20 魔王を作る者たち 3
黒騎士に似た赤黒いスケルトン魔族は素早く先住人やナナシから距離を取る
だが着地した瞬間、地面が沼のように沈み魔物の五体を拘束する
【泥人】が竿を立てるとどんな仕掛けか針が魔物からするりと抜ける
魔物はもがいて泥沼から抜け出そうとするがもがけばもがくほど地面に沈んでいく
【泥人】はすでに釣り上げた魔族に興味をなくし【凍将】が造った肉団子を針に付けると先ほどと同じように湿った土に投げ入れる
泥に半分沈んでしまった魔族が吠える
口から火球を吐き出すが【凍将】が腕を伸ばし軽く握るだけで火球は消えてしまう
『そうでしたね。ここで何をしているかでしたね。論より証拠
実際に見てもらいましょうか』
【凍将】が魔族に近づき四本の腕で魔族を泥から持ち上げる。すると魔族は見る見る凍り付いて行く。凍った魔族を【凍将】が【腐クジラ】に投げつけると【腐クジラ】はパクリと氷漬けの魔族を飲み込む
更に【凍将】が泥の中から氷漬けの魔物を何体も取り出して【腐クジラ】に投げつけ、【腐クジラ】が次々に飲み込んでいく
【腐クジラ】の腹がうねうねと脈動し膨らむと腐って骨が見えている下腹あたりから一メートルほどの楕円形の卵がボトリと地面に落ちる
『この卵はいろいろな魔物や魔族を私の腹の中で一つに混ぜ合わせたより強い魔族です。いずれこの中から更に強い魔族が生まれます。我々はこうやって魔王を作っているのですよ
外で氷漬けになっているのは大したことのない魔物で釣りの餌ですね。泥の中に仕舞っているのはそれなりの魔物でより強い魔族の素材です』
かつての世界には天界のみが存在し、天界には神々と呼ばれる者達が住んでいた
天界の外は何も存在しない【虚無の世界】が広がっていた
ある時天界で大きな争いが起る
争いに敗れた方の神々は天界を追われ【虚無の世界】へと追放された
天界を追われる神々を哀れんだ創造神は新たな世界をそこに作った。それが魔界の始まりだ
一方で天界と魔界との間で新たな争いが起こらぬよう二つの世界の間に大地を置いた。それが人界の始まりである
人界をより強く強固な隔てにする為に天界と魔界の神々は命の種を人界に振りまく、そして長い長い歳月を経て人界はあらゆる命の【ゆりかご】となる
『だが、その何もない虚無の世界にも実は命はあった。われら先住人の祖先たちが闇の中でひっそりと生きていたのですよ
世界創造の中で先住人は飲み込まれ、追いやられ、気が付けばこの狭間で三人だけになっていた』
世界の【理】を勝手にベラベラと都合よく話す先住人に黒龍王は苛立ちを覚える
『だから我々は世界を元の姿に戻そうと思っているのですよ』
「それが魔王を作る事ですか」
ナナシは話が壮大過ぎて着いて行けない
『なぜ魔王が百年周期で生まれてくると思います。なぜ強力な魔王軍が現れるか判りますか』
ナナシが首を振る
『それは我々が魔王を作り、魔王軍を用意して百年毎に解凍して人界へ解き放っているからですよ』
「それでは今回現れた新魔王軍も」
『もちろんですよ。つい最近解き放ちました。今回の魔王は歴代魔王の中でも我々の最強傑作ですよ。だから今は手持ちのストックが減ってしまい、こうしてせっせと魔物同士を掛け合わせてより強い魔物を作っている訳です』
『魔王を作る事と世界を元の姿に戻す事がどう結びつく』
『ハハハハ、それは簡単な事ですよ。龍の王よ
天界と魔界を隔てる人界が魔王によって魔で満たされたらどうなると思います』
『天界と魔界が繋がり新たな天魔戦争が起きる』
『正解です。しかも【命のゆりかご】である人界を飲み込んだ魔界の神々との戦争です。すべての世界は虚無へと戻っていくでしょう
我々はこの狭間で世界が無に戻るのを待っていればいい』
『ならば先ほど地面から現れた魔族は』
『その通り【泥人】が魔道具の竿で釣り上げたのは魔界の住人ですよ
なかなか大物は用心深くて最近は釣り上げるのに苦労していましたが、今日良い餌が舞い込んでくれました』
ナナシが黒龍剣を構えなおす
ナナシの足元が泥沼に変わるが空歩で浮いているナナシは沈むことはない。泥の中から【泥人】の腕がいくつも伸びて来てナナシの足を拘束する
ナナシがインパクトスラッシュを地面に打ち付けて【泥人】の腕を吹き飛ばす
釣り針が付いた糸が蛇のようにうねりながらナナシに迫る
ナナシが黒龍剣で釣り糸を切断し、返す刀で釣り針も切る
【凍将】が四本の腕を交互に打ち鳴らす。氷球が多数ナナシに迫る
【泥人】の体の中から多数の釣り針が伸びてナナシを捕えようとする
【腐クジラ】が酸腐液を頭の上の呼吸穴からナナシに向かって噴き出す
ナナシが黒龍翼で竜巻を作り先住人の全ての攻撃を吹き飛ばす
『この空間からは脱出できませんよ。そして我々はここでは不滅です。ここに来た時点で、あなた方は詰んでいるのです』
『引きこもりの田舎者共め。世界の【理】を都合よく捻じ曲げるな』
「神龍様 次元刀で空間ごと切れば」
『早まるな小僧。下手をすると魔界に引きずり込まれるか【虚無】に飲まれるぞ。それにこの状況では次元刀を打つ間合いが取れない』
【泥人】が地面に潜る
四本の腕に氷の剣を持った【凍将】が前に出てナナシに切りつける
地面から突然現れる二メートルほどの泥の槍を避けつつ、黒龍剣で氷の剣と打ち合うが、徐々に【凍将】の剣に押されナナシが後ろに下がる
【腐クジラ】がナナシの後ろに回り込み、尾ひれでナナシを叩く
大きく吹き飛ばされるナナシ
地面を転がり三匹から距離を取ろうとするナナシだが、泥の波が津波のように盛り上がりナナシを飲み込もうと迫る。飲み込まれる寸前の所で空歩を使って空中に逃げるナナシ
逃げた先には【腐クジラ】が先回りしていて再び尾ひれで地面に打ち付けられる
『相手は戦い慣れているぞ。小僧を消耗させて氷漬けにするつもりだ』
【凍将】の剣が再びナナシを追い詰める
ナナシは黒騎士の言葉を思い出していた
『龍剣は大地を砕き、海を割り、空さえも引き裂く剣だ
龍剣は貴様の願いに答える
すべては貴様がそうありたいと願うことから始まるのだ
貴様が望めば龍剣はその願いに答える
貴様に足りないのは覚悟だ。恐れず一歩を踏み出せ』




