21 それぞれの門出 1
ナナシが両手で黒龍剣を握り上段に構えたまま、真直ぐ【凍将】と対峙する
【凍将】も四本の氷の剣でナナシを貫こうと前に出る
ナナシの足元から泥の槍が伸びる
【腐クジラ】がナナシの横に回り込む
泥の槍は黒騎士の鎧を貫くことはできない。精々ナナシの勢いを妨げることくらいしか役には立たない
【凍将】の氷の剣もしかり、黒騎士の鎧は凍ることはない
ナナシは黒龍剣を【凍将】に振り下ろす。【凍将】は氷の剣もろ共真っ二つになり、後ろに隠れていた
【泥人】も黒龍剣の剣圧に両断される
【腐クジラ】が不敵に笑う
『無駄ですよ。この空間では我々は不滅です』
「だから空間を切った。黒龍剣は僕の願いに答えてくれた」
真っ二つに切られた【凍将】と【泥人】の切れ目から空間が避ける。二人の先住人が裂けた空間の中に吸い込まれ、やがて消えて無くなる
木霊が使った【神威の渦】をナナシは黒龍剣で小さな規模で再現した
【腐クジラ】はその様子を呆然と眺めていた
『いったいお前は何なのだ』
「僕は先住人じゃない」
ナナシが黒龍剣を横に一閃すると【腐クジラ】も裂けめの中に消えていく
『終わってみればあっけないものだな』
「彼らはどうなったのでしょう」
『我にも判らぬ。どこか別の空間に飛ばされたにしろ、所詮奴らはこの淀んだ空間でしか生きられない忘れられた民だ』
急速に地面が渇きはじめ土がサラサラの砂になっていく。星さえ見えなかった暗い空が明るくなり始める
『狭間の空間が主を失いどこか別の空間に飲み込まれようとしている』
「魔界に落ちるかもしれないってことですか」
『可能性は大いにある。小さいものが大きいものに引かれ、弱いものが強いものに飲み込まれるのは自然の摂理だ』
何もない空間から白い魔法陣が浮き上がるように現れる。魔法陣の外円部から光の柱が立ち上がり中からナナシが現れる
「魔道具【転送門】を使ってしまいました。魔石を貯めないと【転送門】を使って聖域へ飛べません」
『仕方あるまい。使わなければここへは戻ってこられなかった』
ナナシは後ろを振り向き凍り付いた魔物と洞窟を確認する
「そうですね。でもどうせならザイレーンとか聖域の入り口とかに転送すれば良かった」
『あの場でそんな余裕はあるまい。何処でも狭間の空間から脱出できたことを喜べ』
黒龍王は詳しく話さないが空間崩壊に巻き込まれれば時間軸さえ超えて飛ばされる恐れもあった
『ところで小僧が持っているそれは何だ』
ナナシの左手には人族の頭サイズの卵が握られていた
「魔石と間違えて拾ってきたのですよ。あの時の魔族の卵」
『【腐クジラ】の腹から落ちてきたやつだろ。もっと大きくなかったか』
「確かその時は一メートルくらいあったと思うのですが・・・小さくなっています」
緑の縞模様の卵を左手でお手玉のように玩びながらナナシは答える
『後々厄介ごとになるぞ。ここで砕いてしまえ』
「そうなのですが神龍様、何となく割ってはいけない気がするのです」
『小僧に予感や予言が出来るとは思えんがな』
ナナシは魔道具【転送門】を再使用する為に氷漬けの魔物から魔石を取り出し始める
どことも知れぬ洞窟、明かりさえなく風さえ吹き込まない。漂っている瘴気の中で幻影将軍ポゥとブルートの声だけが洞窟に響く
全身をダークグレーのローブに包まれた男が青の鎧を着たブルートに話しかける
「サラマンダーの件はご苦労様でした
プライドばかり高い蛇をその気にさせるのは骨が折れたのではありませんか」
「問題ない。昔の契約を果たせと督促しただけだ」
「あの蛇はもう少し役に立つと思っていたのですが、やはりルーンの力は侮れませんね。ところでリンガーベルグはどうしました」
「もう一つの依頼を執行中に旧魔王軍の黒騎士の鎧継承者と交戦した
その戦い中で破壊された
それもあって先住人の住処については確認できていない」
「それは彼らから我々に干渉さえしてこなければ問題ありませんからね
しかし、それほどの実力を持つ魔族がまだ魔王軍以外にいたのですね
まさか先住人の手駒の可能性は」
「判りかねる。先住人の手先には見えなかったが
外つ国まで出張って手に入れた魔道具であったが、あの程度の打ち合いで破壊されるとは残念だ」
「それは私に任せてもらえますか、もうすぐ新魔王軍初めての大規模作戦が実行されます
その過程でブルートさんの武器についても手配できるでしょう。お土産のサラマンダーの角も役に立つでしょうし」
ルーンの教会関係者はもとより多くの市民に見送られながらモエナ達「戦う聖女様」ご一行がザイレーンの街を出発する
皇帝ゼンザイとカーマイン首相がザイレーン城のバルコニーからその様子を見ている
「まあ仕方ありませんね」カーマインが使徒モエナの大人気にあきらめ気味につぶやく
皇帝ゼンザイはそれには何も答えず、ただ小さく頷く
「帝国民からはもう少し滞在していただき復興支援に協力を願う声が高かったのですが、旧ゴール領ゴーラットで新たな魔王軍の動きがあるそうです」
ゼンザイは白い雪が頂上に積る山を見ながら
「港町マリーラットを含む北部に影響が出ぬようにオークスに警戒させよ。あそこからの物資がこの冬のザイレーンの生命線になる。ルーン教会が何と言おうと難民は受け入れるな」
カーマインが無言で同意する
「モーリー博士
北限第四灯台の再建には数年は掛かるそうです」
「ザイレーンがこの様では仕方あるまいアルルカ君
それよりルーン教会が引き続き支援をしてくれるとバチス司祭様から連絡が来たぞ。次の冬までに北限第五灯台をベースキャンプに改造して北限の更なる先を調査できるように施設を整えよう」
「判りました。それ迄にナール君は帰ってきますかね」
「帰ってくるさ。先住人に相当興味があるようだったし、東海岸は割りと安全な航路だからね」
「もしかして、すでに一人で北限の先に行ってたりして」
モーリー博士が笑いながら答える
「まさかな、まだ海は凍っていないし、どんなに速く走れても空は飛べないから無理じゃよ、無理」
後一話で「北極の大地編」も終了となります
もう少し短い話にする予定でしたが伏線を作り過ぎて詰め込み過ぎました
次章はもう少しシンプルに話を進めようと思います




