17 先住人 5
「黒騎士
懐かしいな。確かお前は西の海に沈んだと聞いていたが」
青鎧の男は構えを解くことなくナナシに話しかける
ナナシもそれを聞いて気が付いた彼もまた旧魔王軍、それも黒騎士に気軽に話しかけられる軍団長クラスだ
モーリーさんの居た灯台を破壊した事を考えれば、レッドニアさんの時のようにナナシの正体を明かすのは良くない気がする
だが彼は間違いなく【先住人】の情報を持っている。どうするか迷うナナシ
「随分無口になったな黒騎士。百年も海の底にいるとそうなるのかな」
「僕は黒騎士ではありません
黒騎士さんはアッカバッカさんと一緒に輪廻の輪に戻りました」
とたんにナナシに掛かる青鎧の男の圧が強くなる
「ほーーーう
随分と旧魔王軍の事に詳しいではないか」
青鎧の男の後ろに立つ巨象が苛立つように左前足で凍った地面を掘り起こす
「俺は黒騎士のようにアッカバッカ様に仕えていた訳ではない。アッカバッカ様の理想に仕えていた」
青鎧の男が大きく飛び上がり、その後ろから巨象がナナシに突進する
ナナシも青鎧の男を追うように飛び、巨象の背中に飛び移る
直後に横に掃われた鉞を、黒龍剣を打ち込んで受け止めようとするが相手のパワーが違う。黒龍剣ごとナナシは吹き飛ばされる。
空歩で巨象の牙を避け、黒龍尾が巨象の横顔を叩くと同時に青鎧の男に向かって近距離で黒龍爪を放つ
青鎧の男は鉞で黒龍爪を軽くいなし、巨象は黒龍尾に叩かれても微動だにしない
「貴様が黒騎士クゥでないのなら、その鎧を引きはがし新たな魔王様へ献上する」
「なぜ灯台を破壊したのですか」
「答える必要はない」
黒龍王が嬉しそうに答える
『流石は軍団長クラスじゃないか。今なら遠慮なく力が振るえるぞ』
「我が名はブルート
元魔王軍、青の突撃団長ブルートそして今は新魔王軍の客将だ」
『我が名はリンガーベルグ、魔道具【鉄鉞】に宿りし魔獣なり。黒き剣に宿りし龍よ。我が力の糧となれ』
名乗りなど上げたことのないナナシとしては、堂々と名乗れる名など持ってはいない
「神龍様 あの魔道具?魔物?喋りましたよ」
『火炎竜といい、この象といい、最近上位者の何たるかを知らん輩が増えたわ
己の力のありようを、わが身を持って知るがよい』
黒龍尾が更に太く大きく伸びる、二枚一対の黒龍翼が四枚二対に増える。ナナシがゆっくりと翼を広げ空中に舞い上がる
「何をする気ですか 神龍様」
ブルートは巨象リンガーベルグの首の上で魔道具【鉄鉞】を構える
巨象リンガーベルグがまるで空歩のように巨体を物ともせず空中に駆けあがり、ナナシへ突進を掛ける
黒龍翼の竜巻を【鉄鉞】で難なく切り、鉞をナナシに振り下ろす
ナナシは黒龍剣で再度受け止めるが、今度は四枚黒龍翼の力で吹き飛ばされる事なく鉞を楽々と受け止める
巨象の牙とブルートの鉞が同時にナナシに迫る。牙は黒龍尾で跳ね返し、鉞は黒龍剣が受け止める
ナナシが十メートルを超えるほどの黒龍爪を氷の大地を三つに切り裂きながらリンガーベルグへ放つも巨象の牙に触れたとたん黒龍爪が飛散する
『おそらくあの牙には魔法力や魔力を飛散させる特殊能力がある。氷男がバラバラになったのもその所為だ』
「鉞も打ち合う度に威力が増しているように感じます。そっちは魔道具【鉄鉞】の能力ですかね」
「流石に以前の黒騎士とは違うか
個々の威力は今の方が遥かに上だが、以前の黒騎士なら今頃我が首は飛ばされておったな
【鉄鉞】の威力は鉞に十分に満ちた。リンガーベルグよ。決着をつけるぞ」
巨象リンガーベルグが大きく嘶き、長い鼻から爆裂弾を多数打ち出す
ナナシは数倍に上がったスピードで爆裂弾を避け、鉞を構えるブルートに迫る
巨象の大きな耳が前後に揺れ、風の刃がナナシに迫る
ブルートが巨象から大きく飛び上がりナナシの上方から大上段に最大力で【鉄鉞】を打ち下ろす。その威力はトリプルインパクトを優に超えていた
ナナシは上段から迫る【鉄鉞】に対して下段からメガインパクトを打ち上げる
二つの衝撃破がぶつかった瞬間、空間も時間もすべての存在が無に換える
直径五十メートルを超えるクレーターが出現し、周囲の氷をすべて粉砕する
氷の大地の下から、どれほどの年月が経つか判らない古の大地があらわになる
巨象リンガーベルグは二つの衝撃波の中で銀の光に戻る
その衝撃波は北極の大地全体へ広がっていく
巨大なクレーターに薄っすらと雪が積もり始めている
北極の大地を衝撃波の波が襲い、風は止み、空は雲が吹き飛ばされて星空が見えている
何もない空間から白い魔法陣が浮き上がるように現れる。魔法陣の外円部から光の柱が立ち上がり中から一人の男が現れる
男は巨大なクレーターと何もない周囲を見回して思案にくれる
「本当にここなのか。【真実の鏡】が示した場所は」
男は戸惑いながら慎重に周囲を捜索し始める
「うーーーん
流石に神龍様の加護があっても体中がいたいです。頭もガンガンする」
雪で覆われたクレーターの底から周囲を警戒しながらナナシが立ち上がる
黒龍剣を背中にしまいながらナナシが神龍に話しかける
「ブルートさんはいませんね」
『まさか上段からとはいえメガインパクトと打ち合えるほどの衝撃波を放てるとはな。軍団長クラスの実力は侮れないな
奴も近くに吹き飛ばされているはずだ。倒したとは思えない。油断するなよ小僧』
ナナシが周囲を警戒しながらクレーターの外へ空歩で駆け上がろうとした時、クレーターの斜面に刃が砕けた【鉄鉞】が刺さっていた
壊れた【鉄鉞】の握り手を左手で拾い上げクレーターから脱出する
『武器を失って離脱したと考えるのが妥当だが、他に仲間がいないとは限らないぞ』
ナナシがクレーターの周囲を見回していると五百メートルほど離れた所に人族と思しき男を確認する。地吹雪で相変らず視界は悪いがブルートではない
伸長はブルートと変わらないくらいだか防寒着を着ている
ナナシは油断なく男へ近づいて行く
魔法陣から現れた男も黒い鎧を着た男に気が付いていた
そして近づいてくる男の左手にリンガーベルグが宿る武器を持っている事にも
「そこで止まれ。何者か名乗れ」
百メートルほどに近づいてナナシには男が港町オスカー出会った外洋船プリンセスサンターナ号の船員ロクロンさんだと判った
魔道具【鉄鉞】
打込む毎にその破壊力を内に溜めることができる魔道具
巨象リンガーベルグが封印されている




