02 死の眷属 2
ムゥの顔が引き締まる
ベランダの椅子に座るマルルに近づき、右手でマルルの手を取る
「マルル、なぜそんなことを」
ムゥの握るマルルの手は小さく震えていた
「私にも判らないのです。ある日突然啓示を受けました
『神々が地上を無に帰す』と
私には神々とは誰なのか、地上が何を指すのか・・・」
ムゥは左の手のひらを上に向けてマルルの顔に近づけるとその手のひらにふっと自分の息を吹きかける。するとマルルは突然意識を失い倒れる
ムゥはマルルが床に倒れてしまわないようにやさしく支える
「すまないマルル。あなたには【神々の理】に触れてほしくないのです」
ムゥは大声でエルフメイドを呼ぶ
その日からマルルの意識は戻らず昏睡状態が続くことになる
ナナシは突然の爆発によって引き起こされた山崩れと一緒に山を駆け降りる
五メートルを優に超える大岩がナナシの横を転がり落ちている
転べば確実に山崩れに飲まれるがナナシは鎧を装着することなく【空歩】で山を駆け降る
あっという間に山の麓が見えてくる
ナナシは横へ横へと走り山崩れから外れて、森の中に降り立つ
山崩れが収まり、散埃が晴れた後にぽつりぽつりと人影が現れる
それは十五人程の山岳の民だった
彼らは落ちて来た岩を一つ一つ丹念に確認しながら何かを探し、大きな岩は更に粉砕して中身を確認している
「何を探しているのでしょうか」
『やつらは鍛冶を得意とする種族だ。おそらく鍛冶の原料を採取しようとしているのだと思うがな』
しばらくすると森の中からドワーフとは別の人族が現れる
「ハンターですね。護衛任務でしょうか」
『護衛は普通、後から現われたりしないだろう』
黒龍王の言う通りハンターの後ろから別の人族が数人現れる
ナナシは彼らをしばらく観察していたが何をしているのか全く判らなかった
「探し物は見つからなかったみたいですね」
『探し物も気になるが、奴らがどこから来たのかも気になるな』
何らかの転送用魔道具を持っているか村があるか。特にドワーフは岩山を削って住処とする種族だ。そんな彼らが住処の傍であんな爆発を起こすだろうか
ナナシはもう少し彼らに近づいてみることにする
木から木へ飛び移り護衛のハンター達に気付かれないように用心しながらドワーフたちに近づいていく
ドワーフは誰も彼もボロボロの服を着て裸足のままで鉄の首輪をつけている
「彼らは奴隷ですね」
『すると主は森の中から出てきた人族か』
いくら近付いたと言っても会話の聞こえる距離ではない。これ以上はナナシが見つかってしまう
護衛ハンター五人が人族の男たちに呼ばれ、現れた方向へ戻っていく
その後をドワーフたちが続き、ナナシも木の上から移動して後を追う
森に入ってすぐの所に小さな広場があり大型テントが一つ、それを取り囲むように中形テントが三つ設営されている
ドワーフたちはテントの傍に座り込み休憩を取るようだ
人族は大型テントの中に入っていく。ハンター三人が周囲の警戒に当たる
煮炊きを始めた所を見ると夕飯の準備か
大抵の人族は日が沈む前に食事を済ませる。日が暮れると魔物や野生動物に襲われる危険が増すからだ
彼らも日が沈めば外の焚火で寝ずの番をする者とテントで休む者に別れる
テントの中に灯りが灯ったころ大型テントの上に音もなくナナシが舞い降りる。黒龍尾で足場を確保し、うつ伏せになってテントの中の会話を盗み聞く
「・・・・・」聞こえない
『防音魔法が掛かっているからな』
そのままの姿勢で上空高く舞い上がるナナシ
最初は軽い好奇心、のぞき見と思っていたがこうもガードが堅いと益々気になり始める
『解ってしまえばつまらぬことかもしれないぞ。そもそも【聖域】へ行くのではないのか』
確かに彼らのしていることがナナシの素性や聖域と関わるとは思えない
そろそろスルーして南下しようか
翌朝もナナシは謎のキャンプ地を遠目で観察していた。それはやっぱり彼らの目的とどうやってここに来たかが気になったからだ
多くの魔石を吸収させても起動しない魔道具【転送門】をドワーフ達なら使い方を知っているかもしれないからだ
キャンプ地に人族五人程を残して、ハンター二人とドワーフたちが山の方へ歩いて行く
『なんだか間怠 いな。直接人族に聞きに行けばよかろう』
「本当のこと言いますかね」
『それは聞いてから考えれば良い』
考えてみればハンターが護衛任務で雇われているのだから違法な事をしている訳がない
それならハンター組合が仕事を受けないだろう。堂々と出て行って聞けばよいのだ
ナナシは人との交渉ごととか駆け引きとかがそれほど得意ではない
自分の事をうまく説明するのも苦手としている
そんなことでどうしてもこそこそ探り回るような行動をとってしまった
しかし黒騎士で出て行くのは不味い
後々ルーンが・・・・まさか彼ら魔王軍と関係があるのか
結論としてナナシは歩いてキャンプ地へ出向き、堂々と彼らが何をしているのか尋ねる事にする。そうだよ第四灯台を尋ねた時と同じじゃないか。あの時は聖水を頭からかぶったが今回は危険な北限とは違う
心の中で言い訳ばかりするナナシであった
ナナシは鞘に納めた黒龍剣を背中に背負ったままで堂々と森から出てキャンプ地で待機している人族に笑顔で話しかける
「こんにちは、ここで何しているのですか」
弓矢が飛んでくる。それも警告ではなく、ナナシを直接狙って
もちろんナナシは楽々避ける。次の矢が飛んでくる
弓を打つ人族からの大声の警告を聞いてテントの中から剣を持った他の人族も出てくる
ナナシは両腕を上げて敵意がない事を再アピールする
二人の人族が二十メートルほど離れた所から矢を次々と射かけてくる
二人の人族は剣を抜いてはいるが腰は引けている
残った一人の小太りの人族は一番後ろで青い顔でこちらを見ている
ナナシは手を上げたまま飛んでくる矢を避け続ける
ナナシとの距離が十メートルほどになっても二人の人族は矢を射かけ続ける
そろそろ矢が尽きる
「ここで何しているのですか」
ナナシが再度聞き返す。十メートルの距離で、二人係りで放つ矢を避け続けるなど常人には不可能だ。しかも両手を上げたままで
矢が無くなる
弓矢を放っていた護衛のハンターはパニックになりながらもナナシに剣を向ける




