01 死の眷属 1
いよいよ魔道都市カラカラ攻防戦編が本日からスタートします
この章では黒騎士と別れたナナシに新たな仲間が加わり、物語に新たな伏線が加わります
ナナシは手の平の中のブローチサイズに縮んだ卵を見つめながら悩んでいた
これをどうすればいいのか。神龍様の言われる通り砕いてしまうのが正しい判断だと理屈ではよく解っている
ここはゴーランド帝国を南下した山岳地帯の山の中腹
標高二千メートルを超える山々が続き眼下には森林地帯が広がり遥か彼方まで続いているが、ここまで上がってくると木々はもちろん草さえ生えない岩肌だらけの地面が広がっている
本来普通の人族がゴーランド帝国を陸路で南下する場合、大陸をまっすぐに縦に通るエール街道と呼ばれる道を使い大陸各地へと散らばっていくが、現在ザイレーンはボスフォラス火山の噴火で国境の街ガイレスブルグを封鎖している為エール街道を南下できない
もっとも山岳地帯を楽々抜けられるナナシにとっては何でもない事であった
いくら北部が、魔物被害が多いと言ってもここまで南下してくれば滅多に魔物に遭遇しないし食料となる動物も果実も豊富にある
こうやって自然の景色を眺めていればなんと人族の領域の小さな事か
ピーーーーーヒュルルルルル
聞きなれない笛の根が山々に響いて
ドカーーーーーン
ナナシが座る岩場が小さく揺れるほどの爆発が遥か山下で起こる
ルーン総本山空中庭園
ホムラ枢機卿とアチコチ枢機卿が早朝からにらみ合っていた
「使徒モエナをゴーラットのオロロン司祭の元へ派遣する事に異議はないが、賢者ムゥ殿や勇者アラタまでとはどういうことですか」
ホムラが紅茶を一口飲んでアチコチ枢機卿に話す
「マルル様のご意志だ」
その一言でアチコチ枢機卿はがっくりと肩を落として同意する
「そうなると賢者ムゥ殿の大賢者認定は遅れる事になりますな」
ルーン総本山を管轄するアチコチ枢機卿としては賢者ムゥの大賢者認定は新年のルーン大祭の目玉行事だった
「法王ルゥイ三世様は残り二名の勇者捜索とは別に勇者パーティの結成をお考えだ」
「その候補者が勇者アラタ、使徒モエナ、賢者ムゥ殿という訳か」
「そうだ。さらに今ルーンの騎士候補生なっている炎の勇者が加わる」
「サポートは」
「三つ星以上のハンターやルーンの騎士から選定する」
「その為に勇者をハンターパーティに入れたり、ルーンの騎士にしたりしたのか」
ホムラは小さく頷き
「今回のゴーラット派遣はその試金石になる。ダンズウェルス枢機卿には西方教会本部からの支援を依頼済みだ」
「そうなるとムゥ殿にゴーラット行をどう説得するかだな」
賢者ムゥは霧の迷宮からルーン総本山に帰還した後、体力回復以外は大図書館に籠って本の虫になっている
「なぁに、それは簡単さ。あのお方は大賢者認定を渋っているのだろう。ゴーラット行はいい口実になると言えばいいだけさ」
ホムラのお気軽発言にアチコチ枢機卿もその気になるが
「ちょっと待て、ホムラ枢機卿
今残り二名の勇者探索と言わなかったか」
「その通りだ。今回新たな勇者が見つかった。だがこれが大いに問題がある」
ホムラ枢機卿は厳しい顔をして声を落とす
長い長いまっすぐな大理石の渡り廊下を歩きながらムゥはどうしても昔のことを、ほんの百年前の事を思い出してしまう
それを頭から何度も何度も振り払いながら案内の神官の後を歩く、まるで自分は死刑場へ連れていかれる囚人のようだ
疲れたから今日はここまでと言って引っ返しては駄目だろうか
そんなことを考えていると案内役の神官の足が止まる
突き当りのドアを軽くノックするとすぐに内側からドアが開かれ中から一人のエルフが顔を出す
メイド服を着たエルフはムゥの姿を見てほんの少しだけ目を開く
ムゥはそれが普段無表情なエルフがどれだけ驚いているか理解できるから、ますます帰りたくなる
案内役をエルフメイドと交代して更に奥の部屋へと進んでいく
予め命じられているのか彼女のいる部屋へはムゥ一人だけで入るように促される
入った部屋の中には大きなベッドが中央に置かれているだけで後は小さなテーブルとちょっとした調度品がある程度、そして白い壁に一枚の人物画が飾られているだけ
その人物画を見てムゥは落ち込み益々帰りたくなる
東と南向きに大きな窓があり日当りもよく、秋の優しい風が部屋中を満たしている
その部屋を出たバルコニーの椅子に彼女は座っていた
「やあ、久しぶりマルルちゃん」
聖女マルル
ムゥが帰還するまで唯一の前勇者パーティの生存者
百年前、勇者バンが聖域を初めて訪れた時、精霊王に自ら望んで勇者パーティにハイエルフの乙女として加わる
その後彼女は勇者バンと共に魔王を打倒しルーン総本山に帰還する
しかしその時、彼女はすでにすべての魔法力を使い果たし命の炎までも燃えつくしていた
帰還後一ケ月も経たぬ内に彼女は視力を失い、歩くこともできない程に衰弱する
さらに勇者バンは人族復興の為にターネシア大陸中を駆け回っていて彼女の傍にはいなかった
明日にでも命の炎が尽きようとしていたそんな時、彼女の眠るベッドにいるはずのない勇者バンが現れる
その後何があったかルーンの誰も知らない
マルルは、視力は失うものの命は奇跡的に取りとめ、勇者バンは旅先で突然意識を失い倒れ、そのまま帰らぬ人となる
それからのマルルは不自由な体にもかかわらずハンター組合や戦争孤児院の設立を始めとして人族復興に多大な貢献をする
特に三代にわたり法王を育て、今のルーンの枢機卿たちは、みなマルルに幼いころから育てられている
そして彼女は人族に大きな災いが迫った時【予言】という救いの手を幾度も差し伸べる
ムゥはそんな彼女に会いたくなかった。なぜならムゥは本当の彼女を知っているから
勇者パーティの一員として天真爛漫で春の陽のような彼女を知っているから
マルルは無表情でムゥの方に振り向くことなく答える
「ムゥ
本当に久しぶりね。まさか再びあなたと話ができるとは思わなかったわ
長寿族のエルフである事がよいことだと再認識できました」
マルルは見た目十五歳くらいの女の子に見えるがムゥが初めてマルルにあった時には彼女はすでに二百歳を超えていたから今は・・・ムゥの背中に悪寒が走る
「相変らずあなたは余計な事を考え過ぎる癖がありますね」
「百年ほどすることがありませんでしたからね」
「この百年の歴史話をしてあげたいけれど、あなたなら私以外からいくらでも聞けるでしょう、今はこれからの話が先です」
「新魔王軍の事ですね」
「確かに新魔王軍は人族にとって重大な脅威です。しかしそれは今世の勇者や仲間たちが対処しなければいけない事です」
「私もそう思っています。では他に」
「今回ムゥ、あなたに嫌々来ていただいたのは私の予言に関して知っておいてほしいのです。もしかしたらルーンの神はこの世界を一度無に帰そうとしているのかもしれません」