13 先住人 1
城のバルコニーに火山灰が積もり、一時溶岩が降り注いだことからゼンザイ皇帝はいつもの執務室へ移動していた
そこへ民の避難指揮にあたっていたカーマイン首相が返ってくる
「今回はルーンの一人勝ちか」
「状況は未だ混乱しています。北城壁の守備隊を率いたコラン将軍や兵士、魔法使いを英雄にしましょう」
「としても竜を倒したのはゴーラットの聖女となる。多くの民の支持はルーンに集まる」
後に竜にとどめを刺したのが【七聖剣】である事が判り、【七聖剣】の返還を強く推し進めた皇帝は面目を失わずに済むこととなる
モエナと別れたナナシはゆっくりとしてはいられない、モエナの口からナナシの事がルーンに知られたら槍騎士や盾神官がやってくるかもしれない
その前に黒騎士の姿が多くのルーン関係者に目撃されているのは間違いない
ハンター組合ザイレーン支部は閉鎖されていた
建物は無事だったがいくら石造りでも倒壊の危険はあるのでハンター組合は建物の外で大型のテントを張って活動していた。溶岩や噴火の炎は収まっていたが、まだまだ灰が降り注いでいる
組合長自ら陣頭指揮を取り消火班と救助班に別れてフル活動中だ
ナナシは職員と思われる一人に話しかける
「アルルカさんがどこにいるか知りませんか」
「身元不明者の確認は明日以降になる。明日以降ここに掲示板がでる。それで確認してくれ」
「そうではなくモーリー博士の助手をしているアルルカさんを知りませんか」
職員はそのまま首を振りながら立ち去っていく
ナナシはこの状況ではどうしようもないかと周囲を見渡す
モーリーさんの話では灯台と繋がっているのはハンター組合の地下にある魔法陣のはずだ。混乱している今なら忍び込めないか
モーリーさんの助手のアルルカさんは調査チームの物資を灯台へ送る為の準備活動をハンター組合でしているはずだから、もしかしたら組合の地下にまだいるのかもしれない
ナナシは混乱している職員の目を気にしながら組合ドアを開けてそっと中へ忍び込む。中は避難中なので当然誰一人いなかった
地下へ降りる階段は、組合の職員通路の奥にあった
うす暗い階段を降りると真直ぐな廊下と左右にそれぞれドアが二つ、如何にも物置倉庫という感じだ
一つ一つドアを開けて中を慎重に確認する。中はほぼすべての荷物が倒れ散乱していた
突き当りの正面のドアを開けると、そこも倒れた荷物や棚で散乱しているが、ナナシにはここが捜査隊の物資置場だとすぐに判った
灯台にあったものと同じ厚手の防寒着が数着、食料も備品もみんな新しい物ばかりだ
ナナシは耳を澄ますが何も聞こえない。小さな声で「誰かいますかぁ」と声をかける
すると奥のドアの向こう側から何かを叩く音が聞こえる
ナナシは荷物をかき分けるようにして進み、奥のドアを開けようとするが開かない
黒龍剣を抜いてドアをゆっくりと切る
木製ドアは豆腐でも着るように簡単に切断される
「助けて助けて、荷物に押しつぶされて身動きできないの」
奥の部屋も他の部屋と大差ないくらいの状況だったが、何処にいるかは判らないが声がする
「今助け出します。どこにいるのですか」
その女性は部屋角で倒れてきた棚の下敷きになっていた
ナナシが見る限りケガはしていないようだが痛みに耐えている様子が痛々しい
棚を持ち上げ何とか這い出して来る女性の頭にはウサギの耳が付いていた
「あなたは獣人族ですか」
「ええ、そうよ
獣人族は珍しいから、最初皆さんびっくりされるわ
私は雪ウサギ族のアルルカよ。助けてくれてありがとう」
「やはり、あなたがモーリーさんの助手のアルルカさんでしたか
僕はナール、内陸船の護衛をしています」
アルルカはモーリーの名を聞くと慌てて立ち上り部屋の真ん中の散乱する荷物を動かし始めるが、足をねん挫しているようで、とても痛々しい
「荷物を片付けるのは後にして、ケガの治療を先にしませんか」
「モーリー博士を知っているのなら、彼が今どこにいるか知っているのよね
この下の魔法陣が使えないと博士は大変なことになるのよ」
「北限第四灯台ですよね。そこで博士にアルルカさんへの手紙を頼まれました」
アルルカはナナシが何を言っているのか理解できなかった
モーリー博士が第四灯台へ転移魔法陣で移動したのは二日前、目の前の彼はその二日間にモーリー博士に会い、転移魔法陣を使わずに魔物がうろつく北限の地を超えてザイレーンにやって来たことになる
「そんなのありえないわ。ただ移動するだけでも三日以上はかかる距離よ」
噴火から三日がたった
ボスフォラス火山はその後小康状態になり、噴煙は騰がるものの噴火には至らない
地震の回数も日に日に減ってきている
人々は安全を確認して自宅に戻りつつある
ハンター組合もテントから建物の中に戻った。これはザイレーンの夜が厳しい寒さになるからだ。家を失い行くところのない人族は貴族なら城へ、金持ちなら宿屋へ、平民ならルーン教会へと移っていった
残念ながら転移魔法陣は地震でひびが入り使用できなかった
予定していた三つ星ハンターも災害支援の緊急依頼がハンター組合から出された為にモーリーの依頼はキャンセルとなる
北限調査は行き詰まり無期延期となった
ナナシはモーリー博士の助手アルルカの個人依頼を受け、アルルカが操る【飛空挺】と共にモーリー博士を迎えに第四灯台へ向かって北限の地を移動していた
「本当にすごいのね。ナール君
徒歩で【飛空挺】のスピードに着いてこれるなんて」
ナナシは【飛空挺】の前を空歩で駆け、魔物が現れれば難なく黒龍剣で倒していく
【飛空挺】
魔石で動く四人乗りの小型ボート 風魔法で一メートルほど宙に浮き、帆に風魔法を受けて進む乗り物
ザイレーンから南へ下る方法は船か陸路だが、ザイレーンの入り江は溶岩で埋め尽くされて改修しなければ船は入港できない
幸いなことに入り江の外にも小さいがいくつか港があり、今はそこを使ってマリーラットからの救援物資を運び入れている
陸路はゴーランド帝国とバレンシア王国の国境は今閉鎖されている
それは帝国の混乱に乗じてバレンシア王国が攻めてくると警戒しての処置であった
もちろんナナシがその気になれば山を越え、森を抜ければ南下はできる
しかしナナシはしばらく南下を諦めアルルカの依頼を受ける事にした
モーリー博士の安否も気がかりだし、何より彼がアルルカに残した手紙に書かれていた一文が気になる
ナール君は私が探す【先住人】かもしれない
【先住人】が何なのかアルルカも詳しくは知らなかった。
ただ千年前、人族が救世主の予言により大陸中央部に進出する前にターネシア大陸北部に住んでいた者達
モーリー博士はそれが魔族じゃないかと考えていた
【飛空挺】
風魔法を使って一メートルほど宙に浮くことができる。ヨットのような帆を使って進む
魔石を動力として一日四十キロくらいの移動ができる
四人乗りだが大量の荷物を積むと浮遊力さがりスピードも下がる
森や高低差の大きな場所では使用不可




