18 魔王を作る物たち 1
ナナシは黒騎士の兜を鎧の中に収納しロクロンに話しかける
「ロクロンさん、僕ですナールです」
ロクロンは黒騎士の男が港町オスカーにいたナールだと判ると驚愕の表情をして尋ねる
「ナール君なのか、君が持っている物は何だ」
ナナシは左腕に持つ【鉄鉞】を持ち上げて
「壊れた魔道具です」と答える
それを聞いたロクロンはそれまでの警戒感を捨ててナナシの元へ走り出す
息せき切ってナナシに近づいたロクロンはナナシから【鉄鉞】奪い取るように手に取るとじっと【鉄鉞】を見つめる
「間違いないリンガーベルグだ」
「ロクロンさん、あの象知っているのですか」
ロクロンはまたびっくりしたようにナナシを見る
「ナール君、リンガーベルグを見たのか」
「はい、ある魔族がその魔道具を持っていて彼と戦いました。その時魔道具から現れたのがリンガーベルグと名乗った巨象です」
ロクロンはそれを聞いて考え込んでしまう
少なくとも彼の目の前にいる少年はリンガーベルグと戦って、これを退けている
目の前のクレーターがその戦いの跡ならば、ナール君は尋常ではない実力を持っていることになる
ロクロンとしては、これもめぐり合わせ港町オスカーで彼に出会ったのはヒゴの国の守り神【和風月名様】のお導きかもしれないと思い、リンガーベルグの引き渡しを依頼する事にする
「もともとリンガーベルグはヒゴの国を荒らしまくっていた魔獣だ。多くの仙術使いがリンガーベルグを退治しようと挑んだがことごとく敗れた
ついに国主様が軍勢をもって退治に乗り出してな
流石のリンガーベルグもこれにはどうする事にできず、最後はこの魔道具【鉄鉞】に封印された。もう五十年以上前の話だ
ところが最近魔道具【鉄鉞】が何者かに盗まれた
盗まれた状況から我々は、犯人は【魔法人】だと確信しリンガーベルグ奪還の為ターネシア大陸へとやって来たのだ」
「それほどまでして取り戻す理由があるのですか」
ナナシには不思議だった。別の大陸へ渡ったのなら、もう国を荒らされる心配はないだろう
「宝物庫を警護していたのがサンターナ様の一族だった
リンガーベルグが盗まれた時多くの一族の者が犠牲になり、一族の名誉の為にも何としてもリンガーベルグは取り戻さねばならない」
ナナシには一族の名誉とかはますます良く判らない
「俺とサンターナ様はリンガーベルグの居場所を知る為に聖域を訪れ【真実の鏡】を使って、ここにリンガーベルグがいる事を知った。それで魔道具【転送門】を使ってここまでやって来たという訳だ」
「・・・・・
ロクロンさん聖域に行ったのですか、聖域には【真実の鏡】があって、それを使うことができたのですか」
今まであまり興味なく話を聞いていたナールが急に乗り気になったのでロクロンは戸惑いながら答える
「ヒゴの国の生き神様【和風月名様】は聖域の精霊王様とも交流がある。【和風月名様】の紹介状があったので話は早かったな」
「ロクロンさん
僕はある事情があって聖域へ行きたいのです。【真実の鏡】を使って知りたい事があるのです。僕を聖域へ連れて行ってくれませんか」
ロクロンは困り果てた
「ナール君
残念だが我々には君を聖域へ連れていける権限も力もない。今回は【和風月名様】の紹介状のおかげで聖域に入れ【真実の鏡】を使うことはできたけれど精霊王様には会ってはいないし他の精霊の方々にさえ会えてはいないのだ
すまないが力にはなれそうもない」
ナナシはがっかりしたが【真実の鏡】が存在し利用できると判っただけでも聖域へ行く価値はある
「今の私にできる事は魔道具【転送門】を使って君を聖域の入り口に連れて行くことくらいだ」
またまたナナシびっくりである
「ここから聖域へ行けるのですか」
「魔道具【転送門】で聖域の入り口までなら行ける。中に入れるかどうかは保証できないというか難しいだろうが」
しかしナナシはこれを受けるかどうか迷った。ここ北限の地でナナシは【先住人】を探している。それにブルートの行方も不明だ
このまま【転送門】を使用して聖域の入り口へ行ってしまえば、ここでの【先住人】という手掛かりを失ってしまう
徐々に風が強くなってきている。星空も雲で覆われ出した
「ナール君、俺は長くここに留まる事は出来そうもないから手短に言おう。俺がここへやって来たのはリンガーベルグの奪還だ。どうだろう俺と取引をしないか」
「取引ですか」
「そうだ取引だ。君は俺にこの折れた鉞を売る。俺は魔道具【転送門】を代金として君に支払う。どうだ取引しないか」
そう言うとロクロンは懐から六角形の掌ほどの箱を取り出す
「これが魔道具【転送門】だ。高価な魔石をいくつも使わないといけないが行きたい場所へ一瞬で移動できる」
「でもロクロンさん
これを僕に渡してしまったらロクロンさんはどうやってここから戻るのですか」
ロクロンはにこりと笑い。懐から魔道具【転送門】とよく似ているが形の違う魔道具を取り出す
「こんな貴重な魔道具をロクロンさんは二つも持っているのですか」
「いや、そうではない。一つは確かに俺のものだが、これはサンターナ様のものだ
今回ヒゴの国を出発する時、国主様がいざという時の為にと二人にそれぞれ預けられた。俺は今がその時だと思う」
サンターナ様も自らの【転送門】を俺に預けたのは必ず生きて帰れとのご命令だ
「さあナール君 俺と取引してくれ」
魔法陣の光の中へ【壊れた鉞】を持ったロクロンが消えていく
ナナシの手の中に魔道具【転送門】が握られている
『あやつの言う通りなら聖域の入り口に一気に行けるのはありがたい。何しろ聖域の入り口は中々見つけられるものではないからな』
「そんなに難しいのですか」
『強力な結界が張られている。入口を見つける事も入る事も至難だ』
天候が再び荒れ始めたかと思うと、あっという間に視界は失われ、強吹雪になる
「これではブルートさんを探すのは無理ですね」
『無暗に動き回っても迷うばかりだろう。真北を目指そう。何かがあるとしたら北だ』
ナナシも黒龍王と同意見で黒龍翼を広げ上空に舞い上がる
そのまま雪雲を抜け天空をのぞむ。体感では昼間なのに太陽は見えず星空が煌めいている
雲に阻まれ地上の様子は見えないが、どうせ雲の下へ降りても吹雪で地上の様子は判らない。それならばこのまま全力で真北へ飛ぶ
魔道具【転送門】
厖大な魔石を使用して訪れたことのある場所はもちろん、行った事のない場所へでも転移できる
場所の指定は聖具【言霊の手鏡】や【水鏡】【真実の大鏡】などの画面でも構わない
一度転送した場所は魔道具に三つまで記録されている




