いた時、体中が悪寒に包まれ足が震える
豪華な馬車は森を抜け、戦いで出来た空き地に停車する
一体のディラハンが馬車の前に出て、長槍で大地を数回叩く
ドーーーーン ドドーーーーーーンと太鼓が鳴るように音が周囲に響き渡る
『今更に話し合いを望むか。小僧、相手の親玉の顔を見に行くぞ』
ナナシが馬車の前方三十メートル程に降り立つと、ディラハンが立てていた槍の切っ先をナナシの方へゆっくりと向ける
ナナシも背中の黒龍剣を抜くために剣の柄に手を掛ける
豪華な馬車の御車台にはゴブリンの伸長程しかないのに頭だけは大人三つ分あろうかと思える真っ白な執事服を着た男と男よりは頭一つ分ほど背が高いだけのガリガリに痩せた全身黒メイド服の女が乗っていた
二人は馬車から飛び降りるとそのままナナシの方へ歩いていき、途中槍をナナシに向けているディラハンに手招きで槍を下に下げさせる
ナナシから十メートルほどに近づき、頭をコクリと小さく下げる執事、おそらくそれ以上頭を下げると重みで倒れてしまうのだろう。一方の黒メイドは九十度にお辞儀をした後ピクリとも動かず固まっている
『あのゾンビドラゴンは何処で拾ってきた』
「はて、ご挨拶も自己紹介もなしですか。それも強者ゆえの特権ですかな
あれはリッチ様の手駒ゆえ、私どもは詳しくは存じ上げません」
黒メイドがゆっくりと体を起こし直立不動の姿勢になって補足する
「詳しくは存じ上げませんが魔界の何処かでしょう」
『・・・・』
ナナシが尋ねる
「では、あなた達は魔界から来たのですか」
白執事が小さく頷き
「はい、三邪看の一人カムイ様と契約し夜明けまで地上で活動する事を許されております」
自らの不利になる情報さえ何でもない事のように話す白執事
『魔界の住民が何の為にここにいる』
「我が主の【玉】が卑劣な罠にかかり地上へ持ち出されました。それを取り戻さんが為にまかり越しました」
黒メイドが補足する
「ですから速やかに【玉】をお返しください」
「返せと言われても【玉】とは何ですか。それを僕が持っているのですか」
「リッチ様のお考え通りに八つ裂きにして取り戻しましょう」
黒メイドの体から瘴気が漏れ出してくる