09 ゴーランド帝国 2
『龍業には大分慣れてきたが、剣業の手数が少ないのは今後【サンシャイン】のような様々な手数を持った敵と対峙した時、後れを取るかもしれんな
それに手数と言えば炎系や氷系の攻撃手段もほしいのお』
神龍様が【捲き餌作戦】の失敗を誤魔化す様に解説する。だがナナシには黒龍王の言いたいことは良く判る。確かに神龍様の言う通りだ
もちろん解決策もある
【サンタマリア】のようなハンターとパーティを組むか炎系や氷系の強力な魔道具を装備するかだ
だがどちらも今のナナシには無理だ
どこに【次元刀】の戦いに参加できるパーティがいるのか、聖騎士アレンが単独行動を取るのと同じだ
魔道具に関しては魔法力のないナナシには魔石切れのリスクしかない話だ
大岩男の魔石を袋に入れナナシは海岸線を南へ南へと進んでいく
ゼンザイ皇帝を迎え歓迎の宴は厳かに始められた
モエナは何とか腹の虫が鳴り出す前にスープを飲むことができた。流石はルーンの使徒である
しきりに王妃と王女がモエナの聖具について聞いてくる
それを一段高い席の皇帝と少し離れた席の首相がロバの耳を立て聞いている
笑顔で話すモエナの頭の中は次に出るであろうロールパンがくるくると踊っている
バチス司祭は神殿への【七聖剣】返納が済めば速やかにモエナ様をルーンへ帰国していただこうと思っている
ただルーン教会がある街では礼拝を行い、ルーン北地区教会本部では三日間の礼拝が予定されている
モエナが安らぐ時は中々訪れる事はない
王女の横でおとなしく二人の話を聞いていた末の王子が我慢できなくなったのかモエナに声かける
「魔族を退治した聖具を見たい」
これには周りの王子の姉たちも期待に目を輝かせてモエナを見る
周りの大人たちが困惑半分と期待半分で末の王子をなだめる
モエナが首を振りながら小さな王子に答える
「ごめんなさい王子様
【破魔の大弓】は私の意志では体現しないの、ルーンの民の救いを求める声に反応して体現するみたいなの
だからここではお見せできないのよ」
幼い王子がどこまでモエナの言う意味を理解できたか判らないが上兄からの視線と周囲のオロオロする姿を見て諦めてくれたようだ
そして知らん顔を決めている皇帝も肩を少し落とす
モエナのゴーランド訪問はこの夜の歓迎の宴を終えて山場を超すことになった
翌朝モエナは宿泊している北地区ゴーランド教会で目覚める
既にシスターココによってホットミルクがベッドの横テーブルに置かれている
ゴーランド帝国のベッドは揺れ対策として天井からロープで二センチほど吊り上げられている為、人によっては雲の上に寝ているようだと喜ばれるがモエナには合わなかったようだ
「やっぱり揺れが気になってぐっすりとは眠れないわね」
シスターココが声を落として話す
「モエナ様
ゴーランド帝国の強さは、この揺れと関係があるかもしれません」
「ほんとうに」
シスターココは大きく頷いて
「はい、この揺れが全身マッサージとなって私の腰痛が治りましたから」
モエナはホットミルクをグイっと飲んで朝の礼拝へ出向く為、着替えを始める
首都ザイレーンを見渡せる西の丘
丁度ボスフォラス火山とザイレーンを隔てる入江の先にその神殿は建っていた
決して大きな神殿ではないが旧フォーレシア王国以前の時代から存在し、国の守殿として今も帝国民から敬われている
ゴーランド帝国の近衛騎士が銀の箱に入った【七聖剣】を多くの帝国民に見守られながら、城からザイレーンの市内へ、そして西の神殿へと五人がかりで運ぶ
その列の後ろをモエナとバチス司祭が続き、護衛の盾神官が数名続く
【七聖剣】の神殿への奉納には、皇帝も首相も主だった帝国の重鎮さえも同行していない
これは【七聖剣】と帝国の微妙な関係を表している
皇帝は【七聖剣】の所有者ではない、守護者なのだ
それは旧フォーレシア王国の後継者を名乗るゴーランド帝国の宿命でもあった
よって権威を重んじる帝国皇帝は【七聖剣】の前はもちろん後ろも歩けないのである
これはある意味ルーンとゴーランド帝国との関係でもあった
モエナを見た帝国民は思わずルーンの印を結び、首を垂れる
今日もシスターココとマリリンはお留守番という名の買い物に行っている
モエナもできる事ならザイレーンの屋台巡り、北のこってり麺を食したい
マリリンは私の警護ではないのか、シスターココは今誰の世話をしているのだ
ボスフォラス火山から立ち上がる白い噴煙を見ながらモエナは心の中で叫ぶ
「灰よ、二人の上に降りそそげ」
ゴーランドの近衛騎士から神殿の神官に【七聖剣】が手渡される
両手で聖具を恭しく受け取った神官が神殿の中に入っていく
神殿といっても丸い太柱が何本か立ち、その上に石の屋根が乗っているだけの小さな建物
神殿の中央にはボスフォラス火山に向かって七つの台座があり、その内の二つには別の【七聖剣】が収められている
神官の手によって三本目の【七聖剣】が台座に納められる
大地の揺れが小さく長く続いている
神官と入れ替わるようにモエナが神殿の中に進んでいく
ボスフォラス火山を背にして三本の【七聖剣】の正面に立つモエナ
膝をつきルーンの印を組み、【七聖剣】に祈りを捧げる
【聖威の光】がモエナの体から溢れ【七聖剣】が七色に輝き始める
ゴゴゴゴゴゴォォォォーーーーー
突然強い揺れがザイレーンの街を襲う。そしてボスフォラス火山から噴煙と共に火柱が立ち上る
吹き上る噴煙は天を突き破ると思えるほどに舞い上がり、ザイレーン一体に火の粉となって舞い落ちる
その場に立っていられる者は誰一人いない
全ての人族が地面にうずくまり揺れの収まるのを待つほかに術がない
オレンジ色の溶岩がゆっくりと山頂に現れる
モエナもバチス司祭も動くに動けない
激しい揺れは徐々に収まってきているが、いつまた揺れ始めるか判らない
城も大きく壊れているようには見えないが、あちらこちらで煙が上がっている
ザイレーンの街も石造りなので街中で煙は見えるが火災が発生しているようにも見えない




